第3話 白薔薇城

 地獄の第零層。その北西部にヴァンパイアの土地があると言う。本来、第零層なんて、どんな文献にも存在しない。


 フォン……


 俺と百合子先生が飛ばされてきたのは、石造りで薄暗い筒型の部屋だった。床に大きな魔法陣が描いてあって、青白い光を放っている。多分だけど、ワープ専用部屋なのかな。

 出入口は一つで門兵が二人いた。


 「ビアンダ殿下、そちらは」


 ビアンダって呼ばれたのは百合子先生だ。魔法かなにかかかるようだ。いつの間にか百合子先生は白いシンプルなロングドレスを纏っていた。おっぱいが…………いや、見るな俺……。


 「客人だ。少しばかり城を見学させる。護衛を一人呼んでくれ」


 「かしこまりました」


 「さぁ、こっちだ」


 「あ、はい」


 百合子先生に連れられて階段を昇る。おっぱいも揺れ………てる?

 途中途中に燭台があるけど、正直蝋燭だけじゃ暗くてあまりよく見えない。オイルランプにすればもうちょっと光源が広がるのにな……って、提灯派の俺が言うことじゃないか。

 階段を登った先は、これまた薄暗い部屋で、そこにも階段があった。今度は兵士が七人。さっきより厳重で至る所に魔法陣が書いてある。兵士の視線の先には、割と大きめの洞窟があった。深く、暗い。冷たい空気が流れ込み、霊気と魔力を強く感じる。


 「これが地獄と煉獄を繋ぐ道。『地獄の門』だ」


 ヘルゲートってやつか。

 煉獄に繋がってるなんて初耳だけど。


 「人間界から直接、地獄にワープして堕ちるわけじゃないんですね」


 「人間で罪の無いものはいない。煉獄は償いをする場所。そこで足りん奴は地獄に、足りた者、または輪廻転生の軌道へ乗る者が天へ召されるのだ。

 煉獄は人間界と隣合って存在する世界だ。

 その上に天界の層、下に地獄の層がある」


 門のそばに大きなガラス管があり、その中に蛍のようなものがうじゃうじゃと泳いでいる。感じるっつーか、分かる。これは人の魂だ。

 ここで回収して九層まである地獄へ行かされるんだな。


 「俺も死んだら、煉獄に行くんですか?」


 「ふふ。お前の場合はあの真ん丸坊主に聞いてみろ。仏教徒なのだろう? 仏教に『煉獄』は存在せんはずだ」


 確かに、俺には『死んで煉獄に行く』って概念は無いな。


 「仏教では別な言い方をするのだ。だが、まずは煉獄に行く人間が殆どだ」


 霊の世界だよな? 天国行きの人も居るってことは??? 待合所みたいなイメージしかわかないけど。いつか煉獄で仕事する時も来るかもな。


 「この地獄の門、以前は地獄の第一層にあったのだが、悪魔に任せては警備がザル過ぎるのでな。新たに第零層を創り、纏まった魔物の民族を置くことで侵入が難しくなったというわけだ」


 「う〜ん。もっと豪華で石版みたいになってると思ってました。ただの岩の割れ目ですね」


 「まあな。だが強力な結界が張ってある。私でも通れんよ」


 「零層を『創る』って……物理的に作ったんですか? 誰が?」


 「天使だ。悪魔と天使は全く交流がない訳では無いのだ。現代に置いて、今のサタンと天使は会合もある」


 会合!? 仲良く話し合い!?


 「嘘嘘嘘嘘〜っ!! それは絶対うそ」


 「嘘なもんか。初代サタンはルシファーだが、サタンとルシファーを混同しない理由がわかっただろ?

