第4話 疑心暗鬼 1

 サンディの店で借りた部屋みたいだ。魔力は感じるけど、害のあるものではない。


 つぐみんは何回も深呼吸してから話し出した。


「私と大福は同期でBLACK MOONに来たの。その頃は、私もトーカやセルの部屋に出入りすることも多くて。休日にお茶したりね」


「そう言えば、皆店には集まるけど、お互いの部屋に招いたりって無いよな」


 昨日もみかんの部屋だった。ジョルが産まれた時もみかんの部屋に連れてった。


「ふーん。そうなのか ? 」


 百合子先生は意外そうだ。


「てっきり皆、仲がいいとばかり思っていたが」


「……今はしてないんですよね」


「しなくなった、理由でも ? 」


 つぐみんは眼鏡をはずすと、溜息混じりに額を撫でる。


「私、元々霊感とか全くないの知ってるでしょ ? ある日、酔ったトーカが悪ノリして、私をアカツキに放り込んだのよ。タイミングが悪くて、新月だった」


 そりゃひでぇや。


「初めて来た赤暗い世界の中で、目の前のエレベーターがゆっくり開いたの。そして……何かに押されて、エレベーターの中に倒れ込んだ」


 アカツキで新月に開く扉。そこはどこに繋がるかも分からない、危険な扉だ。


「俺の時と一緒か ? スルガトの爺さんにクロツキに突き落とされた ? 」


「ええ。そう」


 俺があの結婚式場でやられた手口だ。トーカは呪いによって『恐怖値』を集めないと、元の年齢に戻れない。

 新人を地獄に…クロツキに堕とす事によって、恐怖を得ていたらしい。

 俺は狂犬の森に堕とされたけど、確かつぐみんはコキュートスに堕とされたってみかんが言ってたな。

 式場でつぐみんが強烈なビンタをトーカにしたのを覚えてる。新人への洗礼儀式にしては、危険すぎると。今思えば、俺に対してつぐみんは心配してくれてたんだな。


「次に扉が開いた先はクロツキだった。地獄の底。氷の世界。

 でも、コキュートスに堕ちた私は……意外と気分は悪くなかったの」


「はぁ ? 」


 俺は凍えそうで、命の危険を感じた。体験したことの無い寒気だった。


「何でっ ! ? どーゆー事 ??? 」


「確かに有り得ないほど極寒だったけれど、それよりも氷漬けになった様々な生き物達は、最早芸術品と言っても過言じゃ無いわ。

 はぁ〜……。見たことも無い悪魔の氷像、本物の天使の姿、見目麗しい人間たちの悪趣味で魅力のある氷漬けになった姿。

 非人道的な技術が許される、地獄ならではのコレクション……それはとても魅惑的で……。

 この世界で、人の手で作った彫刻はそうはいかないわ」


 当然だよ ! 犯罪だよ !!

 思わず絶句する俺と違い、百合子先生は何ともない様子で頷く。


「恐怖は無かった訳だな ? 」


「ええ。私はまだその頃、国外の宗教にも詳しくなかったし、コキュートス自体がどんな場所かも理解していなかったから……。そこが地獄の底だなんて知らなかったのよ」


 うぃ〜っ !! 訳わかんねぇ !!

 度胸があるんだか、ズレてんのか……。


「ふふーん。これだからなぁ〜……。全く…… !

 画家や音楽家はネジが外れてると言われる訳だ。ルナがいい例だ。アレは音楽さえあれば領土も王位も惜しくないらしい」


 とんでもねぇ災難だけど……恐怖を感じなかったのは、良かったのか悪かったのか……。


「恐怖を感じない……って事は、トーカは『恐怖値』を得られなかったのか ? 」


「いいえ。私の恐怖はそれからだったの。

 出口用のゲートが現れて、またエレベーターに戻った時……。

 私ね、アカツキの中で……セルの部屋に行ってみようと思ったの」


「…… ? セルの部屋に ? 急にどうして ? 」


「私……本当にそんなつもり無かったのよ。他人の部屋を無断で覗くなんて、いつもは本当にしないから !

 でも、その時は違ったの。上手く言えないけど、なんだか……行かなきゃならない気がしたの……」


 言い淀んでいるつぐみんに、百合子先生は人差し指をパチンと弾く。


「それは『導き』だな。『お導き』ってやつだ。

 まぁ……だが、『神の導き』か『悪魔の囁き』かは分からんがな。ふふー。

 それで ? そこで何を見たんだ ? 」


 つぐみんは両手で体を抱きしめると、俯いて少し震えた声でゼェゼェと息をして話す。かろうじて話せてるくらい、急激に取り乱し始めた。


「コキュートスで見た子供の氷像が……セルの部屋の写真立てに同じ子が写ってて…… !

