第44話 まさかの場所

 一度テンタに戻るべきだろうか?

 良い方向で考えれば、僕はアルフィナ様のペットだ。変身能力を隠していたのはともかく、敵では無いと認めてもらえるだろう。


 悪い方で考えると、僕はアルフィナ様にくっついていた怪しげな魔物という事になる。今まで密かに変身して何をしていたのか? 当然邪推されるし、僕の言い分が通る確率は……低いな、うん。


 失敗した時点で終わり……僕は世界に選ばれた物語の英雄じゃない。そんな馬鹿な賭けは出来ない。


「事情は話せませんが、私はアルフィナ様の護衛です。ですが、今は見ての通りです。完全に出遅れてしまいました。一体何があったのでしょうか? どうかお願いです。話せるだけで構いません」


 メアーズちゃんは少し考える様に、また値踏みする様に僕の背中を見ていたが――、


「センドルベント侯爵軍が、ここコンブライン男爵領に対して軍を動かしたのよ」


 愕然がくぜんとした。想像すらつかなかった。

 確かに、同じ国内で争いが起こる事はある。それは、メアーズちゃんの境遇に思いを馳せた時にも考えた。だけど今がその状況だなんて想像すらつかないよ。


 1番有り得るのが、敵国に寝返った場合。他国と共謀して何処かを攻めるんだ。

 だけどコンブライン男爵領の反乱は考えられない。大体どこと組むのさ。

 一方で、センドルベント侯爵領は国家の東端で、その先は海だ。こちらも国家は無い。

 となれば、南方の魔族という線もある。魔族と人とが共闘する……決して有り得ない事じゃない。でもだったら魔族の名前が出るよ。物凄く重要だもの。だからその線は無いように思う。


 次にあるのは、真偽はともかく反乱の嫌疑が掛けられた場合。

 その場合、王の許可さえあれば戦が起こる。

 だけど普通は起きない。そんな事をすれば、国の内外に不安の種を撒き散らすからだね。

 ただ、もしそうなったとしたらコンブライン男爵は今頃王都へ向かっているはずだ。釈明し、この馬鹿な戦いを止めるために。


 でもどっちにしろ、アルフィナ様やミリーちゃんは何処へ行ったんだ?

 平和的に離れたのなら、メアーズちゃん……いや、考えてみれば”様”だよね。メアーズ様の環境がここまで荒んでいる事は考え難い。


 二人は何処へ? そういえばシルベさんは? また行方不明かあの人は。

 とにかく、今一番聞かなきゃいけない事……ううん、今の僕という立場が知らなければいけない事は何だ?


「そ、それでアルフィナ様は今いずれへ?」


 当然これだ。アルフィナ様が最優先。他は全て二の次だよ。

 状況から考えれば、王都かその方面。南は魔物、東は敵の領土だからね。


「アルフィナはセンドルベント侯爵領へ向かったわ」


 気怠そうに吐き捨てた言葉に、僕の体は硬直した。いや意識すらも。

 センドルベント侯爵領は敵……そうだ、今攻め込んできた敵なんだよ。なんでそんな――、


「そんな所にどうして行ったんだ!」


「コンブライン男爵が捕まったからよ。そして呼び出された。断る理由は無かったわ」


 唇をかみしめ、全身に力が入る。足に巻いたキャミソールや腰に付けたフレアスカートの生地がミシミシと悲鳴を上げる。


「どんな異常事態があったら、そんな事になるんだ!」


「良いわ、話してあげる」


 こちらの様子に何かを察したのか、メアーズ様がこれまでの状況を話し始めた。


「事の起こりは5月19日ね。ここ男爵領とあっちの境界に、突然センドルベント侯爵軍が展開を始めたの」


「参考までに、アルフィナ様がこのお屋敷に来たのはいつ?」


 彼女は何かいぶかしげに眉をひそめたが、


「確か3月の……20日過ぎね。後半だったと思うわ」


 僕がここに来たのは、確か3月の27日だったと思う。まず最初の状態は間違っていない。

 そこからここでの生活が始まって……そうだ、5月4日にミリーちゃんと町へ出かけたんだ。

 そのあと数日間は記憶がある。でも随分と曖昧だ。覚えていない。今は何月の何日なんだろう? それまでずっと寝ていたのか?


「まあ話を戻すわね。そして24日くらいだったかしら、マルキン・エイヴァーム・センドルベント侯爵の名で書状が来たそうよ。アルフィナを客人として招きたいとね」


「客人だって?」


「ええ。あくまで客人として。でもおかしいわよね。軍を展開してご招待? そんな馬鹿な話は聞いたことが無いわ」


「それでアルフィン様は向かわれたの……ですか?」


「まさか。すぐにコンブライン男爵との間でやり取りが始まったけど、結局7月頭だったかしら、センドルベント侯爵軍が侵攻を開始したわ」


「そんな馬鹿な!」


「馬鹿も何も無いわよ。事実」


 僕の抗議を、ぴしゃりと止める。殺気ではない。だけど、有無を言わせない冷たさがあった。


「それで男爵様は戦闘に向かったの?」


「まさかね。男爵領全部合わせても、動かせる兵数なんて200人。それに市民農民合わせても600人程度。まあ前線のランザノッサの町には元々300人ほどは駐屯していたらしけど、それに対して相手は――」


「重要都市の城塞の町ケイムラートだけでも2000人。近隣を集めれば、正規兵だけでも3000人を超えるだろうね」


「あら? 意外と詳しいのね」


 センドルベント侯爵領。僕はここを良く知っている。もちろん未成年の僕には未知の世界。だけど、僕にとっては一番身近な場所でもある。

 僕が住んでいたレーヴォ村も、兵士が派遣されてきたコップランドの町も、そして城塞の町ケイムラートも全部、センドルベント侯爵領。

 僕は名目上、センドルベント侯爵配下の市民って事になるんだ。

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