第1章 ヒーロー(仮)始めました
普通の(?)の女子高生
第1話 ヒーロー(仮)の日常
「後はお前に任せた!」
そう言って、無責任な兄が、私に変身ブレス――一見すると単なるスポーツタイプの腕時計。しかも色は珍しい黄色――を押し付けて来てから一か月が経過しようとしていた。
「イエロー、危ないっ!」
回り込んで来た桃色の人が、私を庇うように立ち、向かって来た敵をかわした。
「すみません」
おっといけない! 今は回想なんかしている場合じゃなかった。
尚もわらわらと途切れる事無く向かって来る無数の敵を避け、手にした刀や銃のような物にもなる武器、封神笛(ふうじんてき)を振って光の刃を出し、右手で構えた。
「イエロー、後ろ!」
青の人に言われ、振り向きざま手にした封神笛で敵をなぎ払い、もう一度軽く振ると光の刃が消えた。そのまま手元で一回転させ封神笛の先端部を再び向かって来る敵へと翳(かざ)すように持ち直す。
そして意識を封神笛に集中させると、目を瞑り向かって来る敵に向かって「ごめんなさーーーいっ!」と叫ぶ。すると封神笛のから光の弾が連射さ、敵がバタバタと倒れていったのだった。
*
「イエロー、戦闘中にボンヤリしてるんじゃねえぞ」
戦闘が終わり、再び日常が戻って来ると、赤の人がそう言って私の頭を小突いた。
私達は戦闘現場から妙ちくりんな特撮スーツばりの姿のまま、速攻で人気の無いビルの屋上に移動して来ていた。
「すみません」
元々、電話等でも兄に間違われる程のハスキーボイスの私だが、更に低めの声を出す。
「大体お前は注意力が散漫過ぎる。それに何だ、あの『ごめんなさい』ってのは」
赤の人は飽きれたようにもう一度軽く私の頭を小突くと、左手の変身ブレスのボタンを押し、「解除」と言った。その言葉を合図に、彼が今まで着ていた特撮ヒーロー物のような衣装が瞬時に普段の服装へととってかわった。
赤の人――赤い変身スーツ姿だったその人は、草薙竜也(くさなぎ たつや)。年齢、二十四歳。このディフェンジャーという謎のヒーロー集団のリーダー的存在。
お兄ちゃんの話によると、某国立大学の理系の大学院に在籍中。現在はロボットの研究開発をしているそうだ。
インテリな人の規格から大きく外れ、やたらめったら熱い人――ってのは、私の勝手な印象。
「誰に向かって謝っているんだ? ヒーローたるもの、情け無い姿を晒すものじゃない!」
微妙に論点がズレ始めていなくもないんだけど、きっとうちのお兄ちゃんとは気が合いそうだ、とマスクの下でこっそり笑った。
まあね、大体説教を受けている最中にこんな事を考えている自分も大概あれだと思うんだけど。
でもね、お兄ちゃんの代わりに強制参加させられるようになってから、毎回のように赤の人から説教されていると、耐性が出来て来るものなんだよね。
「くどいな」
そんな赤の人の横を通り過ぎながら、変身を解除した青の人がボソリと呟いた。呟いたにしては、その場にいた人間全てが、その言葉を耳にしたみたいだった。 その証拠に、みんなの動きが不自然に止まったんだけど、どうしろと。
彼の名前は榎本大介(えのもと だいすけ)。ディフェンジャーの青担当。
お兄ちゃんに言わせるとかなりの天然さんなのだそうだ。でも、頭は良いらしい。ついでに、基本的に二の線である青に打って付けの人物なんだって。
……て、基本的に二の線って何?
相変わらずお兄ちゃんの言わんとしている事が、良く分からない。因みに某国立大学の三年生。
「な、な、な、何だとー!!」
やはり聞こえていたらしい赤の人は、赤担当に恥じない位に顔を真っ赤にして青の人を追い掛けた。
「お! お前達、相変わらず仲が良いなぁ」
のんびりとした緑の人の声が、後方から聞こえて来る。
緑の人――飯嶋聡明(いいじま さとあき)。某体育大学の三年生。
お兄ちゃん的には、『緑のポジションは謎』なんだそうだけど、私に言わせれば青の人とは違う意味で天然だと思う今日この頃。
「気にしなくてもいいからね」
そう言って変身を解いた桃色の人が、私の肩に手を置いて言った。
彼女の名前は松山桃香(まつやま ももか)。当、ディフェンジャーの紅一点――という事になっている。
有名お嬢様大学に通う現役の女子大生。二十歳。
美人で優しくて、私もあんな適当な兄よりもこんなお姉さんが欲しかった、と思わずにはいられない理想のお方。
「お前、前に比べて縮んだんじゃねえのか?」
何時の間に私の隣りに並んだのだろう。天然の割には意外と鋭い所がある緑の人が変身を解除しようと、変身ブレスに手を掛けて言った。
「そ、そうっすか?」
言われて思わず口の中でモゴモゴと返事をする。
「そう言えば、腹が減ったなぁ」
かと思えば、突然、脈絡の無い話題を振ったりもするから、私の中の緑の人天然説の度合いは日に日に増して行く。
「じゃあ、何処かで何か食べてから基地に戻りましょうか」
桃色の人が答えると、二人で何処の店に行くのか相談を始めた。
まずい。まずいよ!