 サタンも代替わりしているのさ。ルシファーはもう隠居したし」


 悪魔王がガチで存在した上に、今は隠居生活してるとか考えられない。想像つかない! そもそも年取ったりしねぇだろ! なんの隠居なんだか。


 「考えても見ろ。『堕天』と言う概念があるのだから、天使は減る。堕天使が来たら、そいつは地獄で悪魔に変わる。

 ヴァンパイアだって地中から突然生えて来た訳じゃない。癪だが、全ては神の産物なのだ。

 人が地獄に堕ちたら責め苦を受けるが、誰が働くのか」


 働き疲れたのか。新入りに任せますよって?


 それにしても地獄の門がこんなに……ただの洞穴だったとは。

 弱い悪魔がここを通って、地獄から脱走したりしないかも心配だな。


 「城の中に、こんな出入口を構えるなんて……責任重大っすね」


 「ああ。零層は関所のような役割を果たす。スルガトのような悪魔を除いて、徒歩で地獄から這い出でることは出来ん」


 そう考えると、やっぱりトーカって、とんでもねぇのと契約しちまったんだな。

 さらに螺旋階段を登るよう、百合子先生から促される。


 トフ………トフ……


 ここからは絨毯張りだ。

 階段を上がった先大きな扉が佇んでいた。

 装備の良い一人の兵士が待っていた。


 「護衛を努めさせていただきます」


 百合子先生は兵士にスっと手を上げて返事を返すだけだった。この兵士も白薔薇のヴァンパイアなんだよな? この世界の給料ってなんなんだろう? 貨幣ってあるのかな?


 「さぁ、ユーマ。白薔薇城へようこそ!」


 百合子先生がドアを開け放つ。


 「うっ」


 眩しい! なぜっ!?

 ここは地獄なんだよな!?

 少しずつ目を慣らして、上を見上げる。天井が硝子になっている。壁は白い石で出来ている。


 「うわぁーすげぇ〜」


 あそこと似てる。結婚式場のウォーターガーデン。

 光満ちる廊下。地下とは大違いだ。ずっとここで光を浴びていたくなる。


 「あくまで地獄だから、電気と水が存在しないものでな。こうして昼は陽の光で部屋を照らしている」


 「あぁ〜〜……………セミの気持ちが分かった……。すげぇ〜気持ちいい〜………」


 「セミ? 蝉だと!? あっははは! そうだな!」


 「光の元って太陽……ですか? どこにあるんです?」


 百合子先生は斜め上辺りを大雑把に指さす。


 「煉獄の隙間から陽の光が漏れているんだ。あそこは朝晩の概念があるからな。出入口はさっきの門しかないが、空は繋がっている。

 ここは唯一、地獄の中でも陽の光の届く場所だ」


 地獄の門はまぁ通れないとしても、光が見えるのはなんだか救われた気分になる。あの空の先に煉獄があるのか。


 「じゃあ、この城からブーンって光に向かって飛んでいったら煉獄に行けます?」


 「天使の張った結界がある。空も駄目だ。どう足掻いても脱獄は出来んよ」


 上手くできてんだな。しかも、その補習や地形の創造に未だ天使や神が関わっているとは。

 廊下から突き当たりの大きな部屋まで来る。付いてきていた兵士さんがピタリと止まり、ドアの警備に移行する。


 「ヴァンパイアが人間界に出入りしてる方法は他の悪魔は使えないんですか……?」


 「ああ。ヴァンパイアのみぞ知る抜け道というものだ」


 さっきのワープゾーンみたいな部屋か。


 「あれも限定的でな。条件がある上に、城の魔法陣が消えたら人間界から戻ってこれん」


 「へぇ〜」


 分かってきたぜ。

 治癒能力に長けた白薔薇の一族が何故、平和主義を主張しながら軍事力を持ち合わせているのか………。ブライアンが双子に話した憶測は多分違う。第零層ってのを知らなかったのかもな。

 この国は、崩れたら最後。地獄の最後の砦だ。

 悪魔や魔物が煉獄からアカツキを通り、人間界へ侵入してくるのを守っているんだ。


 百合子先生はバルコニーへ出て手招きしている。部屋の内装はこれでもかってほど気品のあるレイアウトに、白色の主張。高級!って感じだけど、電気がないんじゃあなぁ。パソコンもスマホもテレビも無しか……。


