第10話 本音

「さてと」


 黒瀬が会話そこそこ……と言っても一時間も百合子先生と技術談義をしていた訳だが……。

 突然、俺の方に向き直る。


「俺と動くんなら お互い知っておくことがあるよなぁ ? なぁ あぁ ? 」


 急に怖っ ! ガラ悪い……。

 小柄なはずなのに、なにか言い表せない迫力があるんだよな、黒瀬。


「え ? あ……はい。えーと…… ??? 」


 なんだ ?

 好きな食べ物とか、夜中の電話はNGとかか ?


「じゃ 付いてこい さっさとしろ」


「はぁ……」


「どこか行くの ? 私はどうしたらいい ? 」


 部屋を出ていく黒瀬に俺がついて行くのを見て、つぐみんは興味津々そうにしていた。


「……そうだな……」


 マシンガントークの黒瀬にしては珍しく少し考え込み、百合子先生にメモを渡す。


「ココに書いてある事を 今から守れ 必ずだ」


「『使い魔の行動制限』と……『接触禁止人物』…… こんなにか ? 」


「あの神父がもし魔術師で バチカンにも出入りしていたとすると 多分な。

 こいつらにも渡すけど まずはこれが先だ。

 つぐみちゃん 気になるならついて来ていいぜ しょうがねぇ」


「行きます。見識を広められるのは有り難いです」


 つぐみんは素直に礼を言うけど、どこに行くのかまだ全然分かんねぇけど…… ?

 百合子先生は部屋の姿見の前に立つと、ズブズブと飲み込まれて行った。御帰宅か。


 俺たち三人は部屋から出ると、緩やかなカーブになっている廊下を歩く。二百メートルくらいか、見えた廊下から階段を降りる。

 白薔薇城から見えたこの城って、風車小屋をでかくした様な、寸胴な円柱型の建物が何棟も建っていて、しただけ妙に日本の城みたいな石垣で底上げされていた。廊下が緩やかな螺旋状になっている。

 黒瀬が齧っていたキュウリを、クイクイと壁の先へ向けた。


「折角だから 城外に連れてってやるよ」


「マジすかっ !? 」


 安全が保証された状態でなら、地獄観光は新鮮だ !!


「俺の城は暗いだろ 意味があるんだ」


 黒瀬が横道にある扉を開ける。


「のわっ !! 」


 ここが……黒薔薇の領土……。


 むせ返るような熱気と、吹き上がる砂。まるで砂漠の中だ。


「暑い……それに……。なんだこの音……」


 城から出て左手。東側から、何か獣の鳴く声と……人間の……悲鳴…… ? が、聴こえる。


「地獄の一層に近いからかしら ? 」


「そうだ あっちは地獄の第一層 『熱砂の荒野』がある 所謂 火に包まれた領域 罪人が火で焼かれ 獣に裂かれ続けるシンプルな地獄だ」


「うぅ……」


 休む間もなく、金切り声や、大地が火を噴く轟音が届いてくる。

 火のせいで空が、赤黒い。

 アカツキの不気味な紅さとは違う。

 ドス黒い黒煙と、炎に包まれた土地から湧き出る赤い熱風だ。


「俺の国はあの炎のせいで ずっと明るい だから城は防音で更に気を落ち着けるために暗い 瞑想をしたい民や 病人は城に受け入れてる」


 だから謁見の間でさえ、薄暗かったのか。

 この国は、白薔薇が多くの光量を求めているのとは少し違う。あの滅入るような断末魔と、人の魂が焼かれ続ける火の明るさに、精神を病むんだ。


 黒薔薇城の眼下の町は皆、建物が随分小さく平屋ばかりだ。木製か石造りだけど、粗末なものだ。


 黒薔薇城から見て第一層に降りる場所とは反対側に白薔薇城が見える。天に一番近い場所。

 更に白薔薇の領土側から紫薔薇の領土スレスレには境い目になっている山々。

 その斜面に、マッチ箱のような建物がいくつも並んでる、あれ何だ ?


「あそこ、まさか集合住宅ですか ? 団地なの ? 」


「そうだ 人間界で言う 国営住宅」


「格差社会的な ? 城の下のこっちが貧しい人ってか、スラムみたいなものか ? 」


「いいえ、違うわユーマ。町をよく見て。人の気配が……生活感がないわ」


 言われてみれば……よくニュースで見る紛争地帯のよう。いや、それよりも……白薔薇城の城下町にはあった馬車の音や博打うちの酔っぱらいの声も、子供の姿も何も無い。


「賢いねぇ〜つぐみちゃん へぇ〜」


 黒瀬はキュウリが入ったバッグを外すと、石の塀の上に置いた。


「ここに誰かが住んだことは無ぇんだ ここは廃墟じゃなくて 模擬戦用のフィールドだ」


 フィールド……。

 サバゲーやる人が使うみたいな ?

 いや、黒薔薇は本職だから、実践の訓練所って事か。


「今は昼だから誰もいない 夜になるとあの宿泊施設から訓練生が来る この土地の空に昼も夜もないが 一応 決まりだ」


「へ、へぇ〜」


 なんか嫌な予感が……。


「変に家を持つと戦場に行かなくなってさぁ 余計な物は持たないんだ」


 皆が皆そうならいいけど、強制だとしたらとんでもねぇ独裁国家だな。


「き、貴重なもんが見れたな ! じゃあ、帰るか、つぐみん ! 」


「あら、勿体ない。黒瀬さん本職なんだし、教えて貰えばいいのに」


 やめろよ、俺が死んじゃうだろ !!


「てめぇ 帰るんじゃねぇよ 実際 殺しより護衛の方が難しいんだよ バカみてぇに弱過ぎたら 俺だけじゃ手が足りねぇだろーが !! 」


「うぅ……」


 ごもっとも過ぎる……。


「そういえば。エクトプラズムがよく使いこなせないんですって」


「エクトプラズム ? あぁ TheENDの事か 教えてやるぜ ? 」


「えっ !? 分かるんですか ? 」


「TheENDの武器召喚の原理は俺も知らねぇけど あれってエクトプラズムだったのか ?

 まぁ『召喚』ってのは大抵の場合 コツがあんだよ」


「コツ……ですか……」


「やってみりゃ覚えるさ」


「え ? 」


 いやいや、今教えてくれよ !


「おめぇこっから全力でフィールドに逃げろ 俺ぁ 二分経ったら追いかける」


 あぁぁぁぁっ !! この人、体に叩き込むつもりだ !!

 プロだろ ? 死ぬ !! 少なくても大怪我は確定じゃん !!


「は、ははは……鬼ごっこ的な……感じっすかね ? 」


「え 本気でいくけど なんで

 そんな余裕あると思ってるわけ ? おめぇが死んでも 俺に損とか無ぇし」


「お、お互い怪我もしますし ? 」


「てめぇ 俺に攻撃一発でも当てれる自信あんのかよ あ"ぁ ? 」


 まじかよ…… !!

 ジョル、すまん。今日から新しい飼い主の元で育ってくれよぉっ !


 ダウンコートを脱いだ黒瀬がストップウォッチをつぐみんに持たせる。


「つ、つぐみん…… ! 」


 助けてくれ !! なんか言って !!

「あくまで訓練ですよね〜 ? 」って、言ってお願い !!


「黒瀬さん。これって私から可視化出来ないですか ? 黒瀬さんの肉弾戦、見たいです」


 媚びんな !!


「魔力無い女だなと思ってたけど スゲェ見所あんじゃん つぐみちゃん〜。

 出来るぜ この薔薇持ってな」


 黒瀬が一本の薔薇を渡す。

 黒い薔薇だ。

 人間界にある、紫がかった『黒薔薇』じゃない。墨のように真っ黒な薔薇だ。


「おめぇはボサっとしてんじゃねーよ 早く 逃げろ」


「ひぃぃっ ! 」


 **********



 とにかく城の石垣を飛び降りる。

 真っ直ぐ続く大通りを突っ切って走るが、このままじゃ丸見えだ !


「ハァッ ハァッ !! 」


 左と右、どっちに曲がるかだ !


 右 !!


 一番細い路地に入る。

 そこから歩きで建物の中に身を隠す。


 少し走っただけで、砂埃が舞い上がって俺の位置はバレバレだ。

 息を整えて、路地を静かに歩き、ぐにゃぐにゃと進路を選ぶ。砂のお陰で、足音はしない。


 そろそろ黒瀬がスタートするはずだ。

 俺の足跡を追って、大通りを右に曲がるはず。そして遠く遠くに逃げると仮定して、山際に行くと思うかもしれない。


 逆だ。


 俺はスタート地点に戻り、タイミングを見て左に行く !