私は一人変身を解除しないまま、彼等とは反対の方向へとそろりそろりと後退りを始める。
早くこの場から逃げないと……。
慌ててブレスの通信ボタンを押し、ロッカの名を呼ぶ。
「終わったから。急いで回収して!」
するとそれに答えるかのように、即座に私の姿はその場からかき消えたのだった。
後には前方で赤の人に肩を掴まれたままの青の人が、無表情に私の消えた場所を見詰めていたのだった。
*
「あー、疲れたぁ」
何時もの定位置である玄関に無事着地すると、私は変身スーツのまま上がり框(かまち)に倒れ込んだ。肉体的疲労と、精神的疲労でくたくただった。
が、トテトテというアニメのマスコットキャラクター的な音が猛スピードで聞こえてきた途端、瞬時に立ち上がり避ける。背後で玄関ドアにべちゃりという悲惨な音を聞きながら、変身を解除した。
「将美、どうして避けるロカ?」
可愛いと思っているのだろうか。微妙な語尾を付けつつ、件の突進物がほざいた。
わー、わー、聞こえない、聞こえない。
「ねえ、ねえ、どうしてロカ?」
そう言いつつ、背後から頭にしがみついてきた。
「気のせい、気のせい」
それに対して、棒読みで返す。この、ロカロカうるさい物(ぶつ)は、ロッカと言う。私がお兄ちゃんから黄色担当を引き継いだ時、一緒に押し付け……渡された謂わばサポーター的存在。
一見すると手のひらサイズの黒い毛玉にしか見えないが、歴(れっき)とした生物……らしい……多分。何故、微妙な語尾になるのかというと、フォルムと、人間の言葉を喋る事と、その力に原因がある。
先ず、見た目が架空的な見た目。いや、見た事がないだけでなく、ぬいぐるみにしか見えないのだ。
で、その疑惑を何とか疑惑を払拭しようと何度かニギニギしてみたんだけど、正にビーズクッションな握り心地でした。マジで。いや、本人も、嫌がるでもなく、嬉しそうにキャーキャー言っているんで、別に害は無いかと。
で、あれがもしも生き物で無く、人工的に出来た機械的なアレだったとするならば、ニギニギした時に、それなりの感触があってもいい筈なのに、やっぱりビーズクッションな感触しか無い訳で。
もうそうなってくると、喋る事なんて、些末な事に思えてくるから不思議だわ。もうこれはこういう物、と思えばね、まあ、一応気持ちの折り合いはつくものなんだよ。気持ちはね。
ただね、その口調がね、本当に腹が立つくらいに態(わざ)とらしいんだ。少し前までは、普通に“です”“ます”口調だったのに、気が付いたらロカロカうるさくなっていた。
そんな謎生物(仮)は、お腹も空くらしく、ちゃんと食べるから不思議だ。家族はその辺、特に気にならないらしく、可愛いと思っているからたちが悪い。
可愛く「お腹が減ったロカ」(しょんぼり)な感じでおねだり未満で呟けば、お母さんも私がこっそりへそくっていたおやつまであげるもんだから、狙っているとしか思えない。
まあ、ここまででも十分可笑しな事だと思うんだけど、ここは百歩譲って良いとしても、最後の力ってのが、もう、もう、猛烈に信じられないとしか言いようがない。
そもそもディフェンジャーの変身スーツってのは、身体能力の強化及び防御の為のスーツであって、超能力、ましてや魔法なんてファンタジーな物が使える訳じゃない。
でも、個人的な理由で、とっとと現場から度々離れないといけない身としては、何処かの猫型ロボットみたいな一瞬で別の場所に、みたいな便利グッズが無いと正直困るんだ。それを可能にしてくれるのが、この黒いニギニギしたくなるヤツである。
どういう原理なんだか、私が頼めば直ぐに家に帰してくれるから、ある意味私にとってのお助けアイテムなんだけど……。一番の問題は……。
「……お腹が空いたロカ」
これがな。この最大の燃費の悪さがな。
いや、まあね、大変なんだろう事はわかるんだけど、毎回これだからさぁ。私を回収した後は、信じられないくらい、空腹になるらしいんだよね。家のエンゲル係数を、恐らく今一番爆上げしているんだよね。
「お腹が……」
頭上で、べちゃりと力尽きたロカに溜め息を吐きつつ、何か無かったか考えながら靴を脱いで台所に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます