第10話 十三日目

十三日目:


 フヅキ(七月)本場所がはじまった。

 この秋津洲皇国の女子大相撲は、国が広いため(皇国が幾つもの国で構成された国家であるため)、国のあちらこちらで行われている。

 その最大のものの一つが、帝都新京の本場所だ。

 先にも話したように、新京場所は幕下以下・十両そして幕内と、別々の場所で開催されている。幕下である天ノ宮は、幕下以下の女力士が相撲を取る、マルヤマ国技館で相撲を取ることになっている。

 開催は十五日間だが、所属力士はそのうち七日、七番相撲を取り、勝ったもの、負けたものがそれぞれ勝ったもの、負けたものと次の相撲を取るという方式で相撲を取る。

 そのように新京女子大相撲フヅキ(七月)場所は、三つの国技館それぞれで進行していった。

 それぞれの土俵で女力士たちが土俵に上がり、取り組みを行い、勝敗を決してきた。

 そうして幕下以下が相撲を取るマルヤマ国技館でも熱戦が繰り広げられ──。

 十三日目の最後の取り組み。幕下優勝決定戦の時を迎えようとしていた。


 ──ついにここまで来た。

 天ノ宮は、土俵下であぐらをかき、腕を組んで控えながらそう思っていた。

 マルヤマ国技館は幕下だったが、観客席は様々な年齢・人種・階級などの男女で満杯だった。

 満員御礼の垂れ幕が、天井から下がっている。

 そして、刻一刻と結びの一番に設けられた、優勝決定戦が近づいてきていた。

 天ノ宮は、初日から連勝をし続け、現在六勝〇敗。負けなしだった。

 六勝目の時は、十両に上がり、負け越していた十両力士と対戦し──。

 見事に勝利を収めた。

 これにより、優勝すれば十両昇進は確約されたようなものだ。

 しかし。最後の一番で立ちふさがる相手が、問題だった。

 その相手とは──。

 先場所の最後に天ノ宮が対戦して敗れた、因縁の相手、野須ノ姫だ。

 野須ノ姫も、ここまで負け無しでやってきたのだ。

 負け無しの女力士は、他にはいない。

 天ノ宮か、野須ノ姫か。

 最後の一番で、雌雄が決するのだ。


 天ノ宮は腕を組みながら、向かい側に控える野須ノ姫を見つめていた。

 彼女の顔と体は氷のように固まっているようにも思えた。

 ──野須ノ姫さんもこういうときには緊張するのね。

 そう思うと、天ノ宮の表情は自然と緩んでいた。

 天ノ宮は、今まで出稽古などで学んだものと、凜花から学んだいくつかの個有魔法と彼女の模倣能力により、それで相手に対抗した魔法と取り口で勝ってきた。

 中には危ない一番もあったが、運と実力でなんとか勝ち抜くことが出来た。

 そしてついに来たこの一番。

 今まで溜めてきた、野須ノ姫への貸しを返す時が来た。

 ──絶対にこの一番、勝ちますわよ。

 天ノ宮は決意を固めた。

 ──あの決まり手で。


 対する野須ノ姫は、土俵下で緊張の度合いを高めていた。

 ──ここで優勝するかしないかで、来場所の番付の位置が大きく変わる。

 勝ち越したので番付が上がることは確実だけど、優勝すればさらに番付は上がる。

 多分、幕下上位五番まで行くだろう。そこで勝ち越すか優勝すれば、悲願の十両復帰が果たせる。

 そのためには、目の前の相手、天ノ宮を倒さなければならない……。

 しかし。

 その天ノ宮が、問題だ。

 連合稽古のときにも見たけど、あの銀髪女、様々な個有魔法をそれぞれの一番で繰り出していた。

 ある時は、炎の個有魔法を。

 ある時は、氷の個有魔法を。

 またある時は、盾の個有魔法を。

 別のある時は、筋力増強の個有魔法を。

 とにかく、色々な個有魔法を使ってくるのだ。

 今場所あの小娘と対戦してきた相手は、それに惑わされて皆敗れた。

 彼女のあの多彩な個有魔法をどこで得てきたのか、私には全然わからない。

 でも、それに惑わされず、私は私の相撲を取るだけだ。

 ……む。

 なによあの小娘。

 私を見て笑っちゃってさ。

 許さない。またこの前みたいに、土俵に穴を開けて沈めてやるから。

 絶対に、そうしてやるわ。

 ……さて。二番前の一番が終わったか。

 心の準備を、しないと。


 その頃、月詠部屋では、

 鬼金剛や月詠親方、幕下以下や十両などで一番を終え、部屋に帰ってきていた女力士達などが、上がり座敷に置かれた、超大型映像受像機の前に集まり、これから始まる一番を待っていた。

