第11話 十四日目

 十四日目:


「勝負あった!」

 女性行司の軍配が上がった。

 彼女が指し示したのは……。東、だった。

「天ノ宮さ!」

「センパイ!!」

 客席と西側の花道奥で、美依菜と凜花が同時に悲鳴を上げた。

 勝負あった、かに見えた。

 しかし。

 土俵下の着物を着た女親方による審判数名の手が、さっと上がる。

 物言いがついたのだ。

 物言いとは、行司の判定に納得がいかない場合、異議を申し立て、それを審判と行司が相談して最終的な判定を下す、というもので、この判定には取り組みを録画した動画による判定も使われる。

 ちなみに、異議申し立てしてよいのは審判だけでなく力士もして良いことになっている。元の世界の大相撲でも、この事例がいくつか残っているという言い伝えがある。

 それを見た女行司は、土俵から落ちて東西に分かれた二人を土俵下へ下がらせた。

 入れ替わりに六名の女性審判(親方)が土俵に上がる。

 土俵の房下へと戻った野須ノ姫は、廻しに下がっている下がりをもぎ取るように取った。

 協議の結果、もし取り直しとなれば、下がりは取らなければいけないのだ。

 彼女は息を荒く吐きながら、協議が行われている土俵上を見つめながら、呆然としていた。

 ──勝ったと思ったのに。

 土俵際で投げられた。ものすごい力で。あれも彼女の持つ魔法なのだろうか。もしそうだとすれば、あれは共通魔法ではない。個有魔法だ。

 なんてことだ。彼女はいくつ個有魔法を持っているのか。

 それに、あの投げ方。

 彼女はわざと自分と同時に落ちるように投げたに違いない。

 つまるところ、彼女は逆転を狙って投げを打ったのではない。

 取り直しになるように狙って投げを打ったのだ。

 勝ちたければ、そのままうっちゃればいいのだ。それで勝てるだろう。

 しかし、そうしなかったということは──。

 この勝ち方で、勝ちたくなかったということだ。

 彼女が狙う勝ち方は──。

 その時、協議が終わり、審判たちが土俵下へ戻った。

 そして、行司と向かい合った形で座っている振り袖を着た女性審判長が置いてあった魔導集音器マイクを手にすると、場内に向かって説明し始めた。

 東西の力士だけでなく、国技館にいる誰もが固唾をのむ。

「只今の一番、行司は東方力士の勝ちと判定いたしましたが、東方の体が落ちるのと西方の体が落ちたのが同時ではないかと物言いがあり、協議した結果──」

 そこで野須ノ姫は背筋を伸ばした。

「東方と西方の力士が落ちるのが同体であると認め、取り直しとします!」

 最後の一言にマルヤマ国技館の観客が一斉に沸く。

 その歓声に取り囲まれながら、野須ノ姫は安堵とも諦観とも取れるため息を吐き、土俵へと再び上がる。

 ──土俵を支配していると思っていたら、支配されているなんてね。

 まったく、この娘は底知れないよ。

 そう思いながら、房下で柏手をうち、四股を踏んだ。


「この一番、取り直しにござりまする〜」

 行司の発声を聞きながら天ノ宮は内心でふうーっ、と大きく息を吐いた。

 股間から駆け上った心地よいしびれが頭を巡っていた。

 ──南珠の<怪力>の個有魔法のおかげでなんとか取り直せました……。

 この相撲、わたくしの思い通りにならなかったから、取り直しにしたけれども。

 野須ノ姫さん、気がついたようですね。

 彼女は白線前で蹲踞し、相手の目を見つめた。

 そして低く構え、手をつく。

 ──別にうっちゃって勝っても良かったわ。

 でも……。

 わたくしの望んでいる勝ち方はこの勝ち方ではないわ。

 わたくしの望んでいる勝ち方は……。

 そう、借りを返したいのよ。先場所の貸しを。

 そして見てなさい。美穂乃月。

 内心で強く思いながらもう一度立ち、房下へと向かう。

 場内の歓声が、心地よかった。


「巻島、気がついたか」

「ええ」

 巻島美依菜と秋津洲大学女子相撲部主将は土俵上を見つめながら言い合った。

「天ノ宮、わざと同体にしてきたな。タイミング的にもう少し前で投げていればうっちゃりが決まっていたが、そうはしなかった。あれができるのは、男の大相撲力士でもそうはいないぞ」

