第3話 紗季とバイト探し

 生協に着くと、そこにはたくさんのバイト情報があった。

 生協での事務作業の求人もあれば、個別指導塾の求人もあるなど、とても幅広く紹介されていた。

 

 到着して早速、にやけた顔した紗季が一つのバイト情報を持ってくる。


「これとかいいんじゃない?海苔の大腸菌検査」

「なんだよそれ。どこがいいと思ったんだよ」


 どうやら、海苔に大腸菌などの細菌が混ざってないかを調べる仕事らしい。

 やったことないから知らなかったが、バイトの幅って広いんだな。

 そう素直にバイト内容を確認していると、紗季が俺をビシッと指さして言う。


「友達を見つけるだけの楽な仕事よ!」

「誰が大腸菌だよ!」

 

 思わず声を大にして否定してしまい、周りからの視線を集めてしまう。

 こいつ、わざわざからかうために選んできやがったな。


 てかそもそも、なんでこいつはついてきてるのだろう。

 『来るな』と念を押したはずなのに、これでは落ち着いてバイトも選べない。

 どうにかして帰らせよう。


「てか、なんでついてきたんだよ」


 俺はバイトを探しながら、声の奥に『帰れ』というメッセージを込める。


「だって唯一の親友である賢太の仕事先よ?気になるに決まっているじゃない」

「親友は一人かもしれないが、紗季なら友人は数百人いるだろ。ファンなら万単位でいるじゃないか」

「まぁまぁ、一緒に選んであげるから」

「流すなよ。あやすなよ。頼むから先にサークル行っててくれよ……」


 紗季は俺からのメッセージに気づいてないのか、それとも気づいたのに無視したのか分からないが、あっけらかんとしている。


 もうこいつをどかすのはあきらめよう。

 紗季との付き合いは中学からなので、どかすのは無理だと悟った。


 聴覚の情報をシャットアウトして、視覚の情報に力を注ぐ。

 バイトをしようとする人ならみんなそうだろうが、時給が高くて楽な仕事が良い。接客などは、客が怖いからあまりしたくはない。スーツなどのドレスコードがあるのも面倒くさいし、作業着に着替えるのもいやだ。職場はみんなが優しくて、友達ができるように同い年が多い職場が――。


「ねぇ、ねぇってば!」

「なんだようっせぇな!こっちはバイト選びに集中してんだぞ!邪魔すんなら帰れ!」


 せっかく集中していたのに邪魔された俺は、少し声を荒げる。

 紗季はそんな態度に不服だったのか、頬を膨らませる。


「ねぇ、バイト選びってそんなに大事なの?」

「そうだぞ。この選択によっては長期休暇はおろか、完全週休二日制も危うい。睡眠時間も少なくなって健康に悪いし、勉強の時間も減って成績も悪くなる。しかも、バイトの内容も今後の社会に出た時にも影響があってだな、面接のときにも……」

「分かったからそんなに早口にならないでよ!普通に怖いじゃない」

 

 おっと、真面目にバイトの話をしたら、どうやらひかせてしまったらしい。

 でも実際、大学生にとってバイト選びって重要だと思うの。

 

「それで何が訊きたかったんだよ。訊きたかったのそれだけじゃないだろ」

「あ、そうそう。なんで今更バイト始めようと思ったんだろうって。大学入学してから三週間ぐらい経つじゃない」

「ああ、そんなことか。俺って、大学から一人暮らしを始めただろ?だからお――、自由に使えるお金が欲しくてさ」

「ふーん」


 自分が言いかけた言葉に、戦慄を覚える

 危なかった。口が滑るところだった。

 

 そんな俺をよそに、紗季は質問の回答に満足したのか、次のバイト情報を探し始める。


「賢太がバイトにかける思いは分かったわ。なら、この治験とかどうよ?せっかく薬学部に在学――」

「あっ、このバイトにしよう!このバイト最高だな!もうこれ以外考えられないな!」


 また紗季に変なバイトを紹介される前に、適当に目の前にあったバイト情報を指さす。

 これ以上長引かせるとサークルに遅刻しそうだし、何より疲れ果ててしまいそうだ。

 

「なんのバイトにしたのよ。えっ、病院の清掃?」

「え?」


 紗季と俺は二人して目を真ん丸にし、求人情報を見る。

 なんだこれ?


 まさかこんな適当に選んだバイト先が、人生に大きな転機を与えるとは夢にも思っていなかった。

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