かさでん!~雨降る街の傘の伝説~

渡辺 屋

プロローグ

 あれは、雨の降る肌寒い日だった。

 

 傘を持って、おれは河川敷の広場に行った。そこには男がいて、その人も傘を持っていたんだ。

 雨だから傘を持つのは当たり前で、でもその当たり前っていうのは、おれとその人にとって、普通とは少し意味合いが違ってた。


 おれはその人と向き合って、傘を構えた。

 差したんじゃなくて、構えたんだ。

 閉じたままの傘を、まるで剣を持つみたいに。その人も、やっぱりおれと同じように傘を構えた。


 すると、お互いの傘が光った。

 降っていた雨は空中で止まり、すぐに周囲の音が聞こえなくなった。

 そこから、おれ達は戦いを始めた。傘を振るって、相手を倒す為に。

 別にチャンバラ遊びをしてたわけじゃない。その時おれは二十歳で、相手はおれよりもずっと年上の大人で、しかもお互いに初対面だ。冗談でやるような事じゃない。

 

 お互いの傘はれっきとした武器だった。

 触れれば切れるし、突けば簡単に刺さる。それに、身体能力も常人より遥かに強力になっていたんだ。それもこれも、傘に宿った不思議な力の成せるわざだった。


 相手はとても強かった。まるで太刀打ちできなかった。

 でも、その人はおれの命を奪うような事まではしなかった。そうする必要もなかったんだろう。それぐらい実力に差がありすぎたんだ。

 そうして、おれの持っていた傘は折られてしまった。傘同士の戦いは、傘を折られたら負けになる。

 つまり、おれは負けた。

 超人的な能力は失われ、戦いから脱落したんだ。


 この街では、不思議な傘を持った者同士が、こうやって戦い合う事が繰り返されていた。

 最後まで勝ち残れば、どんな願いも叶うという誘い文句に引かれて、色んな人間が戦っていたんだ。

 おれも、その中の一人。

 願い事なんて特になかったけど、凄い力を手に入れて、ゲームみたいな戦いに参加できるだけで、日々の嫌な出来事を忘れられた。それだけでよかった。

 だけど、負けた。

 おれはただの人間に戻ったんだ。 


 おれには帰る場所がなかった。少なくとも、その時はそう思っていた。

 それで、戦いが終わって、行くあてもないまま街をうろついている最中、おれは車に撥ねられたんだ。

 あっけなく、痛みを感じる暇もなく、おれは死んだ。


 あの日の雨の冷たさを、おれは今でもよく覚えてる。

 

 これからも、忘れる事はない。

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