「ええ、恐ろしいですね。本当に」

 美依菜はそう言うと主将を見た。彼女は微笑んでいた。

「でも、恐ろしいからこそ、ますます対戦してみたくなってきました。サインしてもらった時は一緒の部屋に入ろうかと思っていましたけど、やっぱり月詠部屋に入門はやめておきます。親方に、断りの電信を入れておかないと」

「さあ、取り直しの一番だ」

 土俵上では、時間制限の声がかかろうとしていた。


「手をついて待ったなし!」

 土俵上で一番をさばくさばき手が、軍配を返してそう告げる。

 土俵上の天ノ宮は、土俵上で蹲踞すると、ふうっと、息を吐いた。

 眼の前には、野須ノ姫が厳しい表情でこちらを見つめている。

 しかし、その厳しさは、天ノ宮へというよりも、自分自身に向けられているようだった。

 天ノ宮は相手が腰を据え、片手をつけるのを見ながら思った。

 ──わたくしが望む手で勝つなら。

 まず相手に背中を向けさせなければいけない。

 そのためには……。

 彼女はそう思うと、魔法を二つ選択した。

 そして体に集中し、魔力を吹き出させる。

 それを見てか、炎の個有魔法の使い手も炎をまとった魔力を体から吹き出す。

 やる気十分。それを感じさせるように、野須ノ姫は残りの手も土俵につけた。

 その瞬間。

 天ノ宮はすばやく両手を土俵につけ、立ち合った!

 野須ノ姫も天ノ宮にすばやく反応し、立ち合う。

「のこった!」

 二人の頭がぶつかりあう。そしてお互いに押し合うように身を起こす。

 とりあえずは組みたい。判断すると、天ノ宮は腕を動かし、わずかに顔を張る。

 野須ノ姫の顔、そして体がのけぞる。土俵際まで後一歩というところまで押す。

 その隙に天ノ宮は両腕を相手の脇の下へ入れた。

 しかし、左回しは取ったものの右廻しは取れず、相手の脇を押さえるにとどまった。

 それを見てか、野須ノ姫は右腕を天ノ宮の右腕の上から伸ばして廻しを取る。

 右上手の体勢だ。左も下手を取った。

 そしてそのままの体勢で圧力をかけてくる。天ノ宮はくっ、としながらもこらえる。

 そのときには、もう魔法は既に発動していた。

 野須ノ姫から習得していた炎の個有魔法と、氷雪華から習得した氷の魔法だ。

 氷の魔法で薄く体に氷の膜を展開し、それを炎の個有魔法で溶かす。

 一見矛盾する魔法の発動だが、それには意図があった。

 氷の膜が熱で溶け、液体となって体を流れていっているのだ。

 天ノ宮は肌でそれを感じると、内心ほくそ笑んだ。

 ──よし、上手くいっている。

 そう思いながら、野須ノ姫の寄りをこらえる。

 そして相手の寄りをこらえつつ、自らの右腕を伸ばし右回しの深く掴んだ。

 両足を前後に開き、そのままこらえる。こらえ方としては理想に近いやり方だ。

 一方、野須ノ姫の足は左右の足がほぼ揃ってしまっていた。これでは力が出しにくい。

 天ノ宮はこの体勢をしばらく維持することを選択した。型はないと思っていた自分だったが、こうやって四つになって長い間相撲を取るのは苦ではなかった。

 脇を締め肩も遣い、体に力を込め腰で踏ん張り、相手の動きを封じる。

 そうするだけでも、相手は体力を消耗するはずだ。

「はーい、はっけよいー……」

 耳元で行司の掛け声が聞こえてくる。

 さらに相手の荒い息遣いも聞こえてくる。自分のため息のような息もだ。

 行司の動きを促す掛け声が何度繰り返されただろうか。

 天ノ宮の体には滝のような素と酸素の化合物が流れ、廻しをも濡らしていた。

 野須ノ姫は何度か体を動かしていたが、明らかに様々な液体が入り混じったものを嫌がっているようだった。無論、天ノ宮が四つをこらえていることも。

 ──さて、どうするの?

