第6話司祭様への選択
迷宮で死にかけたことによって、オレは新たな力を手にした。
念願だったレベルアップが可能になりスキルも手に入れた。
長い時間を不思議な空間から、元の迷宮都市の広場に戻って来た。
チャレンジ指令に従って、厳格な司祭様に会いに来た。
◇
☆《チャレンジ:孤児院の司祭様に左甲の刻印を見てもらおう。見せますか?》
□YES
□NO
刻印を見せないと駄目なのか?
いや選択式なので、自分で選べるのか。
どうしよう。
司祭様は悪い人ではないし、幼い時からお世話になった恩人。
でも凄く厳格で、怒ると怖い。
これを見せても大丈夫かな……。
よし、この選択は、ちょっと後回しにしよう。
司祭様と少し話をしてから決めよう。
ふう……よし。
部屋の前で軽く深呼吸する。
「司祭様、いらっしゃいますか? ハリトです」
「……どうぞ。入りなさい」
「はい、失礼します」
重い扉を開けて、中に入っていく。
中にいたのは、白い神官着の初老の男性。
この孤児院の経営者である司祭様だ。
「司祭様、長い期間、顔を出さずに、申し訳ありませんでした。ちょっと、色々あって遅くなりました」
開口一番、オレは頭を下げて謝る。
何故なら
顔を出すようにと。
だがオレは不思議な迷宮で、かなり長い期間、滞在していた。
時間の感覚がズレていたので、どのくらいいたかは不明。
おそらくは一週間以上は、迷宮の中で鍛錬していたはず。
だから大遅刻の謝罪なのだ。
「ん? ハリト君と会う約束をしていたのは、明日だが?」
「えっ……明日ですか⁉ ちなみに今日は何月何日ですか?」
「今日は四の月の十五日。それがどうかしたのか?」
え……そんな。
オレが
そんな馬鹿な……。
いや、あの不思議な空間なら、何が起きても不思議ではない。
何しろ空間が、瞬時に変形する場所なのだ。
きっと時間の流れが、普通とは違うのだろう。
あまり考え過ぎないようにしておこう。
「ところでハリト君、あなたは最近、また迷宮に潜っていたようですね。しかも私に禁止されていた、
基本的に迷宮都市ガルドでは、半人前のソロ活動は推奨されていない。
危険な迷宮では何が起きるか、予想も出来ないからだ。
特にこの孤児院の卒院生は、レベルが10を超えるまでソロが禁止されている。
厳格な司祭様が決めた、絶対的な規則なのだ。
「うっ……はい。申し訳ありません。ですが、オレみたいな半人前な冒険者とは、誰もパーティーを組んでくれないので、つい……」
オレは幼い時から、成長阻害の呪いがあった。
身体も大きくならず、レベルを上げることも出来なかった。
昔は荷物持ちの雑用で、迷宮に入ることは出来た。
だが十六歳になって、までレベル1のオレ。
パーティーを組んでくれる者は皆無。
だからオレは規則を犯して、ソロで潜っていたのだ。
「そうですか、ハリト君の事情は知っています。だから前から言っているように、冒険者とは“違う職業”に就きなさい」
「えっ……」
「キミは力もスキルもないが幸いにも、優しく真っ直ぐな心を持っている。そして誰よりも努力できる意思がある。だから少し辛い仕事だが、街の奉仕の仕事はどうだろう? 私から斡旋できる」
「そ、それって、『オレに冒険者を辞めろ』ってことですか、司祭様⁉」
「ああ、そうだ。実は明日の呼び出した話も、そのこと。ハリト君、アナタは冒険者には向いていない。今まで生き残った幸運に感謝しながら、奉仕の仕事で静かに暮らすのが、幸せなのです」
「うっ……」
反論も出来なかった。
何故なら司祭様の言っていることは、全て正しい。
それにこの人には、大きな恩がある。
捨て子だったオレを、ここまで育てて、見守ってくれた恩人。
オレにとっては父親以上の存在なのだ。
(うっ……どうしよう……)
あまりの現実の辛さに、汗が出てきた。
左手で汗と拭きとる。
その時だった。
「ん? そ、それは……その左甲は、どうしたのですか、ハリト君⁉」
急に司祭様が声を高める。
オレの手を……左手の甲を凝視してきた。
「あっ……これは……」
そうだった。
新しい刻印のことを忘れていた。
でも、見せていいものなのか?
この状況で司祭様に?
いや……今だからこそ、見せた方がいい。
(よし□YESだ!)
