第18話 透視の世界
本来、ここはセルの部屋だ。緊張の糸が切れれば瞬時にセルの部屋に戻ってしまう。
透視は自分の目の前に視たい過去や未来の出来事を再現する力だ。
コージさんの部屋はワンルームマンションだ。
俺はクローゼットの側にいる。目の前にソファー。
『………』
声がするが聴き取りにくい。
俺は数歩歩いて窓から外を見渡す。
ワンルームって言っても凄く広い。ワンフロア丸々コージさんの家なのか。
高層マンションってやつだな。夜景が綺麗だ。それにこの日は満月で星も綺麗に見える日だ。透視は変に別な世界に飛んだりしないから気が楽だ。
構築したその透視の世界を壊さないよう、更に神経を研ぎ澄ます。
次は壁に目をやる。
カレンダーには赤丸と青丸、そして黒丸で日にちを強調するように印が付いている。
カレンダーの隣にはキーフックがある。車の鍵や、家の鍵が掛かっている。
その下にはコルクボード。
自分の写真なんかは無くて、観光地で買ったようなポストカードの風景写真を飾っている。
なんて言うか……。
全体的に小綺麗な印象の部屋だ。
掃除機やモップ、自動掃除機なんかの家電が最新式。
埃ひとつ無い部屋だ。モデルルームみたい。
本棚。ここかぁ。
セルが写真を撮った通りに並んでる専門書。
下の段には英語と中国語、韓国語の辞書や会話術、対人トレーニング系の書物が多く並んでる。
ステージに立ってマジックするにも、無言ってのもな。挨拶くらいするだろうし。
『……』
声がまた……。
……どこだろう。やっぱりソファ近くが一番声が聞きやすい気がする。
三歩踏み出す。
この辺りで聞いてみるか。
俺はソファの方を向くと、集中力を一点に絞る。
『お前の力も相当だしな』
『あんたの見てたら嫌でも覚えるわよ』
『いずれ独立するか ? それともエリアを拡大するとか』
『まさか〜。あたしは助手とマネージャーだけで十分満足よ。お客の家でぼったくれればいいの。知名度が欲しけりゃテレビに出るなり、ベガスでショーに出るなり ? 』
『そんな事しない。小銭を静かに長く、継続して稼ぐことが大事だ』
助手…… ?
コージさんには助手が居た。
顔立ちがよく綺麗な女性だ。華菜さんの女優としての美しさとは少し違う。ボディラインがはっきりした服を着て、身振り手振りがポスターの中のモデルのように徹底してるスタイルがいい女だ。マジックショーで魅せる為に磨かれたその姿は、一種の強さまで感じ取れる。
警察はコージさんがマジックをやっていたのは知っていると仮定して、この女性の存在まで気付いているんだろうか。
二人の姿がフッと消える。
そして今度は背後で会話が始まる。
『お前、何考えてんだ !! 』
『これも営業のひとつよ〜。だって断りきれないじゃない ? 』
『その為に催眠術を使うようにしていたのに !! 』
『タダでくれるんだからいいじゃない』
今度はたった今、視たはずの女性の身振り手振りがおかしい。
ふらついていて、酔っているというか、ふわふわした呂律で話している。しかも、何だか体つきが変わった…… ? セクシーだった雰囲気はもうどこにも無い、骨と皮だ。化粧も粗雑。
…………薬……か。
『一旦、日本で活動して今の客を切ろう。
アメリカでも、東南アジアでも……やって行けるさ』
『嫌よ。日本に帰る度に姉さんに小言言われるし……。
アイツさぁ。幸せ面してるのがチョームカつくの ! 何アレ。親バカもいい所よね』
『君の家族の事までは分からないよ。
やれやれ…。とにかくドラッグはやめてくれ。
アメリカなんかどうだ ? ウィジャ盤を動かすとか ! 客の宝石を割るとか、オカルトに転向してもいいし』
コージさんの口ぶりからして、女性とは恋人同士という感じではない。
この部屋は打ち合わせなんかをするために、事務所の様に使われてたようだ。
キッチンがあるから錯覚に陥ってた。何かモヤッとした違和感がベッドだ。
ここには寝具の類が全くない。
その後、二人は口論に発展していった。
一度、目を閉じる。
コージさんは姉嫌いの女助手と揉めていた。
気を鎮め直して、透視の時間軸を変える。
もっと別な景色を見せてくれ !