「親方ぁ〜。もうそろそろはじまるぜぇ〜」

「そうかい。まあ、あたしが手塩にかけて育てたあの娘が、負けるわけないさ」

「指導したのは俺なんですがね……」

「なんか言ったか?」

「いえ〜、なにも〜」

 そう言ってとぼけた鬼金剛は、受像機の画面へと向き直った。

 そして画面に映し出された、女弟子の姿を見て、

 ──お前さん、ここまで来たんだ。やれることは十分以上にやれ。やれるだろ?

 と内心で思うと、酒を煽るのであった。


 また、マルヤマ国技館の花道では。

 凜花、希世乃姫、南洙の仲良し三人組が、花道奥から様子を眺めていた。

「あまっち大丈夫かな……? また前みたいに……」

「大丈夫よー。鬼金剛さんにもあれだけ厳しい指導と稽古を頂いたんだから、今回は大丈夫……、かな」

「でも、あまっち妙に勝負弱い所あるから……」

 ちょっと心配そうな、二人のやり取りに、凜花は自信ある顔で言い切った。

「大丈夫ですよ。天ノ宮センパイは。きっと、勝ちますから」

 どうして、という顔をする二人に。

 凜花は、その少年のような顔を、破顔させて応えた。

「センパイには、自分の大切なものを渡しましたから」


「美穂乃月関ー、もうすぐ天ノ宮の優勝決定戦ですよー? 見ますかー? 相手妹さんですしー」

 ヨシワラ国技館の、幕内女力士とその付き人でごった返している力士控室。

 その上がり畳に座っている美穂乃月に、彼女の付き人が表示窓を向けながら言った。

「いらん。それより今日の一番の準備だろ」

 美穂乃月は、苛ついた声を上げながら付き人に応えた。

 実は彼女、既に負け越しており、残りの番を勝たなければ番付が危ういのだ。

 ひどい目に合わせようとした天ノ宮に逆にひどい目に合わされ、ろくに稽古も取れない状態で出場したので、この惨事も当然といえば当然であり、他人の優勝決定戦にかまっている場合ではない。