こっそり選択をタッチ。
よし。
新しくなった紋章を、新しいオレ自身を見てもらうんだ。
「司祭様、これを見てもらってもいいですか? 実は昨日ソロで潜った迷宮で……失敗して気を失って、目を覚ましたら、こうなっていたんです。あと、ちょっと力も強くなった気がします」
恩人の司祭様に、あまり嘘はつきたくない。
上手く誤魔化しながら、紋章を見せて説明する。
「なるほど。それにしても、その紋章は……まさか⁉」
先ほどから司祭様の様子がおかしい。
紋章を見つめながら、思いつめた
「なにか知っているんですか、これについて?」
「いや、私も正確には知らない。だが聖経典の中に、それに似た紋章がある」
「えっ……聖経典に?」
聖経典はこの大陸で一番信仰されている、宗教の教えの書。
今から数百年前に書かれた物。
スキルシステムが発見された時に、教団の開祖の人が書いたものだ。
未だに解読されていない部分もあると、前に司祭様に教えてもらったことがある。
「ハリト君。キミに『鑑定の石板』を使ってもいいな?」
「えっ……オレにですか……」
思わず返事に困る。
何故なら、あの浮かび上がる文字が本当なら、今のオレはレベルアップしている。
それが司祭様に知られてしまう、可能性があるのだ。
「……はい、こちらこそ、お願いします」
だがオレは鑑定を依頼する。
何故なら司祭様は恩人。
それにオレ自身も『鑑定の石板』の結果が、どうなるか興味があったのだ。
司祭様は部屋に鑑定の石板を用意。
オレは右手で触れる。
「それではいくぞ、ハリト君」
「はい、お願いします」
「む……これは……」
石板の結果を見て、司祭様は目を細める。
浮かび上がった結果を、オレもこっそり覗き込む。
――――◇――――
職業:剣士
メインレベル:5
スキル:剣技、回避
――――◇――――
おお、本当にメインレベルが5になっている。
何となくホッとする。
それにしても情報量が少ない。
今まで『鑑定の石板』は万能だと思っていた。
だがメインレベルとスキルは表示されるけど、肝心のスキルレベルは書いてない。
あとスキルからの発生技も見られない。
固有にいたっては存在すら書かれていない。
うーん。
石板と比べたら、あのステータス画面は、かなり異常な気がしてきた。
とにかく細部まで分かるのだから。
特に重要なのはスキルのレベルのこと。
スキルの上昇の恩恵は、先ほども体感したが、レベル以上に恩恵が大きい。
自分のスキルレベルを客観的に知ることだけでも、人生が大きく変わるのだ。
改めて天の声と、ステータス画面に感謝だ。
あっ、司祭様が口を開く。
よく聞いておかないと。
「これは……ハリト君、レベルが上昇できるようになっていたのですね?」
「あ、はい。意識を取り戻して、紋章が変化した後、色々あって、レベルが上がるようになりました。すみません、ちゃんと説明しないで」
「いえ、それは問題ではありません。むしろ今までのアナタの努力が、この九年間の過酷な鍛錬が、開花したと、私は思っています」
「えっ……司祭様? オレのこと知って、見ていたんです……?」
百人以上の孤児が、この孤児院には常にいる。
オレたち卒院生を含めたら、今の千人以上は司祭様にお世話になっている。
そんな多くの人がいるのに、司祭様はオレの努力を見てくれていたのだ。
「“自分の子ども”の賢明な努力を、見ない父親がどこにいますか? 特にハリト君ほどの真っ直ぐな子は、今までいませんでしたからね」
厳格な司祭様の目じりと口元が、一瞬だけ下がる。
慈愛に満ちた表情で、オレのことを見てくれていた。
「うっ……」
嬉しくて涙が出るのを、グッとこらえる。
一人前の男はここで泣いたら駄目だ。
「あ、ありがとうございます……
でも思わず幼少期の呼び方で、司祭様を呼んでしまう。
オレたち孤児の育ての父に、敬意を払う。
「さて、話の続きをしましょう。詳しくは分かりませんが、その紋章は多くの可能性を秘めています。ですが私は特に、それを調べるつもりはありません」
「……はい」
「だからハリト君、今までと同じ様に真っ直ぐな冒険者として、道を進んでいってください」
「えっ……それって、つまり……」
「冒険者は続けてもいいですよ。いや、今まで以上に全力で、これからは万進していってください。一人前の冒険者になるために」
「は、はい! 全身全霊で頑張ります!」
思わず飛び上がりそうになった。
これ以上嬉しいことはない。
冒険者を続けていいと、司祭様から許可が出たのだ。
「話はこれで終わりですが、最後に一つだけ。その紋章はハリト君に、これから大きな力を与えていく可能性があります。ですが同時に、困難に道も生んでいきます。決して自分の力に驕らず、謙虚に進んでいってください」
「はい! 司祭様のアドバイス、心に刻んでおきます!」
バタン。
挨拶をして部屋を出ていく。
心がとても晴れやかになっていた。
冒険者としての許可が、正式に出たのだ。
これで迷宮にも大手を振って潜れる。
これ以上の喜びはない。
ピロ~ン♪
☆《チャレンジ『チャレンジ:孤児院の司祭様に左甲の刻印を見てもらおう』を完了しました》
☆《特別経験値が付与されました》
☆《ハリトのメインレベルが1上昇しました》
☆《スキルポイントを4ゲットしました》
おっ……レベルが上がった。
ちゃんと司祭様に刻印を鑑定してもらったから、完了したんだろうな。
渋って鑑定を拒否していたら、たぶん失敗に終わっていた気がする。
とりあえずステータス画面を確認だ。
――――《ステータス》――――
□名前:ハリト(♂16歳)
□職業:剣士
UP! メインレベル5→6
UP! スキルポイント:8→12
□スキル
・剣技(片手剣)レベル2
├
└
・回避(受け流し)レベル2
├見切り
└受け崩し
□隠密レベル0
□固有
・《観察眼》
・■■■■■■■■■■
UP! 身長156→160センチ
――――◇――――
うん、ちゃんとレベルも上がっている。
それにしてスキルポイントが、だいぶ貯まってきたな。
そろそろ分配先を考えないとな。
とりあえず隠密をレベル2にして、剣技と回避をレベル3に上昇。
これが第一候補かな?
ピロ~ン♪
あっ、新しいチャレンジが来たぞ。
何だろう?
☆《チャレンジ:下町の冒険者ギルドに行ってみよう。行ってみますか?》
□YES
□NO
えっ……次は冒険者ギルドに行くの?
しかも下町の冒険者ギルドに。
あそこはオレのことを馬鹿にしてくる人が多いから、気まずいんだよな……。
でも流れ的に、勇気を出していくしかなさそうだな。
どうしよう。
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