優しいケモノの殺し方

姫宮未調

プロローグ

誕生日目前の、想い人からの告白。

ええ! もちろんオーケイしたわ!

ああ! なんて幸せなのかしら。

先月転校してきた彼はクラスでもとびきりのハンサムで、女の子の目線を釘付けにしてた。わたしもその一人。

そんな憧れの彼からなら断る理由なんてないじゃない!

手間隙かけた蜂蜜色の髪。

お肌の手入れも念入りにしてきた。

努力を惜しまないわたしは、幸せになるために生まれてきたの。

わたしは誰よりも幸せなの。今幸せの絶頂なの。

誕生日の夜に2人きりで会う約束をしたの。



「なんでよ! なんで会いに行っては行けないの?! ママ! 」


明日はついにわたしの誕生日。

楽しみにしていたのに……!


「ジェニー……。ジェニファー聞きなさい。あなたは今の状況がわかっているの? 」


……知らないわけじゃないわ。

この二週間で年頃の女の子が十人も行方不明になり、何人かはで発見された。残りの生存も絶望的だと予想されている。

それ以外にも、真夜中の空に人間より大きな鳥が飛んでいる話が多数飛び交っていた。

昔、モンスターと呼ばれていた伝説上の生き物に似ているって。

もう何百年も昔に勇者や魔王がいただけ。

もうすべていなくなって人間だけの世界になったって歴史で習ったわ。

だからきっと勘違いよ。

魔法は古代文明で廃れてしまったもの。


今朝、このモーリス国サモリアナ区全域に緊急外出禁止命令が下された。

ああ! なんてこと! 明日は特別な日なの。……邪魔をしないで。


「明日、明日は特別なの……」

「分かっているわ。でも、あなたに何かあってからでは遅いの」

「ママには分からないわ! 」


わたしはママの制止を振り切り、部屋に駆け込んだ。


「ああ! ステファン! あなたはどうしてステファンなの! 」


古典文学の真似事をした。

まるでロミオとジュリエットのよう。

わたしたちの恋を阻むものはなに?


「……ステファン、あなたに会いたいの。何故今なのかしら」

『ああ、ジェニー。俺も会いたいよ。……今晩、抜け出さないか? 0時きっかりに君におめでとうを言いたいんだ』

「……分かったわ。ステファンもご両親に見つからないようにね」

『うん。危ないのはわかっているけれど、俺が君を守るから』

「ああ、ステファン……」


パソコンのビデオ通話越しでも、やっぱり物足りない。

わたしたちはまだ繋がってさえいない。

少しでも多く触れ合いたいの。

だって───まだ彼のことを知らないんだもの。




夜中に飛び交うのならと就寝が早まっていた現在23時半。

もう誰も起きてはいない。わたしたち以外は。

幸いにもわたしの部屋は一階だった。

二階だったならば準備が難しかっただろう。

音を立てないように窓から抜け出した。

待っていて! ステファン!


約束の街頭までそうは掛からない。

街頭を背に男性が立っている。

暗いので顔は見えないけれど、彼に間違いない。


「ステファン! 」

「ジェニー! 」


街頭下まで来たわたしに手を伸ばした。

……わたしの気の所為かしら?

と感じるのは。

ゾクッと身震いした瞬間、空が光る。


「え? 」


ギリギリ届かない位置でわたしは制止した。


───グシャッ!



「ひっ……」


わたしはその場で腰を抜かしてしまう。

しかし、潰れたはずのソレは


「着地……失敗した」


立ち上がる頃には、血を流しながらも骨格は戻っていた。

街灯に煌めくプラチナの髪。

人と言うには、を持ち、が生えている。

声から察するに、のよう。

まるで、絶滅したと言われているのよう。


「……! ジェニー! ソイツから離れるんだ! 」

「え? 」


離れろと言われても、わたしは動けない。

腰が抜けているから。


「あ、あ、あ……」


だが、彼女はわたしを見ていなかった。


「みつけた」


少女が見つめる先にはステファンがいて。


「か、彼に触れないで! 」


そう叫んだわたしに少女は振り向いた。


「おまえ、が何だか分かってるのか? 」


感情の無い、深い海のような瞳がわたしを移す。

何を言われているかわからなかった。

考えれば分かることだった。

わたしは、わたしの頭は、しているのだ。

生まれて初めて人を好きになり、生まれて初めて恋を知り、生まれて初めて恋人ができた。

逃したくないのに、何故わたしは怯えているんだろう。

ダメだ、考えてはいけない。

ニュースの被害者たちの顔なんて知らない。

なんてありえない。ましてや、のはずがない。


。そこから動くな」


少女は地面を蹴り、跳躍する。

腕を振りかざし、彼に襲いかかっていく。

わたしは悪夢をみているのか。

やめてと叫びたいのに、声が出ない。


「ぐぅ! 」


しかし、彼の腕の一振に地面へとキスをした。


「お、まえ! ? 」

「うるさい! 邪魔をするな! 」


アンバランスな体勢のまま、後ろに飛び退く。……わたしの目の前まで帰ってきた。


「! ジェニーに近づくな! 」


違和感を覚える。このケモノからわたしへの殺気はない。だが、ひどく彼は慌てている。



何を言われているのか理解できない。


「やめろ! ジェニー! こっちに来るんだ!


何を怯えているの? ステファン。



チグハグな二人の言動に、わたしの思考回路が


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!! 」


意識とは裏腹に、わたしの体は舗装されていない場所にあるを持ち上げた。

ステファンを助けるためにこの少女を倒す、なんて理由じゃない。

別の衝動がわたしを突き動かす。


「やめろ!! 」


そして、叫びながらわたしは少女を石で───どこにそんな力があるのか分からない力で───執拗に叩きつける。

ビチャビチャと血が飛び散り、返り血で染まっていく。……わたしの中でを聞いた。


「ああ……♡ あ゙あ゙……♡ あ゙………」


うっとりとビクビクしながら、血を吹き出しながら悶える少女。

わたしは訳が分からず、ただ石を叩きつけた。

一際大きくビクンと震えた後、少女は倒れた。


「……なんてことをした。なんてことをした! 」


ステファンは、愛情の欠けらも無い瞳でわたしを睨みつけた。


───それは、『憎悪』。


わたしは石を取り落とし、震えた。

我に返り、返り血を浴びた自分と血塗れで倒れた少女を見る。

そして、を真っ向から見た。


「あ……」


人に似た形をした、鳥とは違う羽を有し、おでこと口の両端から角が生えた異形。

肌は石のようにくすんでいる。


「……だ。ヒューマンのだったんだ」


動かなくなったはずの少女が立っていた。


「え、さ? 」

「邪魔をするなぁァァァ! 死獣アンデッドビーストがァァァ! 」


低空を飛び、飛びかかる。

だが、今回は少女がビクともしない。

手のひらでいなし、頭をつかみ地面へと叩きつけた。


「がっぁっ!! 」


そのまま少女は喉仏に噛み付く。

ガーゴイルはそのまま固まり、砕け散った。

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