チャリ……
…… ?
再び目を開けると、キーフックの鍵が一つだけ揺れている。
…………この鍵、なんの鍵だ ?
『…… !! 』
今度は玄関先であの女性だけが話している。
スマホで誰かと言い合いをしている。
『何様なの !! 私の人生なんだから口出ししないでよ !! 』
電話向こうも女性の声の様。
『結婚が全てじゃないでしょ !! 自分の価値観を押し付けないで !! 』
ん〜。何となく分かってきた。
この人が言い合いしてる相手は姉か。
顔付きからすると……。
この女助手の姉ってのが、殺された子供の母親だ。
『私が薬やんのが、なんであんたに迷惑かけるわけ !? 仕事はしてるわよ !!
別に会わなきゃいいじゃない !! 姪なんて知らないわよ、あんたが勝手に産んだんでしょ ? 叔母は可愛がって当たり前 !? ふざけんな !!
もう番号も変える !! 連絡してこないで !! 』
夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど……兄弟喧嘩もどうなんだこれ……。
こんなんが動機に繋がったのかよ。
ヤク中の妹と妹に過干渉で親バカの姉。そして殺されたのは姉の子供。子供が一番不憫だ。
コージさんも相当手を焼いていただろう。
気になるのは最初の会話。
『お前の力も相当だしな』
『あんたの見てたら嫌でも覚えるわよ』
『いずれ独立するか ? それともエリアを拡大するとか』
『まさか〜。あたしは助手とマネージャーだけで十分満足よ。お客の家でぼったくれればいいの。知名度が欲しけりゃテレビに出るなり、ベガスでショーに出るなり ? 』
『そんな事しない。小銭を静かに長く、継続して稼ぐことが大事だ』
この会話……。
この女もコージさんと『同じ事を覚えていた……』 ?
独立と言うまでの話なら……同じサイキッカーである事も範疇に考えなければならない。
コージさんのマジックに種が無いことを、この助手は知っていたはずだ。
だとしたら……。
今、悪魔憑きで正気を失っているコージさん。
あれが悪魔憑きじゃないとしたら…… ?
催眠術……。
あれは他人にかけられた催眠術。
けれど、通常催眠術の効力はほんの数十分だ。
面会人もいないなら、かけ直したり継続する術を施すのは難しい。
最初は催眠術だったのかも。
けれど……解けないとなると、『魔術』の可能性か……。
でも、魔力は感じない。
俺たちがそう感じてないだけで、なにかカラクリがあるのかもな。
だめだ、一旦戻ってセルと話そう。
チャリ……
……?
この音。
さっきも……。
チャリ……チャリ……
振り向いた視界の端。
コルクボードの上のキーフックで、一本の鍵が振り子のように揺れている。
うーん……気持ち悪い。
幽霊もいないのに、こういう現象が起きる方が俺はちょっと怖い。
なんの鍵だろ ?
家の鍵みたいだけど、それと一緒に一枚のピンク色のカードも一緒に付いている。英字のロゴが入ってる。
他の鍵はピクリともしないのに、このカードが鍵だけが、チャリチャリと音を立てているのが不気味だ。
この鍵が手がかりと言う事か。
うん。戻ろう。
セルは同じものを視たのか ?
