第19話 蜘蛛

 エレベーターに乗って、下に降りる。自分の部屋のドアが開く瞬間だった。


 ガシッ !!


「おわっ !! 」


 突然背後に出来たワープゾーンから、ガリガリの筋張った腕で掴まれる。

 俺はそのまま異次元へと引っ張りこまれた。


 ドサッ !


 堪らず、尻もちをつく。

 せめて身体を支えて欲しかった。


「よう」


「黒瀬……っ。んぁ〜 !! 痛てぇ……」


「上手くバランス取れよ 侵入経路決まったって言ったろ 行くぜ」


 場所は……黒薔薇城の黒瀬の自室だ。黒瀬が俺の顔を覗く。相変わらずカジュアルで不衛生な服装で。


「えっ !!? 今からっ !? 」


 さっきコージさんの透視をしたばかりで、かなり集中力も落ちて疲れてるんだけど……。


「明日も仕事っすから……俺、弱ってますよ ? 」


 俺の都合に付き合わせてるわけだし。特に黒瀬は百合子先生の雇われだ。紫薔薇城に侵入するとなれば、専門家の黒瀬の言うタイミングを信じるしかないけど。

 でも、せめて寿吉さんの方の事件を解決してからでも……。


「すまんなユーマ」


 声のした方には、黒い革張りの椅子に百合子先生が長い足を組んで座っていた。

 乳白色の優しげな色合いのドレス。同じ白でもウェディングドレスとは違った、落ち着いた華やかさだ。長いウェーブヘアはフワりと纏め上げられ、宝石の付いた薔薇モチーフの髪飾り。

 なんか……別人のように見える。

 正装だよな ?

 何故、今 ???


「私も多忙でな。一緒には行けんが、踏ん張り所だな」


 先生はいつも暇じゃん……とは口が裂けても言えない雰囲気だ。


「実は、クリスマスの時に紫薔薇とBOOKの件で連絡を取って以来、紫薔薇王と連絡が付かんのだ」


「何故っすかね……」


「歴代の紫薔薇王らはBOOK達を守るために鎮座している。

 もしかしたら、こちらの動きに気付いて雲隠れしたのかもしれん。紫薔薇王本人がいなければ、BOOKは作動せんからな」


「よく考えたんすけど。やっぱその場合、せっかく行ってもBOOKが観れないんじゃ……意味ねぇよなって思うんすよね。

 侵入してリスク犯してまでやる事なのかなって……空き巣や強盗と一緒じゃね ? って思っちゃって」


 二人が顔を見合わせる。


「いや お前 自分の事をもっと優先しろよ 助けを求める双子がいるんだろーが」


「そうっすね……けど……」


「知らなきゃならねぇ。空き巣が嫌なら直談判しに行くって表現でもいいぜ どうせ気付かれ無いわけねぇからな あのジジイも鋭いから」


 そうだ。下っ端に兵士に門前払いされないために侵入するんだ。そして直接、セルの事も、夢の事も話して……理解して貰おう。

 ガンド自身が許可を出してるんだ。BOOKは生き物なんだって言ってたし。 だとしたら、今こそ俺を選んでくれよ。観せてくれよって感じだよな。


「シラを切り通して、紫薔薇王が出てくるまで待ってもいいが……警備は厳重化を増し、躊躇いなくお前を攻撃するだろう。

知恵の紫薔薇とは言うが、老体で玉座にふんぞり返っている老人でも、魔力供給量が格段と違う。一撃で魔法攻撃をくらってお前は終わりだ」


「早い方がいいぜ 諦めんなら別だけど 今動かなきゃ二度とBOOKは観れないと思った方がいい」


「あ、あぁ行きますよ ! 行きますけど……なんて言うか……」


 最初はこっそり忍び込むって話だったのに。行ったら……攻撃されるの前提で話してないか ?

 あれ ? 最初からこんな急いだ作戦だったか ?


「でも、ほら。紫薔薇と揉めたら……王族としては不味くないっすか ? 百合子先生も、黒瀬も」


「まぁ、な。だがもう、ガンドとやらの情報だけが頼みの綱なのだろう ?

