第13話 泉家の大黒柱
俺とジョル、トーカとみかん。比較的若い者が集まった。依頼人が不安に思わなければいいけど。
「みかんは何するんだ ? 」
「ん〜 ? 交渉だよ。必要ならね〜」
みかんが交渉するような奴、泉さんの家に居たか ?
「霊とも交渉できるのか ? 」
「出来るよん。でも交渉って『何かを話し合って契約』する時に必要なの。ただのお喋りなら、あたし要らないし」
それは分かるけども。
母親の生霊と娘の霊、どちらとも何かを契約するような事あるのだろうか ?
「みかんは以前、山吹家の紹介で心霊スポットの除霊を頼まれた事がありましたのよ」
ハンドルを握る俺の肩越しに、トーカが声をかけてきた。俺からはルームミラーにツインテールのリボンだけがぴょこぴょこ見える。
「心霊スポットなんて雑魚霊もウヨウヨいるだろ。どう対処したんだ ? 」
「心霊スポットに多いのは霊の吹き溜まりね。
でも好きで成仏しない人って奴は少ないのよ。自殺や殺人……色々あるけれど。情状酌量も考えなくはないわ。未練のある者もいるし。
突撃して、みかんがトランペットを吹き回ってもいいのだけれど……それはあまりにも無情でしょう ? 」
「ああ……そうかもな」
今回みたいな……母娘のケースも、みかんやセルなら簡単にRESET出来る。便利な能力だと思う反面、極端すぎるとも思える。
「でもその一方で、心霊スポットにいる霊の中には、本来その場に出るはずのない悪霊が居るわよね。悪ふざけで来たガキ共をいたぶってたりしたりする奴よ。
……最も、そっちの方が噂になってたりもしてね。
私たちはそれを、故意に見つけて封印をするの」
悪霊の封印ってことは……。
「あのショーケースにあるグラスか。
前に死亡予定のバンドマンをみかんが売り飛ばしたよな ? 悪霊って売っても、人の言う事聞くのか ? 」
「バンドマンを売った !? いつの話 ? 」
あ、コレ言っちゃいけねぇヤツ !?
みかんを伺う。窓の外を眺めるふりをして、トーカから顔を背けていた。
「あ、あははは !
い、生きてる人を競売にかけないよ〜 !
ねっ。ねぇ ? あはは」
助手席ではジョルが「クエぇ……」と身震いしていたが、トーカの睨みに耐えきれなくなったのか、みかんはアクリル板の隙間から手を伸ばし、何故か背広姿のジョルの背中を撫でまくる。
「中沢さんの時ね !? ハルピュイアの主人に…… !! 」
「で、でもセルの許可あったし、ユーマを連れ戻さないと行けなかったし〜。仕方ないよ !
ジョルもそう思うよねぇ ? あははは」
「く…コぇぇ……」
仕方なくはねぇけど、みかんに助けられたのは事実だし、突き落としたのトーカだからな。俺にはなんとも言えねぇ……。
トーカは溜め息をつくと、再び元のトーンで話し続けた。
「まぁいいわ。結論から言うとね。
泉家のドアのケースは不自然なのよ。元々霊道や心霊スポットなら、他の霊もいるのよ ? なのにそこには母親と娘しかいないんでしょう ?
おかしいですわ。ゲートはそんなに簡単に創れるシステムじゃないの。
仮に悪霊、生霊が簡単にゲートを持ってしまったら、この世はもっとオカルトな物事で満ちますわよね」
「じゃあ……」
泉家の玄関は母娘では無い別の何者かが、ゲートを創ったって事になるのか ? ゲートの能力はスルガト爺さんの専売特許だ。それ以外で作るとなると……。
「アカツキで新月になると、窓やドアがゲートに変わる事があるよな ?
そういう自然発生したものじゃないのか ? 」
「それも考えましたわ。
でも事実、アカツキに行ったはずなのに既にクロツキに入っていたって事よね ?
それが有り得ないのよ。人は必ずアカツキを通って死の世界に行くの。
突然クロツキに行くなんて……」
確かに式場の時も、俺はなんか白い部屋を経由して、スルガトの爺さんに突き落とされたんだった。
じゃあ何故、泉家の玄関を入るとクロツキに入ってしまうのか…… ?
