DARKSPHERE〜戦士たちの鎮魂歌〜
高見 燈
第1章 生き残りと幻獣と少年と
序章 禁忌の島:『月雲の民』
一面真っ白な銀世界。
吹雪の舞うその中で、白い毛に覆われた獣と、対峙する少女がいた。
名をーー“
さらっとした黒髪は、耳に掛かる程度のボブ。
だが、その眼は真紅。
宝石のルビーの様に煌めく。
“象徴”だ。
彼女の一族は、皆。
黒髪に真紅の眼。
この雪にも負けぬ劣らぬの雪華のような肌。
凛々しいその目元。
美しい少女だ。
小柄で華奢なその両手には剣が二本。
短刀ではないが、長剣でもない。
片手剣の中でも少し短めの刃だ。
だが、その刃は鋭い。
銀色に光る。
雄然と構える白い大きなクマの様な獣を前に、瑠火は、立っていた。
ブラウンの厚めのマントを靡かせながら。
その格好は雪の中だと言うのに、太腿丸出し。
ニーハイブーツの様なブラウンのブーツ。
黒い布地のミニスカートの様なものを履いている。その上には、白い毛皮の上着。
ニット素材の様な服は、腰元から少し長い。
腰にはベルト。
剣をしまう革製のフォルスターみたいなものを、両腰に二つ。
それに巾着袋。
右側には黒い円球の檻篭。
「サーベルベアー。じゃんか! 瑠火! ついてるな! コイツの肉はウマいんだ! さくっと殺ってくれよ。 ハラ減ってんだ!」
と、その円球のなかで騒ぐのは、小さな狼犬であった。その体は真っ黒だ。
耳がぴょんと尖っている。
「“
瑠火は顔を顰めながらそう言った。
綺麗な顔は表情が変わらない。
「ちぇっ。俺様が出れば一太刀だ! 瑠火!」
ガンッ!
と、その丸い檻篭に体当たりする狼犬。
頭を低くして殆ど背中で体当たりしたのだ。
「……やだ。お前が出たら“私が疲れる”」
瑠火はそう言った。
グルルル……
上顎から伸びるその牙は、強靭でいて鋭く尖る。長さも雄に口元を超えている。
その牙で喉元を掻っ切られたら、怪我ではすまないだろう。刃物のようだ。
▷▷▷▷
この世界は、”アルティミスト“と言う。
広大な大地とたくさんの国があると言う。
私はーー、この世界にどれだけの国と人、種族がいるのか知らない。
何故なら……私は、ここから出た事が無いからだ。
産まれた時から……”迫害“された者として、生きている。
この地……。
アルティミストの最北端。
世界の果て。
”禁忌の島“。
“
雪と氷。
吹雪が舞う銀世界。
その中にその集落はある。
迫害され追い遣られた一族。
“
一年中、吹雪が舞う太陽の姿すら見えない、生命の息吹の無い島だ。
いるのは、私達一族と“魔物”
今日も……、私は獲物狙いで狩りに出ていた。
作物が育たないこの地では、魔物が食糧だ。
分厚い氷と雪に覆われた大地。
太陽の陽射しは照らされるものの、その光も弱い。水すらも雪解けを使用する。
そんな地で、食糧になるのは”魔物の肉“
草木すらもない。
雪原と氷の世界で生きるには、必要な栄養源だ。
だが、里の者たちは”長い迫害生活“で、民としての術を使う事を躊躇い……生きる希望すらを、見失っている。
私は……烏滸がましいが、みんなに生きてほしい。
その為に、食糧捕獲を“勝手に仕事”としている。
皆が恐れて使わない“術”を、唯一人。
継承し、使う。
全ては“皆に生きて貰う為”
だが……、それは私の“自分勝手”でもあった。
「“
ボッ……
私の周りに火の玉が幾つも浮かび上がる。
この火の玉は、私が剣で攻撃すると一緒に爆破してくれる。追加攻撃みたいなものだ。
サーベルベアーは、“氷属性”。
故にーー、火には弱い。
私は、牙が上顎から長く伸びる白いクマの巨体に、斬りかかる。
この“剣”も、私にはとても合っている。
普通の剣……“ソード”と呼ばれるものよりは、短めにして貰った。
逆手で“短刀”の様に持てる範囲で、仕込んでもらった。
ただ、ダガーだと接近しすぎなければならない。自慢じゃないが……私は、余り“腕力”が強い方ではない。
この長さなら深く入る。
更にこの“火煉”で、追い打ちを掛ける。
私達は、スピード重視の“戦闘民族”だ。
バッ!!