 天ノ宮がそう思ったときだった。

 彼女の片足が、ふわっと浮いた。野須ノ姫が強引に投げを打ってきたのだ。

 投げを打ち、位置を逆転でもさせようとしたのだろう。

 しかし天ノ宮は、こらえて前へ出ようとした。

 投げの結果、天ノ宮と野須ノ姫の位置は逆転したものの、その投げの力を利用して天ノ宮は前へ出た。

 ──よしっ!

 さらに筋力増強の個有魔法を発動させ、一気に前へ出る。

 野須ノ姫も魔力を吹き出させてなんとか食い止めようとするが、足が揃っていることもあり、うまく力が伝わらない。

 おまけに左下手も切られてしまう。

 結果、野須ノ姫は土俵黒房下まで追い詰められた。

 そこで野須ノ姫は、起死回生の右上手投げを放った。その投げは強烈で、彼女の片足を中心に天ノ宮の体が半周周り、天ノ宮は西方白房下まで逆に追い詰められた。

 しかし、天ノ宮にとって。

 それは待ち焦がれていた機会だった。


 ──いまよ!!


 野須ノ姫が強引に投げを打ったおかげで、体が大きく開き、さらに天ノ宮が体にかけた氷と炎の個有魔法や自らの汗などによって出来た液体のおかげで野須ノ姫の手が滑り、大きく脇が開く。

 その時を彼女は狙っていたのだ。

 天ノ宮は脇の下から体を強引に入れ、廻しに手をかけると、その力を利用してくるりと野須ノ姫の体を回転させる!

 一瞬野須ノ姫の手が天ノ宮の首にかかるが、それをするりとくぐり抜け、相手の後ろへと回り込む。

「あっ……!?」

 野須ノ姫が、一瞬声を上げた。

 天ノ宮は、この時を待ち焦がれていたのだ。

 自分がやられたことを、相手にやり返す機会を。

 その事に気がついた野須ノ姫は、天ノ宮に組み付かれながらズルズルと前進し、土俵中央へ行き、ほどこうともがく。

 しかし、後ろから前廻し奥深くを掴んだ天ノ宮は腰を深く沈め……。

 そして、相手の身体を高々と吊り上げる。

「うわあああ!?」

 野須ノ姫は足をばたつかせて抵抗するが、天ノ宮の腕と体は少しもゆるぎもしない。

 天ノ宮の股間から頭部へ向かって雷のような強いしびれが走ると同時に、股間にある大事なものから生温かい何かが吹き出るのを感じた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そして……。

 魔力を全身から吹き出させると、全力全開で土俵に叩きつけた。

 どがぁんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 轟音とともに土俵に大きな穴が空き、土煙が湧き上がった。

