ここ、心。

@katsuhira

第2話 いつもの朝

いつもと同じ店。


いつもと同じ窓際


いつもと同じサンドウィッチ。


いつもと同じアップルジュース。


いつもと同じ曲。


仕事に行く前に朝食をここでとるのが僕の日課だ。


「おはようございます」


顔を上げるといつもと違った。


笑顔で女性が声をかけてきたからだ。


「隣いいですか?」


女性は僕が返事をするのと同時に席についた。


「はい、どうぞ」


不意打ちだったが、精一杯の笑顔で応えた、つもりだ。


「いつもこの時間にいらっしゃいますよね。よく見かけます」


「はい。そうです。毎日、仕事の前はここです」


女性は話しながら、すごい早さで食べている。


皿はバイキングの山盛りだ。


「たくさん食べられるんですね」


思わず口に出して言ってしまった。


「あなたが食べないんですよ」


そう言って彼女は、サンドウィッチをひとつ、僕の皿から奪っていった。


「何をしているんですか!?」


怒るよりも驚きながら言葉を返す。


「ゆっくり食べているので、食べないかと思いました」


笑顔でそう言われたら怒る気にもならない。


「あっ、もうこんな時間だ」


僕の背中越しにある掛け時計を見て気付いたのだろう。


「急ぐの?」


反射的に、僕は聞いた。


「すぐに走らないと会社に間に合わないから」


そう言いながら彼女の手は、残りの朝食を口に運んでいる。


もっと彼女と話したいな、と思った。


連絡先でも聞こうか。


初対面の女性に仕事でもないのに、連絡先を聞くのは大変失礼なことはわかる。


が、他に方法もない。


ダメで元々、聞いてみよう。


「ごちそうさま」


そう言って彼女は席を立った。


聞くなら今しかない。


「あの……」


僕が言いかけるのと同時に彼女が声を出した。


「あっ」


彼女はこちらを向いて、


「明日もいらっしゃいますよね」


「はい、いつもいます」僕は答える。


「それではまた」


彼女は早足で店を出た。


窓の外に、走っている彼女が見えた。


明日もいらっしゃいますよね。


頭の中で繰り返す。


そうか、こう言えば伝わるのか。


いつもと同じ朝。


いつもと違う明日。

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