女嫌いの商人

6-1

「商品にして売る……って簡単に言うけど、そんな事出来るの?」

 倫は困惑の表情を浮かべていたが、周りの主婦たちは、妙に乗り気だった。

「ああ、それナイスアイデア!」

「そうね、なんでそれを思い付かなかったのかしら」

 フランシスとシェリルは喜んでいたが、何故彼女たちがこんなにも前向きなのか分からず、アリアの方を見ると、説明をしてくれた。

「王都に商店街があるのは、リンも知っているだろ? そこには色んな店舗が並んでいるが、そこの奥を進むと、店舗の無い露店エリアってのがあって、そこでは普通の市民が商品を並べて、色んなものを売っているのさ」

「えっ、そんな所あるんだ!」

「商店街の奥に行かないと見つからないからね。毎日、色んな人が色んなものを売っているから、見ていて面白いよ。勿論、わたしも出品したことがあるしね」

「そうなんだ、けっこう簡単に出来るもんなの?」

「手続きして商品の審査が通りさえすれば、あとは、常識の範囲内で、自由にやっていいことになってるよ。というか、ここの主婦連中で出品したことが無いやつなんて、居ないんじゃないかい?」

 そういうと、主婦全員が、あたしも私もと手を上げる。いいことを聞けたと、倫は頷きながら言った。

「露店エリアかぁ……それは盲点だったなぁ。売ることが出来たら、今まで材料費は皆で持ち寄ってたけど、それも回収できるかもしれないね!」

「そうだね。でも、ちょっとした懸念点はあるけど」

「懸念点って?」

 すると、リアンが口を挟んだ。

「そもそも、これが審査に通るのか、という話か?」

 布ナプキンを手にしているリアンに、倫は表情を曇らせた。

「……確かに、審査があるんだ」

「昔は審査なんていらなかったんだけどねぇ。どっかのバカが危険魔法道具を持ち込んで、それが爆発して騒ぎになっちまったから……全く、面倒だね」

「俺は仕事上、そこら辺を仕切る商会と少し交流があるんだが、審査員は皆、商会ではベテランの、年寄りの男ばかりだと聞いたことがある」

「そんな人が、穢れの日用の商品を許可してくれるのかしら……」

 不安そうにアーニャが呟くと、それが伝染していくかのように、皆表情が曇っていき、リビングがしんと静まり返った。

(一番偏見がありそうな人たちに、穢れの日の商品なんか出したら、却下どころか出禁にされそう……うう、どうしたらいいんだろう?)

 倫が思い悩んでいると、リアンは言いづらそうに声を上げた。

「……皆、この話には続きがあるんだ。実は、審査会には一人だけ、俺と同年代くらいの、若い男が居るんだ」

 皆の視線が一斉にリアンへと向けられた。

「その男はとても頭が切れるやつで、ベテランの中に臆せず入っていける胆力もあるやつだ。そいつとは特段親しいわけではないが、それなりに話すことがあるから、もしかしたら、その男を味方につけられれば、もしかしたら承認を受けられるように図ってくれるかもしれない」

「本当⁉ じゃあ早速会ってみなきゃ!」

 倫は嬉しそうな顔でリアンを見る。皆も希望を見出して表情を明るくするが、何故かリアンだけは、重苦しい表情をしていた。

「いや、皆期待している所悪いが、どうか、あまり望みがあるとは思わないでほしいんだ」

「……え、なにどういうこと?」

 含みのある言い回しが不思議で、倫は問いかける。リアンは深く息を吐くと、こう言った。

「その男、とても優秀なやつなんだが……根っからの女嫌いなんだよ」

「女嫌い?」

 リアンは小さく頷いた。

「詳しくは知らないが、昔からあいつは女嫌いで有名なんだ。まあ、元来の性格が皮肉屋なところもあるが……とにかく、これだけでもかなり分が悪いのはわかるだろう?」

「ううむ……」

 その男が唯一の望みと思えたが、その人物がまさかの女嫌いとは、あまりにも幸先が悪い。

(あたしがその人と会うことで変に拗らせちゃうくらいなら、リアン一人に行ってもらう手もあるけど、一応発案者はあたしになっちゃってるし……見届ける責任はあるよね)