「悪魔がいる可能性もある……のか ? 」
「分からないけれど……念の為よ。私たちの他にRESET使いが居れば、どうとでも対処出来るもの」
前回みたいに悪魔憑きとかにならなきゃだけど……気を付けないと、いつ何に憑かれるか分かんねぇな。
************
月極駐車場に行くと、旦那さんが立っていた。
少し早めの時間を、彼にだけ指定したのだ。
「おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」
車を降りて、差し出された大きなゴツい手を握り交わす。
「いやぁ。何度もすみませんね。こんな大事にする気はなかったんですけど」
申し訳なさそうに、トーカとみかんにも会釈する。気の良さそうなお父さんって感じだな。
人員は俺たちが勝手に増員したから、泉さんのせいじゃねぇのに。
「いえ、このまま俺達も引き下がれないですからね ! 頑張りますよ ! 」
前回、逃げ出したんだけどな ! 俺たち !
「昨日電話でお話しましたが、こちらはうちの店の従業員でして、成人ではないですが類稀なる能力者なので何卒……」
「ああ、聞いてるよ。未成年でも有能な子がいるとか、実際は大人だとか、色んな噂」
「え ! ?」
トーカはまだ中学生になりたてくらいの外見。みかんも顔立ちは明るい女子大生というには……日焼けの痕がいかにも学生。
でも噂ってのは…… ?
「紹介されたお寺さんからですか…… ? 」
「いや、知り合いだよ。
こういう怪奇現象って自分も半信半疑だし、最初は周囲の人にあれこれ相談するでしょ ? 結局、住職さんに相談したんだけれど、その前にBLACK MOONの事はその知人から噂でね。
お寺さんからBLACK MOONに依託するとなった時は、少しほっとしたって言うか…」
BLACK MOONを知ってた…… ?
絶対に一般の人には知りえないわけじゃないけど、正直本当に珍しい…… 。
「ホッとしたとは ? 」
「実力者の集団で高額な報酬も取られないって聴いてたんだ。
俺の勤め先に、学生時代アルバイトしてた男性が、社会人になった今でも親方に顔出しに来るんだ。その人が本当に、霊感強い人でね。
その人からBLACK MOONの事聞いてたんだ」
うちの事を知ってるって……かなり限定されるよな……。
「失礼ですが……その方の名前とかは……」
考えられるのは、客か人外だ。
「いや……名前はちょっと…口止めされてて。
その……彼、警察官なんですよ。仕事上「視える」なんて言うと仕事柄、少し不味いらしくてね」
なるほど。信じない人からしたら幻覚だと思われるもんな。病気や薬物と付き合いのある連中を取り締まる側……。オバケがどうとか、言ってられねぇよな。
納得する俺の傍ら、ジョルがパッと顔を明るくした。
「あ ! ほら、多分、あのおっさんだぜ !?
先週、スピード違反で捕まった時に出てきたケーサツの人 !! 」
「おまっ !! 」
それは黙ってろって……!!
一瞬でトーカの眉間に皺が寄る。
「スピード違反 ? 仕事中に !?
あのねぇ ! 私たちの仕事に使う道具には、見られては不都合なものが沢山ありますのよ ! 職務質問なんかされちゃ不味いの ! 」
「スピード違反で捜索はされねぇから大丈夫だって。ちょこっとテンション上がっただけで…… 」
「あはは ! 分かるわぁ〜 ! 」
あたふたする俺を睨むトーカを宥めるように、泉さんはケラケラと笑って見せた。
「スピード違反なぁ〜。男の子は若いうちはよくやるよ。普通普通 ! 」
泉さん寛容だな。ありがたやー。みかんも畳み掛ける。
「まぁまぁリーダー。
泉さん、初めまして ! お話に出た未成年と、中身が大人なのはあたしたちです。
あたしが旺聖高校在籍中の夏野 美香です。みかんって呼んで下さい〜。
彼女が中身大人でうちのリーダーです」
「ありがとう、みかんちゃん。トーカさんもよろしくお願いします。中身が成人か……しっかり者なのはそういう事か〜。
よく分からないけど、不思議な世界の話なんだね」
泉さんは自分とは縁のない物語を聞くように簡単に頷く。そう疑わないのも良いのやら悪いのやら、今回は他人事では無いんだから……。
「えっと。そうなんすよね。普通なら不思議な世界の話と感じるかもしれません。
実は前回、調査を行いまして……霊障の原因に目処が付きましたので、そのご報告からと……。
今からお話することは、泉さんにとっても御辛い事情になります上に……更に奥様の華菜さんにも、突然お伝えするのはと思いまして……俺もちょっと尻込みしてしまって。
