【 コンブライン男爵救出作戦 】

状況確認

 入った宿はやっぱり無人、荷物もきれいさっぱり持ち出されていた。

 ドアにはしっかりと鍵がかけてあったから、盗賊が持っていったわけじゃないね。

 となると、荷馬車を使える位裕福な家だったのかな?


「やっぱり食料や調味料は隠してありましたわ」


「メアーズ様相手に食べ物は隠せないねー」


 歯に衣着せぬミリーちゃんの言葉に2人の兵士は青くなっているけど、この二人の関係には身分を超えた何かを感じるね。

 というか、建物の中も外程じゃないが霧が濃い。

 メアーズ様が見つけたのは床にあった食料置き場の更に下にあった隠し扉の先だ。

 目で探したとは思えない。本能か? それとも匂いだろうか? 侮れないなー。


「よく見えませんが、多分これは小麦。それに魚醤ですわね」


「腹に溜まるものなら何でもいいですが……さすがに不気味ですね」

「代金他は、いずれ事情を話して補填すればよかろう。まだ人であるのならな」


 霧の中をカンテラで照らすが、本当に誰もいない。無人の建物はかなり不気味だ。

 それもこの宿場全体となれば、不気味を通り越して恐怖と言える。

 あ、因みに透明な蟲たちはふよふよと漂っているよ。何か悪さしそうになったら対処しないとね。


 そんなこんなの間に、かまどには火が入りミリーちゃんが料理を始めた。

 とは言っても、小麦と水を持って来た岩塩を混ぜて焼くだけの簡単調理。でもこの視界の悪さで悪戦苦闘。仕方が無いね。

 その間に、僕はコッソリと床に落ちた。彼女の服は隙間だらけで、抜け出すのは簡単だったよ。


 一応の安全を確認してから、外へと抜けだす。

 当然自分の安全ではない。メアーズ様一行の方だ。だけど少し拍子抜けするくらい、この宿場は静かだった。


 ――一応は、全部確認しなくちゃだね。


 先ずはラマッセに変身する。

 切れた額は痛いけど、血は止まっている。破傷風は大丈夫だろうか?

 本当は薬を塗って包帯も巻きたいけど、触手になったら外れてしまう。ラマッセの姿に限定するのも危険だ。

 でも血が止まっているって事は、案外大丈夫なのかもしれない。


 次は一応ケティアルさんだ。うーん、嫌だなあ。昨日の今日で何が変わるわけでもないし。

 でも僕には何の知識もない。教えてくれる人もいない。だから自分で調べなきゃいけないんだ。

 意を決してケティアルさんに変わる。


 肩の痛みは大分引いている。だけどやっぱり、股間の激痛で座り込んでしまった。

 だけど……あれ? ちょっとだけ膨らんでいるようにも感じる。

 これは朗報かもしれない。これは本来なら再生しない場所だ。時間はかかっても、いつか治るならこれほど嬉しい事は無い。

 でもやっぱり、無茶はダメだな。当面は経過を見守ろう。


 ついでに手からバステルの拘束触手を出して、鞭のように振ってみる。

 傍目には武器を振っているだけかもしれないけど、実際には体の一部。先端まで目であり耳であり、また舌でもある。普通に武器を使うのとは別次元に操れる。

 今までも咄嗟とっさに考えなしで使っていたけど、改めて考えてみると凄い便利だ。

 これからはみんなの体が覚えた動きだけじゃなく、自分自身の戦い方も模索していかないとね。


 今度は触手に戻って、みんなの触手を出してみる。

 エリクセンさんの注入触手にバステルとラマッセの拘束触手、それにケティアルさんの繁殖触手。

 全部同時に出せるのは便利だ。

 まあ、こんな姿を見られたら絶対に退治されちゃいそうだけどね。


 それにエリクセンさんとバステルの体と触手。こちらも問題ない。

 人間の体は同時に2つは出せないけれど、この状態でも触手は全部一度に出せるので結構便利。変身中の人の触手は相変わらず出せないけどね。

 彼等は僕に、人の体と触手を残してくれた。代わりに何かできるわけじゃないけど、もし叶うのなら、彼等が生まれ育った場所に行ってみたい。

 単なる興味だけじゃなく、彼等の体に故郷の空気を吸わせてあげたいんだ。


 それと同時に、ふと思う。

 彼らはもう死んでいた。そしてその残滓が、僕の体の中にあったんだ。

 だけど人の姿になった時、その思い出を残して消えていく。どこか遠くへ去って行ってしまう。


 そして今、僕の中に一人の死者がいる。

 ダキウスの子、レーヴォ村のクレス。成人の日を前に、魔族に殺されてしまった哀れな村人。

 もし、人の姿になったらどうなるんだろう。やっぱりみんなのように、その体だけを残して消え去るのだろうか?

 そしてその時、誰が残るのだろうか……。


「あれ、テンタがいない」


「ちゃんと見ていなくてはダメでしょう? 一応は切り札らしいのですわよ」


「あれー? そっちー? テンタがいないと彼に会えないからじゃないの?」


「ミリー……」


 遠くからでも分かる、メアーズ様の迫力。うん、なんか体がビクッとする。

 握りつぶされる……そんな恐怖がまだ体に沁み込んでいるよ。


「ま、まあいいや、探してくる」


 こちらに歩いて来るミリーちゃんの気配を感じる。

 急いでテンタに戻り、ミリーちゃんの足にダイブ。


「あ、いたいた。入り口近くにいたよ」


「見張っていてくれたのかもしれませんよ」

「番犬として飼うのも良いかもしれませんね」

「吠えない番犬なんて意味は無いだろう」


 好き勝手言われているけどまあいいや。

 メアーズ様は、ちょっと心配そうにこっちを見ている。やっぱりラマッセの事が心配なのかな?

 だけど今はまだダメだ。必ずラマッセの力が必要になる。その時までは、出来る限り温存しておこう。

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