 トーカはバチカンでの一件はアカツキにいたから双子の成り行きを見てはいない……ということならば、今からBOOK・miaを見たところで、もっと情報が欲しくなるのは目に見えている」


 確かにそうだ。

 トーカもあれから見せてくれる様子なかったし。


「そうですね。やっぱダメ元でも行くしかないですね」


「心配するな。

 よし ! その疲労、まずは抜いてやるぞ。ふふーん」


 百合子先生は白い薔薇を一輪召喚すると、俺の頭の上で印を切る。


 薔薇の花弁が散り、視線から消えぬうちに雪のように小さく散り、不思議な光の粒子に変わる。

 体の周りをチラチラと浮かんだ後、フワりと消えていく。


 一瞬で気付く。

 体力が違う。

 なんだこれ !! 回復魔法、すげぇ !! 疲労感どころか肩も軽いし、ちょっと気になってた皿洗いの手荒れも消えてる。


「うわぁっ…… !! ヴァンパイアって狡い〜 !! こんなん永遠の美じゃないですか !! 」


「……申し訳無いユーマ、顔の造りまでは変えられんのだ」


「それどう言う意味っすか ! 」


「ふふーん。冗談だ」


「んじゃボチボチ行くぜ」


 黒瀬が手を突き出し、掌を上に向ける。


 その手から放出された魔力が、紫薔薇城の立体的な外観を作り上げる。

 半透明で、手で突いても通り抜ける。


「立体映像 !? これも魔術 !? 」


「お前 見るものいちいち珍しそうにすんな」


 百合子先生はこんな魔術がある世界に生まれたのに、何故家電が好きなんだろう ?


「黒薔薇の仕事上、情報を紙や電子機器でやり取りしたりしないからな。自然と発達して行った技術だ」


 おい、『技術』とかワード出すな。


「それを考えると、人間界の『スパイ』とかやってる者は滑稽に見えるな。モナの技術があれば人間も……」


「いや この世にどんな万能薬があっても起こるのが争い事だぜ」


「そりゃ言えてるな……」


 俺と百合子先生は、黒瀬の出した紫薔薇城の半透明なレプリカを囲む。


「まずは 兵の少ない左門に行く 呪文を描くから利き手を出せ」


「はい」


 言われるままに右腕を出す。

 黒瀬は想像より大きい文字で油性マジックを滑らせていく。


「これでこのレプリカにピンを刺す するとここにピンポイントで移動できる」


「へぇ〜。黒薔薇の魔術は移動魔法が多いっすね。いつも次元を裂いたり、鏡を使ったりするのに……」


「……まぁな 得意魔法は移動が多い だが特性は別だ」


 白薔薇が回復魔法が得意で、特性がってやつか。なんか難しいし、めんどくせぇ。


「行くぜ」


 黒瀬がピンを刺す。


 視界がぐにゃりと歪んで滝の内側にいるように景色が揺れる。


 黒を基調とした黒瀬の部屋から、うっすらと紫色の曇天と、白い石で造られた巨大な城。


 俺と黒瀬は、その城の外壁の側に飛んでこれた。確かに、ここまでピンポイントな移動だとは。一メートルでもズレたら塀の内側だ。


「なんか……様子がおかしく無いっすか ? 」


 紫薔薇城の領土に踏み込む前から、耳を劈くようなけたたましいサイレンがなっている。

 確実に『敵が来ましたよ、攻撃されてますよ』って音。でも、俺たちはまだ何もしていない。


「ちっ 情報が漏れたのかもな」


 黒瀬があっけらかんとして言う。

 漏れる……? 誰が漏らした ? 考えても、今回の話は俺の知ってる数少ない者しか知らないはずだ。


「さ 入るぜ」


 黒瀬は黒薔薇で今度は城壁の時空に亀裂を作り、そこを通って中庭に侵入する。


 ザァ…… !!


 藤色の花弁が強風で舞い上がる。


「……え…… ??? 」


 一瞬。ほんの一瞬だ。花弁の舞い上がるその隙間から、遠くに紫薔薇王が立っていた気がした。


「どうした ? 」


「いえ、なんでもねぇっす」


「城がデカいからビル風みたいになってやがんだ よし こっちだ」


 ビル風……か。この紫薔薇の花弁。風に吹かれて飛んできたのか ?

 ヴァンパイアの薔薇って貴重なんだよな ?


 俺は肩に付いた花弁を手に取る。指と指の間でネチャリと絡み付き、水分を多く染み出して来る。


 腐ってる…… ?


 苗の異常までは分からないけど、この貴重な薔薇がある城の庭に、警備の一つも居ないなんて。


「黒瀬、俺たち以外に紫薔薇を狙ってる奴とかは ? 」


 鉢合わせしたくねぇ。


「…………。そりゃあいるだろ」


 この状況、問題がねぇとは思えねぇけど……。もし俺が城主なら塀を越えた奴が居たら分かるようにすると思うし、裏門でも少しは兵を置いて庭に警備を巡回させる。とにかく警備が手薄過ぎて、それが異質と言うか、不気味なほど異常に感じるんだ。