私は飛び上がる。
既に何発か、サーベルベアーの身体に爆撃が放たれている。
斬りかかったタイミングで、同時に爆撃している。
そのせいで、サーベルベアーの身体から、噴煙が上がり、よろけていた。
「今だ!」
狙うは、心臓。
そこを突き刺し残りの火煉を、全てぶつける。
力を操り……敵を倒す。
両手に持つ剣二本。
私は逆手ではなく持ち手を返す。
握ると、飛脚。
魔物……は、基本。
人間よりも巨大だ。
そんな敵を仕留める為に、“風の発動”
“飛翔”を使う。
これは風の力を借りて、飛脚力が上昇する術だ。
つまりーー、人間の跳躍力を遥かに超える。
ジャンプ力が上がるのだ。
サーベルベアーの左胸に剣を二本突き刺す。
振り下ろす様に突き刺すと、すぐに周りで浮かんでいる残りの火の玉は、サーベルベアーの身体めがけ向かってゆく。
剣を抜きサーベルベアーから離れる。
紅炎の玉たちは、サーベルベアーの心臓に集まる。
爆破は威力が凄まじかった。
サーベルベアーは心臓から噴煙を、上げながら雪の中に倒れたのだ。
巨体が倒れるとまるで水飛沫の様に、雪も舞う。
ふぅ。
額に汗がじわりと滲んでいた。
手でそれを拭う。
手袋はしている。
だが、毛皮で覆っているのは殆ど手の甲と指の下部だけ。
後は使うので、空けてある。
凍傷ももう恐ろしくはなくなった。
耐性が出来ている。いい加減。
両腰に、剣を戻す。
ダークブラウンの革製の鞘。
そこにしまったのだ。
「早く! 早く! 瑠火! 肉っ! にく〜〜っ!!」
がたがたと、丸い檻篭のなかで走り回る黒い狼犬。
いてもたってもいられないのだろう。
「わかってる。少し黙って」
ため息が零れていた。
腰元から短剣を抜く。
腰の後ろに挿してあるこれは、“調理用”。
ナイフみたいなものだ。
白い毛に包まれた大きなサーベルベアー。その前で私はしゃがむと、腰に提げているズタ袋を取る。
大きな袋だ。使わない時は折り畳んで括ってある。この皮袋は、私の食料入れだ。
解体ーーする。
サーベルベアーの肉を頂くのだ。
「骨。骨付き肉みたいにしてよ。」
「わかってるってば。」
リクエストにもきちんと応える。
▷▷▷
月雲の里は、その狩場から少し離れている。
帰って来た時には陽は傾いていた。
太陽が翳りばかりのこの地では、昼は短く夜は長い。
年中、灰色の厚雲に覆われているから太陽が姿を出さないのだ。
猛吹雪ばかりで、この島から出るのも億劫だ。
何故ならこの島の周りは海だ。
越えるには、氷河を渡るしかない。
海流の影響で、いつ揺れ動き割れるかわからない氷河を。
それに挑戦する民は、ここにはいない。
「あ! 瑠火さま〜!!」
出迎えてくれるのは、この里の一番年下の“
黒髪をおさげにした、可愛い幼子。
年はようやく7歳になったばかりだが、とてもおしゃま。
その取り巻きも三人ほど。
美夕は、とても可愛い娘だ。
里の少年たちの人気者。
必ず三人のこの少年と言うには、幼い子供たちがついている。
「美夕。ただいま」
駆けてくると、ぴょんぴょんと二つに縛った髪が揺れる。
黒髪に真紅の眼。
彼女も“私と同じ”
もちろん。男の子たちもだ。
この里には黒髪と真紅の眼しかいない。
茶色の毛に、グレーの眼は、商人の“クロイ•エスパンダー”だけだ。
ああ。村長は年なのか……白髪に白髭だ。
でも眼は、紅い。
その線引きはよくわからない。
“
「お帰りなさいませ! 瑠火さま!」
何故か。この娘は、私に“さま”をつける。
「美夕。その“さま”はやめようか? 私は普通だ。」
何も崇められる存在ではない。
今も集落に入ってきた途端に、周りの大人たちはとても冷めた目をしている。
私はーー、厄介者なのだ。
「なぜですか? 父さまは言ってます。瑠火さまがこうしてご飯を、用意してくれているから、この里のみんなは助かっているのだと。ねぇ? “忍”」
美夕は、後ろにいる取り巻きでも一番仲のいい男の子に、脅しっぽい感じで言った。
しっかりしてる。
“忍”くんは、言われておどおどしているが、
「ああ。父ちゃんも言ってた。瑠火さまが獲物を仕留めてくれてるから、毛皮も手に入るって。」
そう強気な答えを返したのだ。
私はくすっと笑ってしまった。
ちょっと悪ガキみたいな子なのだ。
この忍と言う子は。
お父さんも似ているのだが、黒髪を短めにしていてなんだろうな。いたずらっこ。っぽい風貌だ。
「ああ。瑠火さん。お帰りなさい。すみません! ガキどもが。」