 その土煙が消えると。

 土俵に、大きな穴が空いていた。

 その穴の中央には。

 野須ノ姫が、背中を表にしてのめり込んでいた。

 天ノ宮は文字通り、野須ノ姫を土俵に沈めたのだ。

「……し、勝負あった!!」

 穴の際で、行司が軍配を上げると。

 一瞬の後、国技館中に、嵐のような大歓声と拍手が沸き上がった。


 そして、その歓声は月詠部屋でも。

「やったー!! 天ノ宮はやりましたよ!!」

「流石はあたしが育てた力士だなっ」

「月詠親方、俺が育てたんですけど……」

「なんか言ったか?」

「いーえ、なにも」


 マルヤマ国技館、西の花道の奥でも。

「やったー!! あまっちがやったよー!!」

「勝ちましたわね〜!!」

「センパイ……」


 ヨシワラ国技館の支度部屋でも。

「勝ちましたね! 天ノ宮が!」

「……美香。よく頑張ったな」


 マルヤマ国技館の、秋津洲大学女子相撲部員が陣取る枡席でも。

「キャーーーーーーーーッ!!」

「……勝ったか。良かったな、美依菜」

「天ノ宮さん……! やりましたね……!」


 それぞれの場所で湧き上がった。


 その土俵の中央。

 湧き上がる歓声に、一瞬天ノ宮は呆然としたが、しかし、すぐさま湧き上がる熱い思いに、強くかられる。

 体全身を走る電流のような心地よいしびれと、股間のぬるみを感じながら、軽く穴の縁を走り出し、片手でガッツポーズを作った。

 ──勝った! わたくし、勝ちました!!