 建物の隙間の路地を抜い、城の石垣沿いの道まで戻った。


 だが、大通りをもう一度横切ろうとした時。視界の端、足元でなにかが動く。


「バァーーーカ !! 」


 突如、岩陰から黒瀬が飛び出て来る。

 待ち伏せっ !? 塀から降りてから、ずっとここにいたのか !?

 クソ、なんでだよ ! 俺ばっか走り回っちゃったじゃん !!


「うわっ ! 」


 黒瀬がなんの躊躇いもなく飛び掛って来た。手にしたナイフを思い切り俺の顔面目掛けて突き刺して来る。


 ザクッ !!


 間一髪、耳の上をかすり、地面に刺さる。完全に目を狙いに来てた。

 腕試しなんかじゃねぇ。こいつ本気じゃねぇ ?


「このっ !! 」


 蜘蛛のように覆いかぶさってる黒瀬を蹴り上げる。

 けど、手応えがない。俺に蹴られる寸前で、後退したのか ?


 だとしたら、早い。

 スピードも勘も俺より上だ。

 その上、腕力は大人のそれなのに、あの小さな体型。

 さっきの岩だって並の男が隠れられるような大きさじゃない。

 そもそも気配無かった !


 なにか無いか ? !


 俺が完全に起き上がる間も与えず、黒瀬は蛇の様に低い体勢で突っ込んでくる。

 たまらず手短な建物に転がり込む。

 起きろ !! 動け、俺の足 !!


 トトトッと言う音を立てて黒瀬が追ってくる。

 慌てて壁に張り付き息を殺す。だが、出入口から黒瀬が飛び込んでくる様子はなかった。


 ガッ……ガッ……ガッ ……


「…… ? 」


 足音にしては大きい。

 しかも俺の背後……外じゃないところから、聴こえる。反響して、音の出元が分からねぇ。


 とにかく焔を召喚しないと。

 いつ攻撃してくるか分からねぇ。

 相手の武器がナイフなら、絶対に振りかぶる。その瞬間を、銃で…… !!


「 !!? 」


 無い !!


 ライターが !!


 パタ…パタ…… !


 慌て全身を探る。いやいやいや。俺は絶対にあれはパーカーのポケットにしか入れねぇ !


 落とした !?


 一瞬で額に汗が吹き上がる。冷や汗と、あとはこの土地の熱気。急な不快感が全身を襲う。

 武器も無しに、俺どうすんだよ……。


 パラ……


 俺がいる石造りの建物が、乾燥した砂を頭上に落とす。


 落とす…… ?


「上かよっ !! 」


 ギィンッ !!


 慌てて地面に伏せる。

 間一髪。

 ナイフが壁を一直線に抉った。


 天井と共に落ちてきた黒瀬が、着地と同時に足元の砂を俺の顔にかけて来た !


「ぶはっ ! ゲホッ」


 土煙が舞い上がり、攻撃から逃げるように、更に建物の内部へ走るが……やっちまった……。


 ここの光源は東の炎。

 建物なんかに入ったら、何も見えねぇ !


 嵌められた ?

 誘導されたのか ?


「ギャハハ !! おいおい てめぇ 本当に弱いんじゃねぇだろうな ? ! 」


 黒瀬が愉快そうに笑い、出入口から声をかけて来た。出口はそこしかないのに……こんな袋小路の暗い小部屋でどうする ?


「探してんの コレだろ ? 」


 黒瀬の手の中で、キンっと音を立てて光った物。

 俺のライターだ。


「……スリかよ」


スリとかそーゆーの得意だからさぁ ぜってぇコレは返さねぇ 殺して奪え」


「なんでだよ !! そんなライター一つ、アンタにゃ関係無いだろーが !! それが無きゃ俺は戦えねぇんだよ !! 」




「甘ったれんな !!!! 」





「テメェは 邪魔なんだよ TheENDだぁ ? ふざけんじゃねぇ 俺たちヴァンパイアも所詮 下位悪魔 いつ敵になるかも分からねぇ人間の退魔師を 生かして置くと思うのか !!

 TheENDはヴァンパイアにも効くんだよ 悪魔だからな つーまーり !! お前は 敵にしかならねぇ存在なんだよ !! 」


「なっ……」


 最初からそれが目的かよ ?


「ケッ 疑うか 俺がビアンダと仲がいいからか ?