 それでも、少し表示窓の方を見やりながら、

「……美香には、いい一番を見せてもらわんとな」

 そう言うと、地面に立ち、四股を踏み始めた。


 マルヤマ国技館の升席では、天ノ宮が連合稽古で出会った秋津洲大学女子相撲部部員達が、固唾を呑んで、土俵下で一番を待つ天ノ宮を見つめていた。

「主将……、いよいよですね」

 天ノ宮にサインを貰った私立秋津洲大学女子相撲部員、巻島美依菜まきしまみいなが、隣にいる体の大きな女性にむかって、固唾を呑んで言った。

「うん。天ノ宮がどんな相撲を取るか、まったく、楽しみだね」

 体と同じく丸い輪郭の顔の女子相撲部主将は、どこか他人事のような顔で言った。

 主将は既に部屋を決めており、天ノ宮とは別の部屋に行くことが決まっていた。

 彼女は大きな大会で優勝経験があったので、幕下付け出し──最初から高い番付でのデビューが決まっている。

 そのためそう遠くない将来、天ノ宮は好敵手ライバルになるのだ。

「主将……。もうっ、他人事ですね。幕下付け出しになるからって」

「巻島、お前だって幕下付け出しになるだろ。それにお前は幕下十五枚目付け出しじゃないか。今から彼女をよく観察しておけ」

「だってまだ私部屋決めていませんし。同部屋になるかもしれないんですよっ」

「別の部屋になるかもしれないだろ。移籍もあるし。まあ、観察眼を磨いておくのは悪くないぞ」

「そうですけどね。でも、今は天ノ宮さんを応援しましょう」

 美依菜は再び土俵を見つめると、心の中で、自分と体つきが似た若い女力士に、声援を送った。

 ──頑張って、天ノ宮さん。

 ちょうどその時、天ノ宮と野須ノ姫の取り組みの前の一番が、終わった。

 そして、次の一番が、始まるのだ。


「ひがーしぃー、のすのぉーひぃーめー」

「にぃしーぃー、あまのぉーみぃーやー」

 国技館の内外で様々な人が見つめ、注目している土俵に。

 抑揚をつけた声で呼出に呼び出され、天ノ宮と、野須ノ姫が上がった。

 天ノ宮が土俵に上がると、触れた足の裏から伝わる土俵の感触はいつもと同じような肌触りと湿り気を持っていたが、それでいてどこか違うような感触を持っていた。

 相手と向き合うと、これまでにない高揚感が心の中で湧き上がってくる。

 ──今までの、わたくしの人生は。今、この瞬間のためにあったのでしょう。

 そう言い切れるほどの感情だった。

 房下へ進み、四股を踏み、それから徳俵前へと戻ると、自然と野須ノ姫と目が合った。

 彼女の目は、憤怒の炎でいっぱいだった。まるで彼女が持つ個有魔法のように。

 天ノ宮はその眼を見つめながら、

 ──そうよね、野須ノ姫さん。あなたがそうなるのはわかっているわ。

 だって、あなたのその<魔法>。

 あなたの姉への、嫉妬から生まれたもの。だから、

 あなたの個有魔法の名前は<嫉妬のクリムゾン・ジェラシ>という名前なのよね。

 悠然と立ち上がり、また房下へと向かった。

 大地の女神から、力を吸い上げるように。

 国技館中に四股名と出身地、部屋名が放送案内を行う呼出によって告げられると、続けて、

「この一番の勝者は、幕下優勝となります」

 という案内がなされた。

 その知らせに、観客からは拍手が沸き起こり、声援が飛び交う。

「野須ノ姫ー! 勝って再十両しろよー!」

「天ノ宮ー! 負けるなよー!!」

「ふたりとも頑張ってー!!」

 老若男女問わず、二人に応援が飛び、館内はこの日一番の盛り上がりを迎えた。

 その中で、あのサインを貰った女子大生、巻島美依菜は、その小さく整った口を大きく広げ、手を添えると、

「天ノ宮さーん!! リラックスリラックスー!! 秋津洲大ファイト〜!!」

 と叫んだ。

 それに、周りの女子相撲部員はどっと沸く。

「それ、いつもやっている応援じゃないっすかー!」

「もう、美依菜ちゃんてば入れ込み過ぎなんだから……」

「天ノ宮さんはうちの部員じゃないんすよー」

 それに気がついて、頬を赤らめて下を向いた美依菜を見て、主将は、

「まあ、それだけ巻島は天ノ宮さんを応援しているということなんだよ。女相撲に進む者は、そういう応援者ファンを大切にしてやれよ」

 そう言うと、美依菜の肩を叩き、

「ほら、大事な一番が始まるぞ」

 とだけ言うと、再び土俵へと強い眼差しを向けた。

 その言葉に、美依菜も同じように顔を上げると、土俵上の、自分にどことなく似た感もある銀髪の乙女力士の姿を見つめるのであった。

 ──負けないで、天ノ宮さん。


 土俵上では、相変わらず女力士や行司による所作が執り行われていたが、いつもの所作と違うところがあった。

 それは、土俵のそれぞれの房の下に、塩の入った箱が置かれ、天ノ宮と野須ノ姫が房の下で四股と塵手水の所作をした後に清めの塩をつまみ、土俵に撒く、という所作が加わっていたことだった。

 これは、十両や幕内ではいつも行われることであるが、幕下では相撲の進行が早くて時間に余裕がある場合や、このような特別な一番の時に行われる所作なのだ。

 野須ノ姫は、わらで編まれた塩箱から塩をつまむと、少しだけ自分の体にかけた。

 十両の時によくやっていた、まじないだった。

 そして、土俵に塩を軽くまきながら、ぽんぽん、と手で自分の黒色の廻しを叩き、仕切り線前へと向かう。

 その時、館内が湧いたので、ん、と思い、相対する側を見ると。

 天ノ宮が片手にいっぱいの塩を持ち、そして。

 どばあっ!

 と天高く放り投げた。

 白い塩が、放物線を空中に描き、土俵へと波のように、吹雪のように落ちていく。

 そして、天ノ宮は無邪気そうな笑顔を見せると土俵へ入り、高々と綺麗に足を上げ、四股を踏む。

 その無邪気さに野須ノ姫は、

 ──この銀髪娘が……!