 そう叫びたくなる気分を抑えながら、笑顔で穴をぐるりと回り西の徳俵前へと戻る。

 その際、審判長から注意をもらうが、そんなことはどうでも良く(良い訳はないが)、気分が高揚する中、

「あまーのーみやー」

 と穴を隔てて行司から勝ち名乗りを受け、胸を張って土俵を降りた。

「只今の決まり手は、送り吊り落とし。送り吊り落として、天ノ宮の勝ちであります」

 独特の抑揚をつけた呼出の放送を背中に受けながら、西の花道を下がると、

「天ノ宮ー! おめでとー!」

「十両昇進決まったな!」

「優勝おめでとーーーーーーーーーーーー!」

 と頭の上から次々と声が飛んできた。

 ──ふふっ。これが優勝したということね。

 天ノ宮はその歓声と拍手に応えながら、笑顔で手を振っていたが。

 ──あれ、わたし……。

 頬に違和感があった。

 気づけば、両方の目の端から、熱い雫が流れているのに気づいた。

 ──わたくし、泣いている……。勝ったのに……。もう。

 天ノ宮は、自分は、本当に泣き虫だな、と苦笑いしながら視線を上げると。

 視線の先には、浴衣姿の、仲良し三人組が笑顔を見せて待っていた。

 その真中にいた凜花が、心から本当に嬉しそうな声で、

「センパイ、優勝、おめでとうございます……」

 そう言うと、ゆっくり近づいて、天ノ宮を優しく愛おしく抱きしめた。

 そのぬくもりに、天ノ宮は少し驚きを抱いたが、その優しい暖かさに心がじんわりして、

「ありがとう、凜花……」

 そう返すと、彼女も抱き返した。

 しばらく抱き合っていた二人だったが、

「さあ、行きましょう。奥で記者たちが待っていますし」

 抱擁を解くと、凜花がそう誘った。

 そう。この花道の奥では、集音器マイク録音機レコーダー光学撮影機カメラなどを持った記者たちが待ち構えているのだ。

 ──さて、これから囲み記者や動画放送の聞き取り取材ね。しっかりしないと。

 そう思うと、天ノ宮は手で頬を拭き、背筋を伸ばした。

 そして、みんなと一緒に歩き出した。


 囲み記者との取材や、放送局の優勝聞き取り《インタビュー》などが一通り終わった後で、天ノ宮たちは、支度部屋にようやく戻った。

 そして、四人で上がり座敷の畳に腰を下ろすと、自然と笑みがこぼれる。

「ふふっ……、やったねセンパイ……」

「やりましたわね……」

「あまっち……」

「ふふふ……」

 そして、まるで火山の噴火のように、喜びを溜めた後で突然、

「いえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」

 と叫ぶと、お互い手を合わせ、打ち鳴らした。

 その後で天ノ宮が、大きく息を吐き、肩をなでおろし、

「これでようやく、お菓子がいっぱい食べられるー!」

 と言うと、畳に背中から倒れ込んだ。

 本当に、つきものが落ちたと言うような顔で。

「お疲れ様〜。天ノ宮ちゃん」

 希世乃月が、のんびりとした顔を笑顔にして言った。

「ようやく待ち望んだ十両昇進だからねー。あまっち」

「まあしばらくゆっくりと休んで、それから十両に備えての稽古だね」

 南洙と凜花が、そう笑いあったときだった。

「……ちょっと失礼する」

 突然、硬い口調の女性の声と裸足の音が支度部屋へと響いてきた。

 誰、と天ノ宮が起き上がり、三人とともに入り口の方を見ると。

 黒い組衣に黒廻し姿の、野須ノ姫だった。

 肌のあちこちには、赤い傷跡が付き、黒い痣がいくつもできている。

 彼女の頬にも、傷と痣ができており、激戦の後を物語っていた。

 彼女の顔は、無表情だった。

 その無表情さに、天ノ宮以外の三人は思わず身構えたが、天ノ宮は、表情を変えずに野須ノ姫を見つめていた。

 かまわない、というように野須ノ姫は天ノ宮に近寄り、前で立ち止まると、

「……おめでとう。私の完敗だよ。これで貴女は十両昇進だね」

 そう言って、片手を差し出した。

 彼女の顔が緩む。

 ──ああ、おめでとうと言いに来たんだ。本当は悔しいのに。

 天ノ宮は一つ頷くと、自分も手を差し出し、相手の手を握った。

「ありがとうございます。……野須ノ姫さんだって、本当に強かったですよ」

 そう言って手を離すと、天ノ宮はさらに破顔した。

 その歓びで満ちた顔に、さばさばとした表情で、野須ノ姫は返す。

「そう言われると私も嬉しいな。でも、負けは負け。これでまた一つ目標が増えたわ。十両に上がって、貴女とまた相撲を取ること。今度はきっと勝つからね」

「ええ、今度も、負けませんからね」

 そう応え、天ノ宮はひどく不敵で、意地の悪い笑みを浮かべた。

 その時、凜花の前に表示窓が突然現れた。

 凜花は少し驚いた顔で、その窓を見、

「はい……、はい……、ありがとうございます! え……? はい、はい、はい、伝えておきます。それでは、失礼いたします」

 そう画面の向こうの誰かと会話すると、表示窓は現れたときと同様に突然消えた。

「誰から?」

 天ノ宮が尋ねると、凜花は嬉しそうな顔で、

「美穂乃月関からです! 天ノ宮、優勝と十両昇進、おめでとう。いい相撲をしたなって、って褒めてくれました!」

 そう言って笑った。

 それから、野須ノ姫の方を向き、告げたいことがある、という顔で言った。

「あ、あと野須ノ姫さん」

「なんだ?」

「お姉さんから伝言ですよ。『美香、最後までよく頑張ったな。今度部屋に来い。稽古をつけてやる』……ですって」

 突然の、姉からの優しい言葉に。

 野須ノ姫こと野須美香は、その瞬間、呆然としたが、すぐ手で顔を覆った。

 そして嗚咽の声を上げ、立ち尽くしながら泣き続けた。

「うっぐ、ねえさん……! ねえさん……! えっぐ……! えっぐ……!」

 普段の強気な態度の彼女とは思えない、態度と泣き声だった。

 野須ノ姫の号泣に、南洙と希世乃月は最初びっくりした顔を見せたが、事の次第を知ると、彼女らも笑顔で野須ノ姫の姿を見守った。

 それは、生まれた赤ん坊を見守る家族のようでもあった。

「良かったわね……。野須ノ姫さん……」

 天ノ宮も、本当に羨ましいというような優しい声で祝福した。

 そしてその姿を見ながら、内心では、別の色を見せていた。

 ──野須ノ姫さんは、姉に認められたかったのね。

 だから今までこうして頑張ってきたのよね。

 ……でも、勝ったのはわたくしなのよ。

 そして。これでようやく、本当のことが言える。

 ……鬼金剛師匠に。

 そう決心すると、天ノ宮は拳を強く握りしめた。

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