小屋の地下へ

「鍵が掛かっているけど、壊してよろしいのかしら?」


「死んでる兵士が持っているでしょ。ちょっと待っていてね」


 入口の方でひそひそと声が聞こえてくる。

 この霧のせいで音の通りが悪い。僕には聞こえても、周囲を徘徊するヤギ人間ゴートマンには聞こえてないだろう。


「おっかしいなー。持っていると思ったんだけど」


 様子を確認しに行くと、ミリーちゃんが死んでいた兵士を脱がしていた。

 いやもう脱がし終わっていると言った方が良いか。パンツしか履いてない。


「外番が持っているわけないでしょ。ほら、開いたわよ」


 そんなことをしている間に、シルベさんが2本の金属棒を器用に使って入口の扉を開けていた。本当に何者なんだろうね。

 昔から知ってはいるけど、愛想の悪い侍女程度にしか思っていなかったよ。

 でも考えてみれば、アルフィナ様に付いている人間が普通の人であるわけが無いか。

 というか、鍵は内側を巡回していた4人の誰かが持っていたんだろうね。僕が探しても良かったのか……今更だけど。


 目的の場所は、鉄柵門を超えた先にある小さな建物だった。

 ここは2メートルほどのレンガ壁に囲まれ、入り口はたった今入った一か所だけ。閉じてしまえば、もう外から僕らを確認出来る相手はいないだろう。


 中は芝の生えた広い庭になっており、目的の建物は中央付近に建っている。

 平屋一戸建て位か。見かけ上は、少し大きめの物置と言うか倉庫と言うか……。

 外の門もそうだったけど、この建物にも表札は無いね。

 反響定位エコーロケーションで中を確認するけど、人の気配――いや、動くものは何もない。


「中は無人だが、ここで良いのか?」


「何故それが分かったのか是非知りたいわね」


「あ、それあたしも聞きたいわ」


 軽口を叩きながらも、シルベさんはカチカチと扉の鍵を開ける。

 ミリーちゃんも興味津々だけど、ここで説明することは出来ないよ。当たり前だけどね。


「無人って話、信用するわよ。でももし何かあったら……」


 作業をしながらもちらりとこちらを見る。まあ助けろって事だろう。その点は分かっていますよ。

 というか、霧の中でも互いを判別できるようにぎゅうぎゅうに密集している。

 傍から見たら、相当に間抜けだぞ。まあいいや――、


「その時は、必ず俺が守る。安心しろ」


 頭に手を置くと、何故かシルベさんが真っ赤になって手を止める。いやいや、急いでいるんだから頼みますよ。


 そんなやり取りをしている内に、かちりと鍵は開いた。

 慎重に扉を開けるが、中には当然誰もいない。というより真っ暗だ。

 まあその点は窓からも判別できた。鎧戸にカーテンと厳重だったけど、中が暗いかどうかは分かるからね。

 そんな訳で、ミリーちゃんがごそごそと魔晶のランタンを取り出した。

 丸く全方向を照らすランプ型。確かに今はこの方が良さそうだ。

 というより、本当にあの袋にはなんでも入っているね。諦めた心に再び火が灯りそうだよ。


 僕は最初から分かっていたけど、中は二部屋。手前の部屋には絨毯が敷かれ、テーブルが一つに椅子が6脚。

 テーブルの上には何冊かの本が置かれていて――って、なんかシルベさんがテーブルひっくり返しているし。

 一応は静かにやっているけど、本はバサバサと床に落ちる。だけどそんな事はお構いなしに、今度は絨毯を切り裂き始めた。


「位置としてはこの辺りのはずよ」


 そういうと、ほぼピンポイントの位置に取っ手の付いた床扉を見つけ出す。

 話が早くて本当に助かるよ。普段から工作員がいろいろと調べているんだろうな。案外、僕の村にもそういった人が来たことがあったりして?

 ……まあ無いね。何もない貧しい村だったよ。


 改めて思うけど、僕らは本当に何を考えてここまで来たんだろうかと反省だ。シルベさんを見つけなかったら、多分一か月かかってもこの場所を見つけ出すことは出来なかったと思うよ。


「ここから先でよろしいのね?」


「ええ。情報ではこの下に監禁されているはずよ」


「状況が変わったという可能性は?」


 ベテラン兵士のベリルが訪ねるが、可能性を全て論じていては始まらないだろう。それに――、


「物事に必ずは無いけれど、男爵閣下が捕らわれてからずっと仲間が監視しているわ。いえ、もう過去形ね。でもそんなに時間は経っていないはず。今は行くしかないわ」


 全くだ。先ずは軽く扉を叩いて反響定位エコーロケーションで確認する。

 浮かんでくる形は金属の梯子に下までのホール。10メートル程だろうか。そこから先は広い部屋のようだけど戻ってくる音波が少なくてよく判らない。多分、床は絨毯なのだろう。だけど――、


「人はいないようだが……先ずは俺が下りて確認する。皆は後から付いて来てくれ」


 そういって、床扉を開けて下へと飛び降りた。

 今更、こんな所で留まったって仕方ないからね。

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