***********
意識を現実世界に戻す。
すぅっと深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「うあ〜……。透視って疲労感すげぇ」
「お疲れ」
俺はセルの部屋で、塔屋に繋がる階段の下まで徘徊していたようだ。
ふらふらとソファに戻って写真を漁る。
「コレコレ。この鍵だよ」
「あぁ、やっぱりそれか」
やっぱりってことは……。
「お前、封筒の中身見せて貰おうじゃん ? 」
「はいよ」
封筒には小さなメモ紙が一枚だけ。
『被害者の妹、レンタル倉庫』
「レンタル倉庫 !? あぁ !! あれって倉庫の鍵なのっ !!? 」
「そう。前に同じ鍵を見た事あったから多分そう。鍵とカードキーで開くシステムのトランクルームだ。郊外にある」
「広さ、どのくらい ? 」
「ピンキリだけど、一番広いものなら……プレハブ一つくらいあるぜ ? 」
プレハブ……か。
「窓も無いし、隠れるには丁度いいな」
「ああ。見られる心配もない。中で何をしてても」
「結局、魔術なのか催眠術なのか……分かんないんだけど ? 」
セルも少し首を傾げる。
「悪魔憑きじゃないことは間違いないな。ただ、よく酷似している。聖水で火傷する病的原理も無いわけじゃない。
ほら、想像妊娠で本当に母乳が出る人がいるだろ ? 」
「そ、そういうのは……よく知らんけど」
「童貞臭い反応すんな。
とにかく、医学的にも『思い込み』による肉体への変化って言うのはあるんだ。
花粉症だと思い込んでいた人に、検査で陰性を告げると急激に症状がなくなったりとか。人間の脳ミソって、意外とポンコツなんだよ」
ポンコツがポンコツって言った……。
「悪魔に憑かれたって言う思い込み ? ……って事は、分類としては催眠 ? 」
「ああ。魔力を感じないなら催眠術と見るしかない。
けど、留置所の男性二人を相手に怪力を出せる程となると、催眠術ってだけでは無理なんだよ。コージさんが自己催眠をかけてるなら別だけど……。そんな能力があったら警察に捕まんないだろ。
彼は犯行時、確かにカメラに写ってた。けれど、動機としては……」
「妹……マネージャーの女の方が強い……か」
「そう。まずこの話をどこまで寿吉さんに話すか……」
「全部じゃだめなのか ? 」
「そもそも、俺たちみたいな輩の霊視や透視で、刑事が動くと思うか ? 」
アニメなら有り得る。
映画ならワンチャン !
「まず、被害者の妹について、マネージャーをやっていた事の確認と最近の関係についても知りたいな。俺たちがいくら透視や霊視をしても警察にとって証拠が無ければ意味が無い。任せられるところは任せよう。
そうだな。明日、コージさんに会った後に、最後に言おう」
「最後 ? 朝イチとかじゃなくて ? 」
「もし魔術なら、コージさんをRESETすれば術が解ける」
「なんだよ、結局RESETしたら良かったんじゃねぇか ! 」
「だってその時は魔術とは思わなかったんだもん」
「魔術じゃなかったら ? 」
「ん〜。催眠術ってさ、思い込みを利用したものだから、実際に悪魔祓いをしようかな。略式で、まるで映画そのものみたいに、オーソドックスにな。
ショック療法みたいなものでさ、実際映画でもそういう話の流れになっただろ ?
あれ ? あれは別の悪魔祓い映画か ? 」
「いや、映画の話は知らんけども。
思い込んでるなら、悪魔を祓ったって事にも思い込むはずって原理なのか」
「そうそう。
けれど、それで祓えなかったら、やっぱり魔術の類だよ」
「魔力や霊力を感じない理由はどうなる ? 」
俺の問いに、セルは腕を組んで天井を見上げる。
「うーん……。方法だけならいくらでもあるんだよな。
マジナイ、呪い、遠隔憑依……魔女の使う術は実際無限にある……」
「魔女…… ? あぁ、そうか。魔術を使う女だったら確かに。あの助手、『魔女』って括りかぁ」
「そう。でも絶対的な自信だが、うちのトーカ程じゃないさ」
あ、それは確かに。
「ああ。トーカがもし犯罪を犯すなら、そもそもヘマしない。自分に繋がらないように、上手くやるよな」
トーカ最強説…… ?