 なんだか不味い物を見ちゃったんじゃないかって思った瞬間 !!

 私の後ろに…… !! 」


「おいおい、つぐみん。落ち着いて。ゆっくりでいいから」


 急激に取り乱していくつぐみんの手を握る。

 ウェイトレスと画家の作業で荒れた手。

 震えてる。凄く冷たい手だ。


「……何かの気配を感じたの。よく分からないけど、何かが居るって感じたのよ。

 振り向いたら、ソファに子供が一人座ってたの」


「その子供の特徴は ? 」


「……特徴…… ? ……褐色肌に黄金色の髪。

 写真立てにいた男女の双子よ」


「ソファにいたのはどっちだ ? 」


「後ろ姿だったから分からないわ。

 でも、なんて言うか……。幽霊ってあんな風に視えるの ? 今にも動きそうで……。凄く物質的なの。透き通ってもいないし、光ってもいないし。

 怖くなって……慌ててエレベーターに戻って、店に戻った。

 その日は、何も言えなかった。「怖かった」としか言えなかった」


 つぐみんは……既に巻き込まれていた…… ?


 それにしてもアカツキの幽霊かぁ。


「どうだろう ? 俺もアカツキで幽霊視ると、ガッツリ人間みたいに見えるぜ ?

 中には俺が来たことに、逆に悲鳴上げる幽霊もいる。はは、笑えるだろ ? 」


 何とか場の空気を和ませたかったが、つぐみんは真っ青なまま。


「セルには聞いてみたか ? 」


「まさか……。

 大福には言ったけど、取り合って貰えなくて……。

 でも、その日から大福は、毎朝御堂で経を唱えるようになったの。絶対、何か勘づいてるはずなのに、何も言わないの…… !

 どうして !? 変じゃない ?!

 あのビルは、お店以外は何者も入って来れない結界があるのに……。どうしてセルの部屋に亡くなった人がいたの ?

 怖くなって、ずっと忘れようとしてたけど、ユーマがBOOK·miaを見た時に記憶を共有したでしょ ?

 それで、あの双子がセルにもトーカにも関係深いんだって改めて知ったの」


 俺にとっては、予定外の味方が出来たかもな。

 ただ、つぐみんは完全に参った様子だ。彼女にとっては、俺の行動はタイミング悪かったんだろうな。


「家出同然で山形を出てきたし……後戻りは……。

 普段は、トーカも悪い人じゃないし、セルも案外しっかり神父の仕事してるのよね。

 だから……今まで見て見ぬふりしてたんだけど。

 ユーマが何かに悩んでるなら……関係のある悩みなら、私も知りたいの。

 あの時視たモノはなんだったのか」


 百合子先生がここで、手を挙げ俺を見る。


「よし。

 とりあえず、コキュートスで見たモンが、セルの部屋の写真立てに写ってた挙句に、部屋にも居た……という事だな ? 」


 つぐみんが頷く。


「では、ユーマ。

 これらの話は、今日お前が話そうと思ってた話と関係あるか ? 」


 答えは一つだ。


「有ります。つぐみんの同席を許可したいと思います」


 けれど、俺の方が少し話しにくい気がしてきた。これ、本当に言っていいのか ? 本人にまず聞いてみるべきなんじゃ……。

 でも、つぐみんも今まで聞けなかった。

 俺も同じだ。

 セルは何か、一定の壁を感じる。


「うむ。分かった。

 ではユーマの話を聞こうか。

 お前、大丈夫か ? 」


 百合子先生がつぐみんを伺う。


「はい。いけます」


 俺は何から話せばわかりやすいんだろう ?

 まずは出来事を順を追って話すか。


「俺はBLACK MOONに来た初日に、夢を見たんだ。

 そこは一面、薔薇がある敷地で、例の双子が住んでいる世界だった。

 最初は夢かと思ったけど、俺もセルとトーカの話で、その双子が過去に関係してる奴らなんだって理解した」


「住んでる世界とは ? 死んでるんだよな ?

