第9小節目:歩行者優先

「でも、実際名案だと思うんだよね。ここ2、3日、小沼くんと知り合いだってこと自体を隠さないといけないのも面倒だなって思ってたし、なんか小沼くん自意識じししき過剰かじょうだし」


 またもや帰り道。3日連続でamane様との帰宅をきめるおれであった。


「いや、でも、小沼につとまるのかなあ?」


 ……今日は、2人じゃないけど。


「だって、天音あまねはこれまでプロのミュージシャンと一緒にやってきたわけでしょ? だから、ロック部でも一人でやってきたんじゃないの? レベル合わなくて」


 そう。今日は吾妻あずまも一緒だ。


 多目的室から教室に戻るときにすれ違ったのを、市川が『由莉ゆり、一緒に帰ろう?』と、誘ったのだ。(吾妻はちょっとの鼻血で、気絶スタンを回避していた)


「ていうか吾妻、部活はいいのか?」


 訊いてから、自分の口から出た質問に、『お前は邪魔だ』みたいなニュアンスが入ってそうでいやしいな、と、気づく。そんなつもりは全然ないんだが……。


「水曜と土曜は自主練日だから大丈夫」


 そんなおれの内心の弁解べんかいを察したのか察してないのか、吾妻が平然へいぜんと答えた。


「じゃあ、一昨日おととい月曜なのにバイト入ってたのは?」


「あれはまじでたまたま。基本的には自主練日以外で部活休むことないんだけど、本当にどうしても入らなきゃいけなくて。こないだ夏コンっていう校内用の発表会があったんだけど、そのためにシフト代わってもらったことがあって、それのお返し、みたいな」


「ほーん」


「……興味ないなら訊かないでくんない?」


「え、普通のあいづちだったんだけど……」


 なんだ、おれのあいづちに問題があったのか……?


「まあまあ、由莉。落ち着いて」


 困りまゆで市川が吾妻をなだめる。


「ていうかそもそも、小沼ってなにか楽器出来んの?」


 吾妻が首をかしげた。


「それは多分心配ないよ。ね、小沼くん?」


「え? そうなの?」


 すると市川は、歩きながらおれの顔を覗き込む。


「だって、小沼くん、この間聞かせてくれた『DEMO』の演奏は、全部自分でやってるんでしょ?」


「……えっ!?」


「うん、まあ、そうだけど……」


 おれが答えると、


「え、普通にすごくない?」


 吾妻がはじめて、おれを尊敬の入り混じった眼差まなざしで見てくる。


 おれはついつい鼻が高くなって、言葉を続けた。


「もともと、小さな頃にピアノを習ってたんだ。中学で吹奏楽部に入部してからは、打楽器、特にドラムを担当してて、中学の最後あたりに作曲を始めてからは、バンドを組むことなく、ひとりで多重録音をはじめたんだ。自分で録ったドラムの上に自分でベースを弾いて、その上にギターをって……。『宅録たくろく』ってやつだな。ドラムだけだと宅録出来ないから、そのために、ギターとベースも練習したんだ。それだけのことさ」


 ふっ……。


 髪をファサッとやる仕草をとる。……もちろん、心の中でだけだが。


「……えっと、つまり、バンド組む相手がいないぼっちだから全部やるしかなくて、それでつちかわれた技術ってこと?」


「んん!?」


 事実だけどもそれ言っちゃダメじゃない? てか、そういうことに気づかないでください!


「えへへ、まあまあ、二人とも」


 市川が再びとりなしてくれる。


「なんにせよ、なんでも出来るのは本当にすごいよ! 私なんてアコギでコード押さえるのと歌しかできないもん」


「amane様はそれが神レベルだからいいんですヨォ!」


 おい、語尾。昭和の歌謡曲みたいになってるから。


「まあ、でもライブするなら、2人じゃバンドは出来ないだろ、実際」


 少々強引に、話を戻す。


 まあ、2人でライブをしているバンドもなくはないのだが、それはやはりイレギュラーな編成と言える。


「んー、そうだねえ、せめてもう一人欲しいよね……」


 そういいながら、市川とおれはじーっと隣を歩く女子を見る。


「あ、あたし……?」


 そう。


 今、吾妻は背中にベースを背負って歩いていた。どうやら、器楽部ではベースを弾いているらしい。


 器楽部の練習はストイックだと聞くから、それなりに弾けるのだろう。


 話の流れ(会話の流れという意味でも、物語の流れという意味でも)でいうと、これで吾妻由莉がバンドメンバーにならないなんてことはありえない。


 ありえない、はずだったが。


「ごめん、あたしは無理!」


 吾妻が手を合わせて頭を下げる。


「あ、そうなんだ……」


 断られるパターンがあった……。


「どうして? やっぱり忙しい、かな?」


 決して責めるトーンではなく市川が質問すると、吾妻は顔をあげて、まっすぐにこちらを見つめ返してきた。


「あたし、こう見えても、器楽部に青春かけてるから!」

 

 それは、見た目ギャルの吾妻から出てきた言葉としてはかなり意外だった。


「器楽部、9月の学園祭で2年生は引退になるんだけどさ、そこにあたしのここまでの青春を全部つぎ込まないといけないと思ってて」


「へえ……」


 おれは、感嘆かんたんのため息をついていた。


「だから、他の部活と兼部するわけにはいかないんだよ。……ごめんね」


「そっかあ……」


 市川が顔を伏せる。


 落ち込んでるのだろうか? と、心配して見ているとだんだんその肩が小刻みに震え始める。どうしたどうした。


「市川……?」


 すると、ガバっと顔をあげて、吾妻の手を握った。


「アツいね!!」


 目をキラッキラに輝かせた市川の姿がそこにあった。


「あ、あまねさま……?」


 突如とつじょとして至近距離に近づけられたamane様のご尊顔そんがんに、吾妻の何かが限界に達しそうになっている。耐えろ吾妻。


「ほんと、そういうの、かっこいいと思う! 頑張ってね! 絶対演奏会観に行くからね!」


 市川はその手を握ったままブンブンと振る。


「ひゃ、ひゃうううん……」


 吾妻が目を回している。ああ、ダメだったかあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る