望めぬ平穏

第17話 貴族制度

 次の日の朝。いつの間にか僕は眠ってしまっていた。

 ここが暖かなベッド。そして僕を包むぷにぷにとした柔らかな腕。ここは楽園だろうか?

 いや違う。そうだ、僕は昨日拾われたんだ。

 けど本当に昨日? 何日も寝ていた可能性は? まあだからどうしたと言うしかないけれども。


 外で馬車の音がする。


「それではベルトウッド閣下、お急ぎください」

「あなた、お気をつけて」

「ああ、大丈夫だ。この辺りは海岸とは違う。いつもの事だよ」

「ですが……」

「分かっているさ。ハッキリ言ってしまえば、近年では最大規模だ。だがこの辺りは大丈夫。間違いない」


 ――海岸……話の内容からすると、南の海だと思う。そこを越えれば魔物の世界。となると、この辺は海からは離れているのか。

 というか閣下? 閣下だって? 僕の予想よりもずっと偉い。会話が出来なくて良かった。うかつに『商人ですか?』なんて聞いていたら、暖炉の中に放り込まれていたかもしれない。

 閣下。そう呼ばれるのは貴族様か将軍様だ。だけど平民が将軍になる事なんてない。だから閣下とは、そのまま貴族様を指す言葉なんだ。


 僕たちの国は王様が治めている。その下に、上級貴族と下級貴族がいる。その下が平民、そしてその他となる。

 王様は一番偉い人。上級貴族は公爵様、侯爵様、伯爵様、それに子爵様もあるけど、先ずは最初の3種類。下級貴族は男爵様だけを指す。

 王様もそうだけど、貴族様っていうのは領地を治める偉い人の事を言うんだ。


 上級下級の差は、王様の親族かどうか。伯爵様までの3貴族は王様と何らかの姻戚関係にあるって事。逆にそれがなくなればお取り潰しだってある。没落貴族の末路は惨めなもので、貴族令嬢から下級娼婦に落ちた姫もいるって話だ。大昔だけどね。


 下級貴族は男爵様だけ。ちょっと特例で騎士もあるけど、僕の国では騎士単独では貴族とは認められていない。

 上級貴族が姻戚関係であるのとは違って、こっちはある意味当然だけど姻戚関係に無い貴族を指す。

 代々武功を立てたり統治で活躍したりした人やその子孫。もちろん王族の姫と結婚したりして姻戚関係になれば、上級貴族入りする事だってある。

 でも土地は有限だからね。なかなかそんな事は無いんだ。


 貴族制度はこんな感じだけど、ちょっと補足しなくちゃいけない。

 僕が住んでいた村はレーヴォ村。ここはマルキン・エイヴァーム・センドルベント侯爵が収めている土地で、地域名はアーケルト地方と呼ばれている。


 そして、この人には成人した嫡男がいる。確か名前はボントだったかな?

 そういった人は、親の一つ下の身分とみなされるんだ。この場合だと、侯爵の一個下、伯爵だね。

 でもセンドルベント侯とセンドルベント伯が一緒に存在することは無い。

 こんな時は、ボント・ワーズ・アーケルト伯爵。略称アーケルト伯になるんだ。

 ワーズの後ろは職業名。この場合はアーケルト地方を収める伯爵って事だよ。


 でも上級貴族が下級貴族を名乗る事は無いよ。だから伯爵の嫡子は子爵になるんだ。

 そして男爵の嫡子は騎士になるよ。


 少しめんどくさいけど、これが僕の国の貴族制度。

 他の国は王様の上に皇帝がいたり、逆に王様がいなくなっちゃったけど次が決まらず、一番偉い公爵が大公として国を治めていたりするよ。


 それに騎士なんかも、男爵の下に騎士って身分があったり、騎士公や騎士伯というふうに、騎士と爵位が別々の意味を持つ国だってあるんだ。

 要は、それぞれ国ごとの風土や常識で決めているのさ。


 もっと言うと、挨拶の仕方や食事、祈りのマナーなんかも細かく違っている。

 これはちょっとした不自然さで、身内かどうかを見分けるためだって誰かが教えてくれた。

 確かエリクセンさんだったかな?


 その下にいる平民とは僕達の事。庶民ともいうね。

 土地をもって農業や酪農をしている者。船をもって漁業をしている者。商人をして税金を納めている者。そういった人やその家族が市民として認められている。

 市民の権利が認められる代わりに、税金を納めている人達だね。僕も少しだけど、ちゃんと納めていたよ。

 他にも徴用されたりもするけど、その代わりに色々な権利が認められているんだ。


 僕らの下にはその他と言われる、階級の無い人たちがいる。

 貴族や市民の保護下にあれば、それと同等の権利は受けられるけど、そうでなければ何の権利もない。

 何かを奪われても、それこそ殺されても誰も気にしない。義務を果たしていないから、権利もない。人として扱われないんだ。

 奴隷なんかもその他に入るね。貧しくて売られた子供なんかもそう。僕がそうならなかったのは、僅かながらに両親が残してくれた畑があったからさ。

 でももう……それも無いんだろうな。

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