 そこは本当に夢なのか ? 」


「それが疑問なんです。

 ルシファーの目であるジョルと同居してからは、あいつも一緒に来るんです」


「ジョル君もっ !? 」


「ふーむ。二人で同じ夢は見ないだろうな。夢だとしても、まともではない異常な事態だな。

 続けてくれ」


 俺は双子の生活、記憶が無い事……ガンドには記憶が無い振りをされていた事、ガンドは正気でBOOKの承諾を得ている事を話した。


「トーカもセルも、俺が夢で二人にあったのは知ってるんだ。それでBOOK・miaを見ることになった。

 でも、考えれば考えるほどおかしい事が多くて」


「おかしい ? 」


「だって、双子の薔薇園の話って、一番聴きたいのはセルのはずだよな ? 仇を探してまでいるんだし。

 でも、セルは何も語りたがらない。過去の事だからってだけじゃない気がする。

 薔薇園に居たブライアンとクミコに関しても、ブライアンは本部のエクソシストだったらしいんです。それは直接聞けましたけど。

 でもクミコの事はセルもトーカも、ずっと知らないって言ってたんです。


 でも今回の仕事の時、BLACK MOONを依頼人に紹介した人が、クミコの息子と聞いて突然、「クミコを知っている」って供述を変えて来た」


「クミコは何者だ ? 」


「東京支部の時にBLACK MOONにいた人。退職者です」


「ふーむ。

 過去の事を纏めると….…だがどう言う訳か、その双子はユーマの夢に現れ、結界の中に閉じ込められている。今までブライアンって神父と、退職者のクミコがそこへ来ていた前歴がある。

 双子の男の方は助けを求めていて、女の方は偽物。

 ルシファーの目を持つジョルも、女の方が悪魔だと断言している。

 一方、セルの部屋には、その双子のどちらかが出入りしているかもしれない……と。

 そう言うことだな ? 」


 百合子先生、飲み込み早ぇ〜。


「そう……なるよな ? 」


「そうね」


「ふー……。思ったより、深入りしそうな話だな」


「ユーマはどうしてトーカに相談せずに今回先生に話しようと思ったの ? BOOK・miaはまだ全部見てないんでしょう ? 」


「だって、トーカ自信がクミコの事も隠してたしさぁ……。このタイミングで先生だって店に来たじゃん」


「ああ。黄薔薇は私の次に人間界へ出入りしてるからな。風の噂でよからぬ事を聞いたもんで。まぁ、私の話は後だ」


「ほら、まずはガンドのBOOKを見たいし。そうなるとヴァンパイア領土に行かないと行けないだろ ? 先生なら紫薔薇王とも繋がりがあるし……連れてってくれるかな〜って。


 俺が思うに、つぐみんが見たのは女の子……セイズの方なんじゃないかなって思う」


「偽物の方ね ? そうかもしれないけど……。

 ユーマが言った、セルの悪臭って……それが原因なのかしら ? 」


 セルの悪臭。

 初めて聖マリアンヌ総合病院で会った時から、アイツは何か変わった匂いがしていた。


「あれ、何の臭いだろうな ? 悪魔でもないし、霊とも違うし……香水で無理にかき消してる感じなんだ」


「私は感じないけど……。

 それにしても、神父のセルが、一体なんのために悪魔になった女の子を部屋に招いてるのかしら ?

 だって、悪魔祓いに失敗したってことは『悪魔の名前を聞き出せなかった』のよ。

 つまり、それが双子の女なら、セルは敵の名前を知らない事になるわ」


 謎は深まるばかりだ。


「そうだよな。俺はセルに復讐のために雇われた。セルのその相手はセイズに化けてる、その悪魔なんだ」


 そもそも、セルの部屋に何者かが居ると言うのがおかしい。つぐみんの見間違えで、それがガンドだったとしても、あの薔薇園から出てこれる感じじゃない。あそこは何かに囚われた世界だ。

 ビルもつぐみんの言う通り、店以外はガチガチに結界を張っているし、俺の憑依事件があってからかけ直しもした。


「全く繋がらんな。

 セルを拷問すればどうだ ? 早いぞ ? 」


「いやいやいや……やめて下さいよ……」


 急に物騒だぞ……軍事の白薔薇 !!


「双子が関わったバチカンでの悪魔祓い。その時、憑依者は助かったけど双子は死んだ。

 片方は精神を。もう片方は肉体を捕られた。

 俺は夢の中でも人格を取られてるセイズが、精神を取られた方だと思う」


 けれど、その理屈で言うとセルの部屋にセイズが来るのはおかしいんだよ。セイズに化けた何か……。


「やっぱり、訳が分からねぇな」


「ああ。行き詰まったな…」


「はぁ〜……。私はちょっとホッとしちゃった。

 今まで悩んでたから」


 つぐみんは胸を撫で下ろす。


「仙台に来てからだろ ?

 長かったな」


 五年くらいか ?


「……うん。そうね」


 さて、あとは……。


「百合子先生は、バチカンで起きた事に何か心当たりがあるって言ってましたよね ? 」


「ああ。時期はセルが枢機卿だった頃になるな。

 恐らく、その悪魔祓いをした時の事だ」


「聞かせてください」


 百合子先生の顔色もあまり良い様子では無かった。

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