03 心するように

 小隊長室に入ったティルドは、少し驚いて目を見開いた。

 彼がわざわざ小隊長に呼び出しを受けることなどは稀であったが、それは明らかに失敗をしたときであったり、ちょっとした用を言いつけられるときである。今日は何も間違った真似をした覚えはなかったから、前回のように部屋の整理でも手伝わされるのかと思っていた。たいていの雑務は使用人の仕事だが、力仕事の際は彼のような下っ端が駆り出されることもある。

 だから、そこに小隊長レーンのみならず、軍団長セレキアルであるマッカスの姿もあるのを見て、驚いたのだ。気軽に部屋に入ったティルドは慌てて姿勢を改め、ぴしっと敬礼をする。

「ティルド・ムール、参りました。ご用件は何でありましょうか」

「気張らんでいい、ティルド」

 レーンの言葉に敬礼の手を下ろすが、そう言われても軍団長をこんなに間近で見るのは隊に入ったとき以来である。緊張もすると言うものだ。

「用件だがな」

 小隊長はちらりとマッカスを見た。軍団長はうなずく。

「ローデン公爵が、お前にお話があるそうだ」

「……はっ?」

「宮廷魔術師の、エイファム・ローデン公爵閣下だよ。知らないとは言うまいな?」

「そりゃ知ってますよ、当たり前でしょう」

 ついいつもの調子でティルドは返し、また慌てて「存じ上げております」などと言い直した。儀礼は不要だと、マッカスは手を振る。

「ムール。私は閣下から既に話を聞いているが、お前には《太陽リィキア空にガラサーン》のような話だろう。驚くな、と言っても無駄だろうし、何故だと言われても私には答えられない。権限がないと言うよりも、判らないのだ」

 マッカス軍団長は懸念のようなものを瞳に浮かべた。

「だが、決まったことだ。心するように」

「あの」

 ティルドは、口を挟んでいいものか迷いながら、しかし声を出した。

「失礼ですが軍団長。俺には、何の話なのかさっぱり……」

「だろうな」

 レーンの方が嘆息した。

「お前は頑張っていると思うし、筋もいい。手放すのはいささか残念だが、決まったことだそうだ。仕方がないな」

「あの」

 ティルドはまた言った。

「だから、小隊長。何の話ですか」

 どうやら褒められたようだが、「手放す」の意味が判らない。想像してみれば、この小隊から別の場所に配属されるというところのだろうか。しかしそれならば配置換えだと簡単に言えばいいことで、何もわざわざ軍団長まで出張ってくることでは、ないだろう。

「ティルド」

 彼の小隊長は少年のところまでやってくると、その肩をぽんと叩いた。

「頑張れよ」

 いったい何の話なのか、と三度みたびティルドが問うても、ふたりの長は困ったように首を振り、曖昧な話を繰り返すばかりで、ろくに返答を寄越さなかった。繊細さなどはあまり持ち合わせないティルド少年でもさすがに不安になってきた頃、使用人が扉を叩いて――ローデンが彼を待っていることを伝えたのだった。

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