 俺はなすがまま、黒瀬に誘導され城に通される。


 石造りの左門をくぐる。


 どこまでかは分からないけど、門から入ってすぐ、また絶壁の壁が現れる。


「どっから入っても同じ この城はバームクーヘンみてぇに 何層にもなってそれぞれ入口の向きが違う」


「ははーん。分かったぜ。敵が来た時、狭い通路にすることで迎え撃ち安くなるんだな」


「え お前そういうの詳しいの ? 」


「や、こないだ相棒が『世界の兵法、城攻め編』って番組観てて……」


「あのニワトリ そんなん観んのかよ 意外」


 黒瀬は一輪の黒薔薇を取り出すと、壁に向かい、切り落とす様に薔薇を壁に凪いだ。そして、その擦られた部分の壁がぐにゃりと溶けたかの如くパカッと開く。

 向こう側は内側の廊下と次の壁。


「マトモに歩いて入口を探すつもりはねぇよ」


 城自体が巨大だ。多分、ヴァンパイアの城の中で一番でかい。

 黄薔薇、赤薔薇なんかは行った事無いけど、遠目で見た限り、赤薔薇の城はこじんまりしてるし、黄薔薇に関しては城より他の設備施設の方が大きい様に見えた。


「真っ直ぐ抜けられると言っても……なかなか辿りつかねぇっすね」


「贅沢言うなよ 入口探してたら小一時間かかるぜ」


 黒瀬が次の薔薇で四回目の壁を斬り拓いた時だった。


「……ぅえっ !! 」


「……」


 ここから床が絨毯張りだ。

 その青紫の絨毯の一部が変色して濡れているのが分かる。

 だが、その液体が何かは言うまでもない。

 その有り得ないほどの帯正しい量の血痕は床どころか、壁から天井にまで飛び散っている。


 俺達の視線は右に移動する。


 血を流した奴は、加害者に引き摺られた状態で廊下の先に運ばれた。

 黒く変色した絨毯がその道標だ。


「俺たち以外に……誰も……来ないんだよな…… ? 」


「いや ヴァンパイア領土は頻繁に争い事は多いからな 鉢合わせしてもなんだし 俺が先に中心部見てくる お前その怪我した奴んとこ確認してこい」


「え、こっちに敵が居たら…… !? 」


「そんときゃ殺れ 紫薔薇王に貸しを作れんだろ」


 そういうもんか ?


 俺はライターから直接、焔を取り出す。


 黒瀬が去った後、恐る恐る廊下を歩く。

 暗い……。静か過ぎる。兵が居ないのは何故だ ? まだ騒ぎになってないだけか ?


「……ぅあ……」


 次の層に入る廊下の出入口が見える。

 血痕はこの廊下から内側の廊下の先へ、S字を描くようにまだ続いている。


 なんだか嫌な予感がする。

 一度、透視でもしてみるか ?


 迷ってる間に、廊下の先に人影が視界に入る。

 そして絨毯の上で引き摺られる男の爪先。


 ズズズ……ズズズ……と音を立てて。


 黒瀬より先に出くわしちまった。


 深呼吸をしてから、焔を構える。

 行くぞ ! 気合い入れろ、俺 !!


「待て !! 」


 走り込んで一気に距離を詰める。


 男は引き摺っていた奴をドサリと手放すと、ゆっくりと俺の方を振り返る。


 黒いレザージャケットに黒のシャツ、パンツも靴も黒で統一された細身の男。

 長い金色の髪が更に整った面立ちを際立たせる。


 そして、襟元にはローマンカラー。


 俺のよく見知った奴。


「セル……」


「ユーマ……お前か……」


 かなり殺気立ってる。

 銃口を………降ろせねぇ !


 だって、足元で骸となっているのは……。


「何なんだよ……あんたが殺ったのか ? 」


 紫薔薇王。

 ここまで来て、紫薔薇王が暗殺された。


「俺じゃない」


「じゃあ、何でここにいるんだよ」


「お前こそ。ヴァンパイア共と気軽に付き合うな、とトーカにも言われてたんじゃないのか ? 」


「…………」


 確かに百合子先生の城に行った時、トーカが慌てて迎えに来た記憶はあるけど。


「紫薔薇王に用事があったんだよ」


「……なら正門から訪ねるのが常識だろ。どうして王を殺した ? 」


「はっ !? 」


 えっ !?

 俺が殺したって言いたいのかっ !?


「いや、待て !! 俺はやってない !! 」


「……金か ? それとも土地か ? 」


「だから、やってねぇって言ってんだろ !! 」


「じゃあ、王のそばに落ちてたコレは ? 」


 セルが紫薔薇王の胸の上に乗せられた、小さな何かを摘んで見せる。


 俺の……木彫りの鳥のお守りだ。

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