 一国の王が それは無い お友達じゃねぇんだよ 危険分子は即摘み取る それが 考えの生温い白薔薇一族と 我ら黒薔薇の違いだ 事故としてここで死んでもらう ! 」


「くっ !! 」


 一瞬、俺の透視能力が勝った。


 カカカッ !!


 真っ暗な部屋で、投げ飛ばされたナイフを寸前で避ける !

 更に壁に刺さった隙間から光が差し込む。

 石壁に刺さったナイフの輪郭を見てゾッとする。

 だって !! ウッソだろ !? このナイフ……。ただのテーブルナイフだぜ……。


 武器でもねぇこんなもんで……それだけ余裕って事かよ !!


「うぉぉぉっ !! 」


 小柄な黒瀬がやったなら出来るはず。

 力任せに壁に蹴りを入れる。


 ガッ !! ガッ !! ガラガラ…… !


 やっぱり ! このフィールドは脆いんだ。あの炎の暑さと乾燥、更に長年の民の戦闘訓練のせいで風化が早いんだろう。銃弾の穴もパテで埋めてある程度だ。何度も修繕を繰り返しているはず。


「うぬっ ! 」


 崩れた壁の一部から隣の部屋へよじ出る。


 俺はようやく、光の当たる部屋へ抜け出す。その部屋から外に出る。

 中に居てはダメだ !


 途中、落ちていた鉄の棒を拾い、壁をよじ上り二階へ這い上がる。二階とは言っても、どの建物も天井が低い。


 目立っちまうデメリットはあるけど、建物の中に誘導されるなら、少しでも高い方が有利なのかも。でも、この一体に高い建物なんて無かった。

 二階の建物から手短な塀に飛び乗り、走り抜ける。とにかく振り返らない。距離を取りたい。


「よっ ! 」


 一度、何も無い空間へ降り立つ。


 コの字型に建てられた奇妙な造りの建造物。なんか他の建物より、塀だけが異常に高い建物……。

 俺のいる真ん中は運動場みたいな空間だ。何も無い。ここなら広いけど……ここはなんだ ? 学校 ? アパート ? いや、民家って感じじゃねぇ。


 やべぇ !! この鉄の棒ってまさか…… !


 ここ、刑務所じゃねぇかっ !? よく見ると部屋は細かく区切られていて、房がある。俺が拾ったのは鉄格子の残骸だ。

 自ら脱獄プレイに難易度上げちまった。今ここから塀に戻るのは無理だ ! ジャンプしようにも高すぎる !!

 なんでこんなとこだけセットがリアルなんだよぉぉぉっ !!


 足元は少し陥没してる。


 真ん中にいようか、それとも建物側に寄ろうか……。ここで丸見えよりは、建物を伝って、どうにか塀の外へ…… !


 走り出そうとした俺の足が、ガクッと言う振動と共に地面に飲み込まれる。


「うわっ !!!! 」


 見下ろすと、右足が踝まで地面に飲み込まれている。

 少しだけ見え隠れしている、泥だらけの長くて細い指。どーりで、尻にナイフが飛んでこなかったわけだ。


「くっ…… !! 」


 引き抜こうとしても、全くビクともしない。


 蟻地獄だ……。


 どこもかしこも、トラップだらけ。

 しかも黒瀬は実直に俺を追ってこない。先読みして、必ず立ち止まるポイントで確実に仕留めようとしてくる。

 地形で黒瀬には敵わない。


 いや。

 そんなのアカツキでも一緒だろ ?

 プロの殺し屋 ?

 俺だって子供の頃から、戦って生きてきたんだ !

 ふざけんじゃねぇ !!


「うぉらっ!! 」


 持っていた鉄棒を、右足のそばに思い切り突き立てる !


 ザッ !!


 手は俺の足から離れた。

 けれど砂の手応えしかねぇ。

 しかも !


 さら……さらさら………。


 あ。やっちまった。

 運動場の砂地が、漏斗型に窪み、俺と砂を飲み込んでいく。


「だぁぁぁあっ !! 俺は蟻じゃねぇ〜 ! 」


 もがけばもがくほど身体が飲み込まれていく。


 ドザッ !!


「あだだだ……」


 下水……?