それでまずはここで旦那さんからと……立ち話もなんですが、ここで一旦事情をお話しようかと思いまして」
「……えぇ…… ? 何か不味い事態なの ? 」
うぅ……言いにくぅ……。
「まず、最初に確認なのですが……。
お子さんを亡くしてらっしゃいますか ? 震災の時だと思うのですが……」
いや、俺もちょっと突然過ぎだろ ! 口をついて出てしまってから無性に後悔した。もうワンクッション置くべきだったか……。
「…………あぁ………。……あぁ、そういう……。そういう事か……」
泉さんは力なく肩を落とすと、しかし何故か腑に落ちた様子で頷いた。
「そうか……。あの娘が……。
え ? つまり……成仏してないって事か…… ? 」
「今はまだ。ですが、そう単純ではないんです。
しっかりご供養はされたのにどうしてか、と思いませんか ? 」
「あ、ああ。そうだね。水子も……勿論だよ。全部、埋葬して……法事もしっかり行ってるよ」
「華菜さんは、精神的に拒否していませんでしたか ? 供養する度に葛藤してる事でしょう」
当たり前だろ ! ってもう一人の俺が頭をハリセンでぶっ叩いてくるイメージが浮かぶ。
駄目だ。こっちが緊張して上手く言葉を選べない。俺が言いたいのは生霊になるほど執着しているって話であって、過去の傷を抉ることじゃない。
「そりゃ……そうさね。俺も同じさ……。
その上の娘は心夏。連れ子なんだ。俺は初婚で、華菜は東京にいた頃に最初の結婚を……。離婚後、石巻の実家に戻って来てそれから俺と知り合ったんだ。
華菜は昔、ちょっとだけど……雑誌に載るくらいのモデルだったんだ。俺の一目惚れでさ。
子供がいるって言われたけど、もう俺……止まらなくて。でも心夏自信が人懐こいから、すぐに俺にも凄く懐いてくれてさ。
全部、上手くいくって思ってた。俺の子もお腹にいたし、心夏にも、お義父さんお義母さんにも良くしてもらっててさ……。
今でも、俺にとっては本当の家族ですよ……」
「分かってます。
問題はそこじゃないんです。
実はご自宅で霊障を起こしてるのは、華菜さんの生霊なんです。
悲しみのあまり生霊として住み着き、あの家を鉄壁の要塞にして、心夏さんと生活を共にし続けているんです。
不幸中の幸いと言うのも、おかしな話ですが……その生霊が心夏さんを傷付けりはしていません。心夏さんも幼く、まだ自分が母親と暮らしていると思い、あの家に留まっているんです」
「…………」
駄目だ。
ここに来て旦那さんの目からも大きな涙が胸元に落ちた。
「そうだよなぁ……心夏だけ……。そうだよなぁ…… ! 」
当然だ。この人だって親なんだから。これから同じ話を華菜さんにも言うとなると……。
「正しい道へ導くのが私たちの役目ですわ。
娘さんには、安らかで正しい死後の世界へ。
導きます。その魂は輪廻転生により、再びこの世界へ戻ります。
そして奥様の場合も深刻です。生霊は出し続けると、実体の方に病魔が巣食ってしまったり……エネルギーを消費するので、身体が弱くなるんです。
奥様の生霊も正しい導きを致しますわ」
「そうか……病気……。それは困るな……」
「ええ。でも、心夏さんの成仏を妨げているとはいえ、華菜さんを責めてはいけません。
生霊は本人の意志と関係なく生み出されるものですわ」
「ああ。分かった。
それで、どうすればいいのかな ? 」
「ご自宅に向かいます。浄霊を行いますが、少しその前に気になる箇所がありますので、まずはそこを視せていただきますわ」
トーカが肩を落とした泉さんを促す。
「心夏は……大丈夫なんでしょうか ? 」
「ええ。それは問題ありませんわ」
それを聞いて、泉さんは大分安堵しているようだった。トーカに続き、みかんはトランペットケースを背負い、手には見慣れないトランクケースを手に持つ。一度、狂犬の森であれを見た。封印用のグラスや契約用の羊皮紙なんかが入ってる。
俺も気を引き締めないと…… ! これから華菜さんにも事情を説明しなきゃならない。
俺がしっかり自信持って説明して、安心させなきゃ依頼人は不安と悲しみを糧に不信感を持ってしまう。
俺も霊媒師に対する不信感は痛いほど身に染みてるからな。しっかりやりきらないと…… !
ジョルとふと目が合う。
頼むぜ ! 相棒 !
ジョルも真剣な面持ちで、コクリと頷いた。
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