 倫は悩んだが、やがて顔を上げると、力強く言った。

「考えたけど、結局、一回会ってみないと協力してくれるかどうかなんて、わかんないよね。だから、一回会ってみたい!」

 そういうと、リアンは苦笑を浮かべた。

「……まあ、君ならそういうと思っていたよ。分かった、約束を取り付けよう」

「うん、ありがとう」

 リアンは頷くと、剣呑な表情で言った。

「そいつの名前はクローデンスだ。気を付けろよ、口が上手いやつだから、相手のペースに乗せられたら終わりだからな」

 倫は緊張の面持ちで頷く。リアンの口ぶりから、クローデンスという男は中々手強そうで、不安が胸を襲うが、それでも、これまでのようにぶつかっていくだけだと、倫は覚悟を決めた。


 約束を取り付けられたのは、その一週間後の事だった。

 話を通した所、ランチタイム中なら対応できるらしく、商会の中の指定された空き部屋へ来るように言われ、倫はボルドーに無理を言って休憩時間を早めてもらい、商会の前でリアンと合流した。

「あたし、商会って初めてくるかも。意外とおっきいね」

 倫は、商会の建物を見上げて呟いた。商会は煉瓦造りの二階建てで、その佇まいは、地方の町役場のような、なんとも言えない風情と古めかしさが漂っていた。

 リアンは門番に挨拶をしながら、商会の事を教えてくれた。

「商売人でないと中々縁が無い所だからな。ここの正式名称はモファール商会で、その名の通り、モファールという男が創業した、わりと歴史の長い団体なんだ。ちなみに、商店街の名にもなった商売人モディエナとは姉弟だったそうだぞ」

「おー、豆知識ありがと。そんな歴史があるんだね、ていうか、人の名前付けられるの多いね」

「二人とも、初代国王と所縁のあった人物のようだからな。その名を名付けられるくらい、凄い人だったんだろう」

 そういって、リアンは商会の扉を開ける。入ってすぐの所には、業種別の受付カウンターが並んでおり、その奥には、テーブルで事務作業に当たる従業員の姿があった。

 ここだけ並べると、倫の世界の行政機関となんら変わりないが、違うとすれば、手続きを行う商人たちが、不思議な色の小さな生物を籠に入れて連れてきていたり、大きな風船に無数の棘が生えたような植物の鉢を持ち込んでいて、こんなものは現代ではまず見られないものだろう。

 それに、不可思議なのは商人だけではなく、事務員の頭上を、書類と思しき紙飛行機が、まるで意思を持っているかのように飛び回っていたりと、中々非現実的な光景が繰り広げられていた。

「うわぁー……」

 つい小声で驚嘆の声を漏らす倫を他所に、リアンはすっかり慣れている様子で、気にも留めずに受付の脇の廊下を指さした。

「ここの廊下の突き当たりの部屋に、クローデンスがいるはずだ。例のものは持ってきたんだよな?」

「うん、しっかり持ってきた」

 倫は、中に布ナプキンが入ったハンドバッグを持ち上げる。今からクローデンスに会うのだと思うと、緊張がじわじわと胸に広がっていく。きちんとした話し合いができるのを望むばかりで、倫は細く息を吐くと、顔を引き締めて、突き当りの部屋の扉をノックした。

「失礼します!」

 扉越しに元気よく声を掛けたが、返事は無く、リアンと顔を見合わせる。

「クローデンス、俺だ。入るぞ」

 そういって、リアンが返事を待たずに扉を開けると、そこには、中央に置かれたテーブルと、椅子が四脚並べられているだけで、誰一人として居なかった。

「あれ、約束の時間間違えたかな?」

 倫が不安そうに問いかけると、リアンはベルトに吊るした懐中時計を開いて、時間を確認する。

「一応、集合時間は過ぎているが……」

「もしかしてすっぽかされたとか?」

「いや、それは無いだろう。約束は破らない男だからな」

 すると、背後の扉がひとりでに開かれて、二人は弾かれるように振り返った。

「悪ぃ、待たせたな。会議の時間が思ったより伸びちまって……ったく、あのクソジジイ共、目が開いていても脳みそが居眠りしていやがる、ありゃ駄目だな。……あ?」

 扉に入るなり毒舌を吐き捨てた男は、倫を見るなり、顔をひそめた。

 その男は、ウェーブのかかった黒髪を真ん中分けにしていて、その前髪から覗く瞳は切れ長で鋭く、顎に生やした無精ひげが、なんとも言えない凄みを醸し出していた。

 服装はからし色のベストとパンツに白のワイシャツと、シンプルで清潔感があったが、何分身長がかなり高く、自身を見下ろす強い威圧感に、倫は、この人物がクローデンスであることが、一瞬で分かった。

「……おい、リアン。てめぇ、謀ったか?」

 表情がすっと消えて、どすの効いた声色で睨みつけるクローデンスを、負けてはいけないという一心で、倫は睨み返した。

  

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