入る前に

 一体どのくらい倒したのだろうか。普段感じない疲労が重くのしかかり、剣を持つ手が震える。でもそろそろだ。

 バステルの姿のまま全力で走る。当然、ロープは繁殖触手で引っ張りながら。

 だけど体の疲労は芯から来ている。女の子に触りたい。女の子に包まれたい。もう頭の中でそんな欲求が渦を巻いている。燃料切れ――まるでそんな感じがしているよ。


 だけど、僕だって考えなしに戦ったわけじゃない。

 先ず右手側にいた連中と戦いながら左に移動。ご隠居の体でね。

 ここが一番辛かったし大変だった。犠牲も大きかった。

 だけど、もう右から来なくなるまで左で戦った後、再び中央へと移動した。もう連中の反応する範囲は分かったからね、当然右の連中の圏内は避けたよ。


 おそらく反応する範囲は同じだろうと予測した通り、左側も襲って来る奴を全部倒したら、もうその奥の連中は来なかった。

 唯一の例外は神出鬼没な一体だったけど、それも終わり。

 僕の後ろには、媚薬を注入されてもがき苦しんでいる筋肉達磨と、その取り巻きの異形の死体が転がるのみだ。これで突破する準備は完了した。


 目の前にはこの深い霧と闇にも拘らず、不気味なほど不自然に教会の姿が浮かんでいる。

 そして後ろのみんなに犠牲は出ていない。後はただ走るのみだ。

 こうして走っていると、突然にガクンと足が止まる。正確に言えば、僕は問題ない。ロープが引っかかったように止まったんだ。


 振り向くと、全員が止まっている。そしてその先は見えない。永遠に続く漆黒の虚無。

 そうか――ここが時間の狭間か。

 だとしたら、ちゃんと予定通り全員をここに連れて来られた事になる。作戦は成功だ。

 だけどここからは皆は動けない。理論とかはさっぱりだ。いずれきちんと勉強しよう。

 なんだか何かをやればやる程、知りたい事が増えていくよ。


 ふと見ると、木彫りの鳥の背中が開いている。何かの仕掛けだろうか? 中にあるのは折り畳んだ紙きれだ。

 なんだか嫌な予感しかしない。


『君がこれを読んでいるという事は、無事時間の壁に到達したという事だろう。そしてそれは同時に、私は越えられなかったという事を表している。シルベ君や護衛は聞くまでもないが、メアーズ嬢やミリーはこれを読んでいるかな? 聞きたい事はあると思うが、先ずは任務を完遂してくれたまえ。もし読んでいるのが君だけであるのなら、世界の命運は君に託されたという事になる。健闘を祈る』


 ……全く。この文章はいつ用意して、いつから開いていたのだろう。

 多分だけど、ミリーちゃんの報告からこうなる事は分かって準備していたんだ。

 でも残念ながら、動けるのは僕だけのようだけどね。

 それにしても“君”か。何処までお見通しなんだろう。


 シルベさんに命令を出す立場で、おそらくだけどミリーちゃんにも指示を出せる人間だとは予想していた。

 ワーズ・オルトミオン……かつての地位を捨てたもの。

 以前の地位は、今更聞くまでもない。だけど、全ての事が終わったら一度会ってみたいものだよ。


 というか、こんな所まで来て良いんでしょうかね。

 でも確かに、この木彫りの鳥が来たところで何も起きないだろう。これはもう、ただの工芸品でしかないのだから。

 ん? よく見ると裏にも何か書いてある。


『磨き粉は持てるだけ持っていくと良い。袋から出して、ミリーの腰に掛けてある。当然、教会に入る前に全ての武器に塗っておくことだ』


 全ての武器と言われても、頼りになるのはこの剣しかないけどね。

 なんだか懐かしい気持ちになりながら、缶に入っている磨き粉を布に付けて剣に塗る。

 やっぱりこの感触、この匂い。どこか懐かしい感じがする。

 ついでに皆が持っていたタオルやハンカチにも塗って、体に巻く。

 今は全裸だからね、巻く場所は幾らでもある。


 さて、後は最後の仕上げ。動けない人に対してするのは気が引けたけど、これは挨拶も兼ねてだ。

 メアーズ様をそっと抱きしめる。同時に体力の回復を感じる。なぜか出していたほかの触手がムズムズし始めたので、これは引っ込めた。まあ、もう盾はいらないだろう。


「必ずやアルフィナ様をお救いしてきます。男爵家の復興に関しては……多分大丈夫だと思います。侯爵家がこんな状況ですし、メアーズ様の功績は比類ありません。必ずや新たな男爵領が与えられることになるでしょう」


 もちろんそれは、僕が成功したらの話だけどね。でも、失敗した時の事を考えても意味は無いだろう。


 続いてミリーちゃんを静かに抱く。


「ちゃんとアルフィナ様は救い出してくるよ。そうなれば、今度はアルフィナ様が男爵だ。君の新たな雇い主になるのかな? それとも、今のままなのかな? でもそれは、全てが終わってからだね」


 うん、これで十分に女の子の感触も回復した。

 あ、それに――。


「考えてみれば、アルフィナ様とは一番付き合いが長かったんでしたよね。大丈夫、全てを解決してきます。全部が終わったら、また三人で――いや、二人と一匹だけど、一緒に暮らしましょう」


 なんだろう、僕の意識が変わったからか? 女性なら誰でも良くなったのか?

 抱きしめたシルベさんからも、何か力を分けてもらった感じがする


 ではまあ、行こうか。

 全ての決着をつけにね。

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