噂をすれば……美夕ちゃんと、忍くんの父親だ。
二人ともガタイがいい。
本来なら、王国の騎士や兵士。もしくは護衛軍などに入れるはすだ。
なのに、こんな辺境の地だから……いや。
この“呪われた血”を継いでいるから、追いやられてしまっている。
「父ちゃん!」
「父さま!」
二人の幼子は、父親が来ると嬉しそうに駆け寄った。
他の二人の両親は、私に余りいい感情を抱いていない。
いや、この二人の父親以外は、みな。同じだ。
「
幼子二人は、とても取り残された顔をしていた。
だから、私はそう言ったのだ。
親が……嫌えば、子も躊躇う。だが、仲良くしたい子が、それと仲が良ければどうしていいのかわからない。
良くわかる。
「うん。瑠火さま。いつもありがとう」
「瑠火さま。今度はちゃんとおいらの家に来てよ。いつもくれる肉で、迎えるからさ。」
だが、親と同じに育つとは限らない。
この子供たちは……”自我“で、善悪を見極めるチカラを持っているからだ。
それが、例え……友の為であっても。
「いいんだ。気にするな。私と話すと叱られる。早くお帰り。」
そう。この子らは何も悪くない。
そして……親もだ。
全ては……”聖神戦争“の名残りだ。
「瑠火さま。”
子供たちがいなくなると、男達はそう言った。
「わかった。これを。」
私は、美夕と忍の父親にズタ袋を渡した。
この中には、この里の者。およそ三十人。その者たちが二三日は、食いしのげるだけの肉が入っている。
今日のサーベルベアーは、そうゆう意味で大物だった。
「おお。」
「有難うございます!」
彼らにしてみれば、保存食にもなる貴重なものだ。
喜んで貰えて何よりだ。
だが、一人はとても不服そうだ。
「オイ! 瑠火! 忘れてないだろうな!」
ルシエルだ。
腰元で喚く。
きっと、檻篭の隙間から鼻をくっつけて覗いているのだろう。その紫の眼で。
「忘れてないよ。お前のはちゃんとある。」
私はルシエルに小さな巾着袋を、ちらつかせた。
この中には私とルシエルの、夕飯が入っている。
骨付き肉二本だ。
二人分は、それで充分だ。
1キロはある。
「なんだ! 早く言えよ! 帰ろ! 早く!」
本当に現金な犬だ。
いや。幻獣だ。
「白雲村長に会ってからだ。渡すものもある。」
村長には別にきちんと用意している。
彼は柔らかな肉を好むからだ。
横隔膜。魔物の背中辺りの肉だ。稀少部位だったりする。柔らかく脂のノリも程よい。
「また! それを俺様に食わせろ!」
「ルシエルには物足りない。直ぐに飲み込む」
村長の家に向かいながら、そんな会話をしていた。
吹雪は少し強くなっていた。
ーー村長の家。
それはこの集落の中心にある。
雪の多い土地だから、小屋であるが、屋根は皮で覆ってある。
丸太で、作った屋根に魔物の皮を覆う。
断熱と圧迫回避の効果がある。
丸太だけだと直ぐに雪が積もり、屋根が歪む。
それに雪かきをしなくてはならない。
獣の皮で作った膜は、防いでくれる。
なめらかだから雪が滑ってくれる。それに凍結にもならない。
この集落の大半はドアがない。
全部毛皮か、皮の膜。
ドアは直ぐに凍るからだ。
私は、村長の家の膜を開けた。
だが、
「それがお主の答えか」
声とその黒い影が、見えたのだ。
それも、白雲村長の目の前にいた。
白雲村長は、樫の木の杖を向けていた。
人影に。
大きな人影だ。
屋根に届きそうなぐらいだ。
白雲村長の二倍はあるだろう。
「白雲村長!」
「来るでない!!」
その声がした……時だ。
私はゾッとして動けなかった。
白雲村長の前にいる黒い人影が、ゆらり。と、こちらを向いたのだ。
それもその姿ははっきりとしないのに、眼だけはハッキリと浮かんだ。金色の眼だ。
得体の知れない……“悪寒”が、全身に走ったのを、覚えている。
だが、その黒い人影は私を一時。
睨むように見据えると、その姿を消したのだ。
まるで、煙のようにゆらゆらと揺れながらそこから、消えてなくなった。
「村長……」
私は……咄嗟に、剣を構えることすら出来なかった。
出逢った事のない“恐者”だった。
「良い。この事は言うでない。」
白雲村長の白髭の生えた顔が、こちらを向く。
樫の木の杖を降ろし、優しい瞳を向けていた。
まさかこれが“私の最大の敵”になるとは、この時の私は、想像もしていなかった。
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