「ならば、トーカなら同じ状況でどうするか考えると……。
コージさんを操り、更には自分の存在すら捜査線上に上がらせず、人を襲わせる……。
トーカがこれをやろうとしたら、可能だ。全て」
「トーカがって、どう言う意味 ? 」
「魔女全員ができる訳じゃない。
魔力消しの術がある。それは天使に願う術なんだよ」
「天使っ !? 」
「聖なる力ならば、悪しき魔術の力を隠せる。
だからと言って、天使が共犯ってわけじゃない。天使の力の『代用』があればいいんだ。
つまりうちのショーケースに入るような物を使えば可能なのさ」
「魔力隠しの聖なるアイテムか。
トーカより弱い魔女なんかが、簡単に天使を言いくるめて犯罪を犯すのは難しいもんな」
「そう。だから、コージさんの悪魔憑きに見せかけた術も、いつ切れるか分からないから、定期的にかけ続けなければいけない。
プレハブは丁度いいよな。
だから俺たちとしては、寿吉さんを説得してプレハブに俺達も同行したい。
遠隔で人を操る魔女なら、簡単な攻撃魔術は使えると思う。
警察が踏み込んで終わればいいけど、その瞬間に絶命するような魔術や悪魔契約をしているかもしれない」
「その時、お前のRESETがあれば…… !! そうか !! 」
「警察がしたいことは犯人を不幸にすることじゃない。
罪を償わせる事なんだろ ? だとしたら、同行を許可して欲しいね。
胡散臭く見られるだろうが、まぁ今回はバチカン本部から連絡も取り合ってるし、大丈夫だとは思うけど」
警察って、なんかドラマとかで見るよりずっと地味っていうか……法律と規則と秘密でガチガチって感じ。俺には向かないわ。三日で辞表出す自信ある。
「でもさ、俺もBLACK MOONに来るまでそうだったけど、バチカンとかカトリック自体、胡散臭く見られてないか ? 宗教家の事件って国内も海外も多過ぎるイメージがある 」
「…………一部のバカのせいでそう見られんだよ……」
ここにもいますが ? 不良神父 !
「明日は素直に略式で、悪魔祓いしよう。
その後、収まらなかったらRESETする。これでコージさんは戻るはずだ。
コージさんの意識がはっきりしたら、必ず警察は取り調べに入るはず。
そこで倉庫の話が出る前に、俺たちは魔女をどうにか……尻尾を掴んでおきたいところだ」
「寿吉さん、倉庫の鍵……貸してくれないと思うぜ ? 」
「その時は、透視で見たことを伝えて、警察と一緒に同行しよう。とにかく、警察だけで魔女の相手をさせるのは危険だ。
だけど、俺たちが魔女を透視や霊視をしたら、強い奴なら俺たちに気付く。
留置所のコージさんを魔女が透視してる可能性もある」
じゃあ、下手に外で話出来ねぇじゃん。
しかも警察を守るために俺たちが盾になんのかよ……。オカルト業って偏見の目で見られやすいのに、得るもの少ねぇ……。
ああ、でも前回みたいな一般の方の幸せの手伝いなら……。
そうか。そうして皆、占い師とか風水師とかになるのか……。寿吉さんが言ってた、エクソシストとは似て異なる同業者。そっちの方が皆が幸せになれんのかもなぁ〜……。
「女を見付けたら身柄は警察が制圧すんだろうから、俺たちがやらなきゃならないのは、専門的なものだ 。一般人は普段は見落とす様な小さな落書きや、ゴミの中。呪具に使った欠片とか魔法陣とかだ」
どう考えてもトーカの専門分野なんだけど、見目が中学生のトーカを連れていくわけにいかねぇしな。
「分かった。それで行こうぜ」
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