 と、どこか悔しさをにじませながら、しっかりとした四股を踏んだ。

 そして、仕切り線で手を付ける。

 二人の女力士は、睨み合う。

 天ノ宮の顔には、先の無邪気さは消えていた。

 両力士はもう一度房下へと戻り、呼び出しからタオルを貰って体を拭き、返した。

 その時、土俵下の時計係の審判が、時間制限を告げた。

 館内が大きく湧き上がる。

 天ノ宮、あるいは野須ノ姫へと飛び交う声援の声が、国技館内に乱反射して響き渡る。

 二人は最後の塩を巻いた。

 野須ノ姫は先ほどと同じように、天ノ宮は先程よりもだいぶ少ないが、それでも多めの塩を巻いた。

 そしてお互い土俵に蹲踞し、廻しにぶら下げた下がりを左右に分けて腰を下ろす。

 野須ノ姫は、仕切り線に比較的近いところに手を付けたが、天ノ宮は、かなり離れたところ、極端に言えば徳俵に近いところに腰を下ろした。

 野須ノ姫は、それを見て顔をしかめた。

 ──あいつ、なにか仕掛けてくるな。突進して何か魔法を使うのか? それともこちらが突進してきたのを見て変化か?

 それとも……。

 まあいい。十分落ち着いて見れば対応できる。それに相撲は自分との戦いだ。相手に合わせる必要はない。自分の相撲を取るだけだ。

 自分に言い聞かせるように、野須ノ姫は片手の拳を土俵につけた。

 対する天ノ宮も、ゆっくりと片手の拳を土俵の黒茶色の土へと下ろす。

 それを見て、向正面に位置する女行司が軍配を下ろしながら、張り上げた声を放った。

「手をついて待ったなし!」

 その声に、天ノ宮はすぐさま反対の手をつけた。

 そして、わずかに体から魔力をにじませる。

 反対に野須ノ姫は、魔力は盛大に体から放出させるが、手は下ろすか下ろさないか、何度か逡巡した後──。

 スッ。

 と高速で手を下ろした。

 その瞬間、野須ノ姫は弾かれるようにその場から立ち会い、天ノ宮へと向かっていった。

 即時に土俵上を見た行事装束に身を包んだ女性は、聖なる掛け声をかけた。

「ハッケヨイ!」

 と同時に、腕からは魔法の火が勢いよく吹き出ていた。

 彼女の個有魔法〈クリムゾン・ジェラシ〉だ。

 が。

 天ノ宮は、椅子から立つようにその場に立ち上がった。

 何事かと、土俵を見つめていた誰もが思った。

 そして次の瞬間。

 彼女は両手を引いた。

 そして瞬時に力を溜め──。

 双方の腕を突き出した。

 刹那──。

 彼女の両腕に、氷の盾が現れたのだ。

「!!」

 野須ノ姫は瞬時に足を止めた。そして、その場で踏ん張る。

 しかし、時既に遅く。

 天ノ宮の、双腕の前に生み出された魔法陣が野須ノ姫へと衝突する!!

「ノコッタ!」

 行司の掛け声とともに、野須ノ姫の体で氷の魔法の盾が割れ、爆発が二つ生まれた。

 その爆発に、野須ノ姫は足を前後に広げて踏ん張る。

 それでもなお、彼女の体は揺らぐ。

 その爆発に間髪淹れず、天ノ宮は冷気をまとった魔法の盾を生み出し、野須ノ姫へと向かってぶつける!

「くぅ……っ!」

 ──氷の魔法の盾!? あの時の魔法の盾じゃない!?

 いやこれは……!? 〈個有魔法同時発動〉の個有魔法か!?

 野須ノ姫は、その氷の魔法の盾を炎のかいなで打ち壊す。

 だが、次々と魔法の盾は生まれて彼女に襲いかかる。

 野須ノ姫は、土俵上で円を描く動きをしながら応対しつつ、次の手を探るのであった。

 

「あれ、なんなの!?」

「あんな個有魔法、見たことないんですけど!?」

「さすが女子大相撲ね……! 見ておくのよ、私達が戦うことになる土俵というものは、ああいうところだってね……!」

 マルヤマ国技館の枡席で、私立秋津洲大学女子相撲部の部員たちは、天ノ宮が取った見たことのない戦法に騒然となっていた。

 天ノ宮の周囲から放たれる魔法陣の群れに、野須ノ姫は防戦一方だ。

 部員たちの喧騒をよそに、美依菜は冷静に土俵上を見つめていた。

 ──あの氷の魔法の盾、天ノ宮さんの魔法ではなくて、別の人の魔法を合わせたようなものの気がする……。これって、やっぱり……。

 そう思うと、目を細めるのであった。


「あれ、あまっちが特訓してたやつだよね? 氷の魔法の盾作るの」

「ええ、そうよー。対野須ノ姫さん用に取っておいた切り札よー」

 西の花道から攻防を眺めつつ、南洙と希世乃姫はそう言い合う。

 その二人の会話を横で聞きながら、凜花は冷静に土俵を見つめていた。

 ──今のところはうまくいっているけど、野須ノ姫さん、早くも対処しているような……。

 彼女の顔に、一抹の不安が走った。


「ノコッタ! ノコッタ!」

 天ノ宮の氷盾連続攻撃に、彼女に近づけずにいた野須ノ姫だったが、

 ──こうなったら、久しぶりにあれをやるか!

