4-4
「……あんた、ここまで不器用だったとはね」
「うぅ……だから言ったのにぃ……」
指に沢山の刺し傷を作って、大げさに痛がる倫を尻目に、アリアはぽつりと呟いた。
倫の手には、練習用の布と糸が通された針が握られているが、その縫い目はガタガタで、明らかに不器用なことが伝わってくる。
「今まで色んな子に裁縫を教えてきたけど、リンほど不器用な子は初めて見たよ……」
「リン、大丈夫?」
「大丈夫じゃなぁい……」
心配そうなアーニャに慰められながら、倫は泣きべそを掻く。アリアはリアンの方を向くと、事もなげに言った。
「リアン、あんた魔術師だろ? リンのちょっとした刺し傷くらい、魔法で治せないのかい?」
急に名指しされたリアンはびくりと肩を揺らすと、何故かむっとした顔で言った。
「あのな、一般人の君たちはそう簡単に言ってくれるが、治癒魔法は高度な術なんだ。こんな切り傷くらいで使うようなものじゃない」
そう言って、リアンは立ち上がると、懐から薄い丸の缶の入れ物を取り出して、倫に渡す。
「ほら、傷薬の軟膏だ。これくらいの傷ならすぐ治る」
「あ、ありがとぉ……」
倫が小動物のようにぷるぷると震えながら軟膏を指に縫っていると、向こうの席から歓声が聞こえた。
「よーっし、完成!」
「お、完成したのっ?」
フランシスの声を聴いて、先ほどまで気落ちしていたのはどこへやら、倫は表情を明るくして立ち上がると、五人の所へ向かった。
「見せて見せて!」
倫がぴょこぴょこと駆け寄ると、五人は一斉に顔を上げて、完成品を見せてくれた。
「どう? うまいもんでしょ?」
「うぉ、凄い! 見本そのまんまだ!」
完成品は、アリアが作った見本とそっくりそのままで、彼女たちの腕の良さを感じられた。
「いいね、出来がいいじゃないか」
後ろからアリアとアーニャとリアンもやってきて、その完成品をしげしげと覗き込む。まずまずの評価に、五人は誇らしげな顔をした。
「形が完璧なら、あとは性能実験だね! んじゃやりますか!」
腕まくりをしてテーブルに着くと、皆は倫を中心にして周りに集まり、その様子を見守った。
「今から、水を入れてみて、吸水性がちゃんとあるかの実験をするよ。アリア、お水とバケツを貰っていい?」
「わかった、待ってな」
アリアはそう言ってリビングを離れると、程なくしてグラスに注がれた水と、金属のバケツを持ってきてくれた。
「ありがとう。じゃ、始めるね」
バケツをテーブルに置くと、その上で完成した布ナプキンに水を垂らしていき、皆がそれを、固唾を呑んで見守っている。
「……お!」
布ナプキンに注がれた水は、まるで乾いた土に水をやるように、一瞬にして水分を吸収していった。
「おお、凄い!」
「完璧じゃないの!」
と、皆口々に感嘆の声を漏らす。一方のリアンは、緊張が解けた様子で、ほっとした顔をしていた。
「うわー凄い凄い、水が一瞬にして吸収されてくんだけど! 下にも染みてこないし!」
グラスの水はみるみる内に半分以上も吸収されて、このままでは、グラスの水を全て吸収してしまいそうだ。
「……ん?」
そこで、倫はふと何かに気づいた顔をした。皆はそれに気づかず、既に完成したような勢いで喜んでいたが、倫は渋い顔をして、殆ど開いたグラスをテーブルに置いた。
「えーと……ちょっと待ってね」
「どうしたんだい?」
アリアが不思議そうに問いかける。倫はそれに答えず、布ナプキンを両手で持つと、まるで、雑巾のようにぎゅっと絞った。
「あー、やっぱり」
「……水が、出てこないね」
相当な水分を含んでいるはずの布ナプキンからは、水が一滴も零れることはなく、倫とアリアは困ったように呟いた。
「水が出ないことの何がいけないの? それだけ保水性が高いってことでしょ?」
何故二人が残念そうなのか分からないのか、赤毛のジェナが問いかけると、倫は唸るように言った。
「うーん、使い捨てならそれでもいいんだけど、あたしたちは何度も洗って使えるようにしたいから、吸水性が高すぎると、水分を全部吸っちゃって、洗えないんだよね」
全員があ、という顔をする。吸水性が高いのはいいことばかりだと思っていたが、高すぎると、こういった別の問題が生じることに、初めて気が付いた。
絞った布ナプキンを再び広げると、三つ編みのハンナが肌に触れる部分を触りながら言った。
「んー……水分を含んだら、なんだか肌触りが悪くなっているような気がするわ。変に毛羽立つというか、触り心地がちょっと嫌かも……」
「あー確かに、なんか肌触り悪いね」
「あと、最初はそうでも無かったけど、水を注いだら、なんだか生臭いような匂いがするんだけど、気のせい?」
一度見つかると、新たな修正点が沢山見つかっていき、リアンはそれを必死でメモを取っていく。
初めは既に完成度が高いように見えたが、それでも改善点は沢山で、倫は独り言のように言った。
「魔法付与って、けっこう奥が深いんだね」
「そうだな。大量生産品なら決まった調合があるが、一から性能を調合するとなると、微調整が中々難しいものがある。でも、そうでなくてはやりがいが無いよ。次は駄目だった所をきちんと修正してくるまでだ」
そう言い切ったリアンの横顔はどこか楽しそうで、倫は表情を和らげる。
一筋縄にはいかなかったが、むしろそれを楽しんでいる様子のリアンを、仲間にして良かったと素直に思った。
すると、アリアがぱちんと手を叩いた。
「じゃあ、リアンには魔法付与布を調整してもらうとして。そろそろお開きにしようか。倫、ちょっとこっちおいで」
「へ?」
手招きされて言われるがままに付いていくと、アリアはいつの間にか腕に抱えていた一冊の本を手渡した。
「これは?」
「それ、うちの子供用の裁縫の本だよ。初心者用だから、これを読んで、空き時間にちょっとでもいいから練習頑張りな」
「……えっと」
「……?」
いつもなら、倫はここで感謝の気持ちを伝えているはずだが、今回は何故か、気後れしているように顎を引いていて、リアンは不思議に思った。
すると、同じく見ていたアーニャが気遣うように傍に寄って、倫にこう言った。
「帰ったら、私と一緒に読みましょう?」
「あ……うん! ありがとう、アリア」
倫はほっとしたように笑みを浮かべて、本を胸に抱くと、アリアに礼を言う。
一瞬見せた困った表情が気になったが、それを聞くのは少し野暮な気がして、口を閉ざす。だが、倫の初めて見る表情が、何故かずっと頭に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます