7-9

 マギー率いる孤児たちと一緒に働くようになってから、早いものでひと月が経っていた。

 子供の吸収力というものは凄まじいもので、バンビを作るスピードや丁寧さは、日に日に上がっていき、接客担当の子たちも、以前よりも受け答えがスムーズになり、リラックスして客と接するようになった。

 きちんとした給金を貰えるようになったからか、子供たちはぼろきれのような服から、少し着古してはいるが、綺麗で温かい服を着るようになった。

 食事もちゃんとしたものを食べられるようになったのか、みるみる顔色が良くなっていき、倫はそれが何より嬉しかった。

 ただ、マギーは小さい子供たちの事を優先しているのか、顔色は良くなっても身なりにあまり気遣っておらず、頭も無造作の髪をリボンで結んだだけで、主婦たちによくからかわれていた。

「マギー、あんたってば折角可愛い顔してるんだから、もっとおしゃれしないと勿体ないよ」

「うるさいな、別に何でもいいでしょ?」

 ぶっきらぼうに言うが、マギーの表情は、以前よりもずっと柔らかくなっていて、この面々にすっかり馴染んでいるようだった。

「ふっふっふ。でもねぇ、マギーはチータから貰ったリボンだけは、ずっと付けてるんだよ。そういう可愛い所もあるんだから!」

 倫が口を挟むと、恥ずかしいのか、マギーはさっと顔を赤らめた。

「ちょっと、黙って! これはただ、折角貰ったのに付けないのは勿体ないってだけだから!」

 おしゃれしていると思われるのが恥ずかしいのか、マギーは強く否定する。その年相応な姿を、倫と主婦たちは微笑ましげに見守っていた。


 孤児たちを雇うようになってから、バンビの生産量は格段に上がり、ほぼ倍になった。それにより、出店する日も週に一度から二度に増えた。

 それが功を奏したのか、闇市にひっそりとある店にも関わらず、バンビの知名度はどんどん上がっていき、主婦層を中心に、ミンデルンの淑女たちの中で密かに話題になっているようだ。

 人気が無かった闇市には、様々な年代の女性が来るようになり、同じ場所で出店している同業者の中には、暗黙のルールを破って、一体何を売っているのかと問いかけられたこともあった。

 初期メンバーは全員孤児たちに感謝していて、子供たちにもそれが伝わり、自信に繋がっているようだった。

 だが、倫には少し、気になることがあった。

「……マギー、元気ないね。どうしたの?」

「え? ああ……いや、別に何ともないから、気にしないで」

 最近、マギーの表情に影が差すことが増えたのだ。

 元から気難しそうな表情をしている子だったが、一緒に居る内に、その機微に気づくようになり、倫はついに問いかけるが、マギーは話したくないようで、誤魔化されてしまった。

 だが、こんなことで引き下がる倫ではなく、更に問いかけた。

「何でもないなら、そんな顔しないでしょ。ねぇ、あたしのことそんなに信用できない?」

「別に、そういうわけじゃ……はあ、分かったよ。話すから」

 こうなっては、倫は梃子でも動かないと分かったのか、マギーは溜息を吐くと、訳を話してくれた。

「実は、最近他の孤児グループの注目を集めていて、どうするべきか悩んでいたんだよ。貧民街の孤児のグループの中では、うちが一番弱いグループだって前に話したと思うけど、そんなうちが、ここの仕事のお陰で羽振りが良くなった事で、変に注目されるようになったんだ。多分、妬まれているんだと思う。

 今の所、表立った被害は受けていないけど、長いこと貧民街あそこにいるから、なんとなく注目されていることは分かるんだ。それに、元からちょっかいを掛けられていた年上の男子グループのこともあるし、貧民街に残している小さな子たちが、嫌がらせやちょっかいを受けていないか心配で、気を張っちゃって……」

「え……」

 そういった途端、倫は心配の色を濃くするので、マギーは慌てて付け加えた。

「いや、だから今の所は何ともないから。それに、ちゃんとドニーを家に残してるから、たとえ何かあっても大丈夫だろうし、とにかく心配いらないから!」

「本当? ならいいけど、本当に気を付けてね?」

 倫はそれでも心配なようで、マギーを気遣うような眼差しを向けると、そっと肩に触れた。マギーはそれがむず痒くて、唇をまごつかせた。

「……大丈夫だって。それより、仕事の事で相談なんだけど。空き時間に少しでも作業したいから、家に仕事を持ち帰って内職したいんだ。バンビを作るのにはもう慣れたし、皆に見てもらう必要も無いから、許可して欲しいんだけど」

「えっ、それはありがたいけど、大丈夫? ただでさえマギーは子供たちの中で出勤日が一番多いのに、これ以上仕事を増やしたら、身体壊しちゃわない?」

「今までしてきた労働に比べたらずっとぬるいから、別に大丈夫だよ。……それに、さっさと借り返したいし」

 そっぽを向いて、マギーが言うので、倫は目を丸くした。

 はっきりとは言わなかったが、最近少しずつ返すようになった損害費用のことだろうと思い、倫は微かに笑みを浮かべた。

「……うん、わかった。内職を許可します。ただし、絶対に無理をしないこと! これが条件だよ!」

 約束ね、と倫が小指を差し出すと、マギーは不思議そうに首を傾げた。

「なに、いきなり小指出して」

「えっ、約束する時ってこうしないの⁉ あたしの故郷では小指を絡めて約束を交わすんだけど!」

「そんなの初めて聞いたけど。まあいいや、はい」

 不思議そうにしながら、マギーは小指を差し出すと、倫はそれに自身の小指を絡めた。

「よしっ、じゃあいくよ~。ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」

「……なにそれ、呪文?」

「そうそう、約束破ったら針千本飲んでもらうってやつね」

「あんたの故郷、そんなえぐい呪文あるの……?」

 半ば引いているマギーを他所に、倫は小指をほどくと、彼女の無造作な髪に触れた。

「約束だからね?」

 笑みを浮かべると、マギーは毒気を抜かれたように、口元を綻ばせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る