 そう思い、炎をまとった腕を引き、拳に力を入れた。

 そして、飛んできた氷盾へと突き出す。

 すると、突き出した手のひらから紅蓮の炎球がいくつも飛び出し、煙の尾を引きながら氷色の盾へと突き刺さる。

 氷盾は勢いに負けたように割れ、炎球の一つが天ノ宮の体へと衝突した。

「ぐぅっ!」

 天ノ宮がわずかにうめき声をあげ、体をそらす。

 それを見た野須ノ姫は、

 ──好機チャンス

 と心の中で叫ぶと、すばやく交互に腕を薙ぐように突き出す。

 すると、その薙いだ軌道上に火球が幾つも現れ、次々と天ノ宮へと飛んでいく。

 しかし天ノ宮も負けじと、氷盾を次々と飛ばして対応する。

 二人の間で激突し、壊れ、すり抜け、相手に当たる炎球と氷盾。

 相手のチカラの衝突によって、お互いの体に爆発と痛み、衝撃が走り、傷つけあう。

「おおっー!」

「いいぞいいぞー!」

「ふたりともすげーっ!!」

 土俵上で繰り広げられる魔術相撲戦に、観客は大いに熱狂していく。


 その中で、美依菜と凜花は、別々の場所で同じことを考えていた。

 ──天ノ宮さん(センパイ)の足が止まっているどころか、下がり始めてる……。

 と。

 天ノ宮の氷盾を生み出す速度も早いが、それ以上に野須ノ姫の火球を生み出す速度が早く、その数も大量なので、天ノ宮は後手後手に回り始めているのだ。

 火球の集中砲火に対し、天ノ宮は左右に動きながら対処しているが、徐々に後ろへ下がりつつあり、また野須ノ姫との距離も近づいているのだ。

 凜花はそのさまを見ながら思った。

 ──事前の打ち合わせでは。

 ある程度近づいたあと魔法を切り替えて、火と氷の個有魔法を用いて体を凍りつかせて濡らし、相手をいなして後ろへ回るはずだったのに。

 でもこれじゃ近づきすぎて、逆に相手に廻しを引かれる……。

 このままじゃ……。

 それぞれ離れた場所であったが、凜花も美依菜も、拳を同じ様に握りしめていた。

「センパイ……」

「天ノ宮さん……」


「ノコッタ! ノコッタ!」

 状況は相変わらず、魔法突きの回転は野須ノ姫の方が上であり、彼女は次第に天ノ宮へと距離を詰めてきていた。

 そして、彼女は押すようにではなく掬うように腕を動かし、火球を飛ばした。

 下から上へと飛んだ火球は、氷盾と氷盾の間をすり抜け、天ノ宮の体を下から直撃した。

「くぅっ……!」

 天ノ宮の体が一瞬のけぞり、動きが止まる。

 それが野須ノ姫の狙いだった。

 それから火の力を飛ばすのではなく、自らの身体へと注ぐ。

 そして、その力で肉体を強化し、足をすり足で走らせる。

 野須ノ姫はあっという間に天ノ宮の懐へと飛び込むと……。

 天ノ宮の両廻しを取った。右上手だ。

 同時に天ノ宮も野須ノ姫の廻しを取るが、その前に野須ノ姫は一気に前へ出る!

 ──取れた!

 股間にじわっと来る快楽を感じながらも彼女はしめた、と思った。このまま寄り切ってしまえば、私の勝ちだ。と確信した。

 抵抗を感じながらも構わず出る。

 そして相手の足が、俵にかかった……、ように思えた。

 その時だった。

 ずん、と、天ノ宮の体がひどく重くなったように感じられた。

 冷たいものが一つ太く、野須ノ姫の背筋を走った。

 そして気がつく。自分の足が土俵から離れていることに。

 体が強引にひねられていく。視界がぐるっとまわる。

 ──これは。

 と思う間もなく。

 彼女は土俵下へと落ちていった。天ノ宮とほぼ同時に。



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