第23話 俺にとっての元カノ

 愛奈が帰った後、午後から俺も家を出た。

 病院に行くが、バイトに行くわけではない。別の用事だ。

 

 いつもと同じ道だが、これから仕事をするのではないので足元が軽い。

 心にゆとりがあると、歩きながら考え事ができる。

 そうなると、やはり考えるのは先ほどの出来事だ。


◆◇


 部屋が静寂に包まれる。

 愛奈の宣戦布告に開いた口が塞がらない。

 

 これは告白なのか。

 これは告白として受け取っていいのだろうか。

 これを告白だと仮定するなら、答えは一つしかない。


「愛奈……」

「うん」

「ごめん……。俺はもう愛奈の気持ちには答えられない」


 俺の呟くように言った言葉が、静寂に溶けていく。


 俺には愛奈の気持ちを受け入れる資格はない。

 

 愛奈が勇気を振り絞ってくれたのに、それを拒絶した。

 最低の気分だ。


「一年が経って、愛が冷めてしまったんだ。愛奈に対する愛情なんて、もう一ミリもない」


 さらに噓を重ねる。

 平気で噓をつく自分が嫌いになりそうだ。

 

 胸に抱く罪悪感から愛奈の顔を直視できない。

 だって、彼女がどう思うか分かるから。

 どんな表情をするか分かるから。

 それほどまでに、俺たちの一年は意味のあるものだった。 


 しかし、愛奈はそれを許してくれない。

 

「ちゃんと私の目を見て言ってよ。じゃないと分からないよ。納得できないよ」


 俺の頬を小さな手で挟み、顔を向かせる。


 しかし、俺は目を瞑って抵抗する。

 俺の言葉で傷ついていく愛奈の顔なんて見たくない。

 なにより、愛奈に心を見透かされたくない。


「賢太くん。なんで目を合わせてくれないの」

「別に勝手だろ」

「じゃあ、なんでそんなに辛そうな顔をするの」

「っ……」


 その一言で、思わず目を合わせてしまう。

 入ってきたのは、愛奈の朗らかな笑顔。

 引っ掛けてきたのか!


「やっと、目を合わせてくれたね。あと、別に誘導尋問でもないよ」

「えっ」

「伊達に一年間彼女やってないんだよ。見なくても賢太くんの心情なんて分かるよ」


 愛奈は満点の笑顔で返してくる。

 なんで笑顔でいられるんだろう。優しくいられるんだろう。

 そんな愛奈に逆上してしまう。


「俺は去年、勝手に愛奈との繋がりを切ったんだ。傷つけてしまったんだ」

「うん。確かに、傷ついた」

「だったらなんで、俺を諦めないなんて言えるんだよ!裏切ったんだぞ!嫌いになるだろ!」

「嫌いになんてならないよ。好きだもん」

「なんで……」


 撥ねつけるような俺の言葉に、愛奈はニコニコと返す。

 俺にはもう愛奈のことを理解できない。

 俺が一年間で忘れてしまったのか、愛奈が一年間で成長したのか。


「賢太くんは優しいから、裏切った自分のことを許せないんだよね」

「……。俺に、復縁するような資格はない……。」


 心を完全に読み取られた俺に、最早言えることはない。


 愛奈の連絡先を消したのは、受験だけが理由ではない。

 色々な理由が重なった結果なのだが、愛奈には関係ない。

 勝手に消して、一年間全く接触をしなかった。

 この事実はどうしたって言い訳できるものではなく、許されるものではない。


 思い悩んでいる俺に対し、愛奈は慈愛に満ちた表情をする。

 いつしか俺の顔を挟んでいた手は、顔を優しく包み込んでいた。


「賢太くんは勘違いしてるよ」

「勘違い?」

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