 いや、ヴァンパイア領土は水のない土地だ。下水道にしても広すぎる……。


 大人三人が横並びで歩ける程度の、手彫りの地下道。

 避難通路とか、敵襲に備えたシェルターとか、武器の運搬とか……。そんな場所だろうけど。

 先が暗くて全く見えねぇ。

 進んだら、闇に紛れた黒瀬に不意打ちを食らうのは目に見えてる。

 上を見上げる。登るのは無理だ。

 落ちてきた穴は本当に小さいし、掴むところがない。手で触っただけでサラサラと零れる砂。登るどころか、いつ生き埋めになるか分からない。それもコミコミの戦略かよ。ここをピンポイントで黒瀬はどうやって上がってきた ?

 なにか……。

 俺を何かで監視出来るとすれば、居場所の特定は簡単なはずだ。


「そうだ……」


 あいつ、俺のライタースリやがって。何か仕込んだんじゃねぇだろうな ?


 パーカーのポケット、デニムのポケット、靴の裏とか……ダメだ、全然何も無い。


 いや、絶対あるはずだ。


 一度パーカーを脱いでシャツ一枚になる。

 暑くなくていいけど、汗をかいた腕に砂が張り付きジャリジャリする。


 ハラ……


「あ……」


 パーカーのフードの中から何かが落ちた。


 薔薇の……黒い薔薇の花弁だ……。


 これだ、多分。……魔力を感じる。当然だ。魔術を使う時に使う薔薇だ。


 ……GPSのような魔術なのかもしれない。


 ここで花弁を払い落として行くとしたら、何か手を考えないと……。


 ポケットをまさぐっていた手が何かに触れる。


「あ、これ……」


 車で見つけた木彫りの鳥だ。


「……熱い……」


 これってこんな黒かったっけ ?

 もっと茶色い材質だったはず……今は炭の様に黒く、発熱している。


 熱……。


 そうだ。

 この土地の暑さの根源は地獄の第一層。

 地獄はヴァンパイア領土と水系悪魔を集めた第零層から、漏斗状に下へと続く。

 この零層の一番東の地下道に俺はいる。


 つまり、あの吹き上がってくる業火から火種を貰えれば焔を召喚できる !!


 花弁をその場に落とし、俺は地下道を真横に走り抜ける。


 足音はしない。けれど、確実に背後に黒瀬の気配がする。

 追いつかれるか……。


 ならば、仕方がねぇ。

 帰りの手段を失うかもしれないが……。


 現実世界では手首に固く結んだ、赤いリボンを解く。


「ゲートよ !! 俺をあの炎の側へ !! 」


 ドムッ !!


 突如、鉄の黒い扉が現れ、ゆっくりと開かれる。

 白い手袋をした老人が、扉を開きながら俺を見据える。


 〈かしこまりました。こちらへ〉


 頼む、スルガト !!


 ガチャ !!


 ドアを抜け、そのままの勢いで外へかけ出す。


 だが …… !!


「うおっ !! 」


 無理だ。


 扉が閉じるその隙間から、スルガトがすげー困惑した顔で俺に声をかけて来た。


 〈霧崎様、お言葉ですが……あの炎の側まで行きましたら、その人間のお身体ではとても近付く事は出来ませんので……ここまでしか移動は出来ませぬ〉


 行く前に言えよっ !!


「いや、でも黒瀬が来るまでは時間が稼げるはずだ」


 〈では、ご武運を〉


「どうにか……」


 吹き上がる熱風と火柱が見えるが、多分その中心は一キロも先だと思う。マントルから噴き上げるマグマのように赤々と。いつこっちに飛んでくるかも分からない危険な場所だ。

 それでもスニーカーの底が、いつもよりクニョンと柔らかい……地表も相当熱い。


 火種は無理だ。


「どうすりゃいいんだよ !! 」


 そうだ…… ! つぐみんは無事なのか !?

 黒瀬が本気で俺を殺る気だとしたら人質に取られるかもしれない。

 自分に惹き付けて置く方が良かったのかっ !?


「クソっ !! 力が !! 足りねぇ !! 負けられねぇんだよ こんなところで !! 」


 思わず癇癪を起こして、持っていた木彫りの鳥を投げ付けそうになる。


「ライターは形見だったんだ…… !! あいつ、味方のフリして今まで…… !!

 許せねぇっ !! 」




『光を ! 』



 ……… ?



『光を !! 』


 誰だ…… ?

 でも、スルガトでも黒瀬でもない。


 光ってなんだ。

 ここに光なんて……。


 光……。光源。この炎の明るさの事かっ !!


「何者だっ !? 」


『中間管理職 ミスラと申します ! 』


 蛾の……怪獣 ? !!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る