 「ゲームの世界みたいだけど、俗物大好きな先生には退屈そうですね」


 「い、言うな! 私は別に家電屋でテンションが上がったりはしていないぞ! 普通に店員が教えてくれただけだし、家電量販店に一日入り浸ったりはしとらんし!」


 してるんだ……。なんかもう、手慣れてたもんな。俺が選ぶ余地なかったもん。


 「景色いいっすね」


 バルコニーの柵は大理石みたいな素材で冷たくて気持ちいい。城の外壁を見る。まさに絵に描いたようなお城〜って感じ。


 「町だ。民衆は皆、健康的に生活している」


 眼下には石造りの小さな家がみっちりと並んでいて、ここからでも賑わっているのが分かる。町と城門の間に広い公園がある。特に立ち入り禁止エリアでは無いようだ。親子や恋人たちが少しの段差に座ってくつろいでいる。


 「人口がパンクしたりしないですか?」


 「残念だが、未だかつてない。

 この光の土地を巡って、他の王族とは頻繁に揉めるのでな」


 戦争か。地獄で唯一、陽の光の届く土地。確かに、誰だって綺麗な環境に住みたいもんな。


 「ここから見える感じだと、海外の町並みっぽいって言うか、やっぱり日本とは違いますね」


 「映画のセットのようだろう。まあ、植物も育たんから材木も貴重資源だ。

 食事は配給。魔法で作った光は一時間も持たないから、主流は蝋燭だ。

 水は東から運んできた海水のみ。風呂はいまいちなんだ。飲水は魔法で塩を抜いている。それも町の各場所に樽を置き、皆が使えるようにしている」


 うーん。町は異世界生活っうぽくて見目はいいけど、実際の住み心地は良くなさそうだな。


 「海水って事は、東は海があるんですか?」


 「人魚やセイレーンなど、海の悪魔がいるだろう? あれは零層の東の海から、上に昇る形で人間界に繋がっている。特殊な結界があるからいつも出入りできる訳では無いが。

 深海が火星ほど未知だと言うのは、あながち嘘では無いのだ」


 深海探索機ナントカが、いつかここまで届いて撮影された時、研究室はパニックになるだろな。世紀の大発見だ。

 ここからは東の海は見えない。結構距離があるんだろうけど。


 「こうして見ると、ヴァンパイアの国って山に囲まれてるんすね。他の城があそこに見えるけど……」


 「あそこは赤薔薇だ。領土は小さいが、戦闘力のバケモノみたいな連中だ」


 百合子先生は空に手をかざすと、またも何か陣を描き始める。

 ふわりと光ると、今度は別の場所へと移動した。

 城から見えた山肌だ。

 植物のない岩の山が連なって大きな淵になっている。多分ここがヴァンパイアの国の中で一番標高の高い場所だ。馬の蹄のような足跡が地面にある。一応ここは道なんだな。

 盆地になったヴァンパイアの土地見渡せる。

 いくつか壁や植民地を挟んで他の町が点在し、その中心に城がある。他の王族の城なんだろう。

 こうしてみると白薔薇の領土は他より広大だ。

 山沿いの左側には、ドス黒い霧を纏った黒城がある。もはや何薔薇とか聞かなくても分かるけど、多分零層で一番、地獄の第一層に近い場所だ。禍々しさが伝わってくる。


 「黒薔薇は分かりやすいっすね……その隣の城は……何色なんです?」


 「紫薔薇しばらだ。ふーむ。ゲームのステータスで言うと、知力全振りの連中だな。平和主義ではないが、揉め事は交渉で乗り切られる。戦でも中立国になることが殆どだ」


 「知力かぁ。別に城が紫色な訳じゃないんですね。あと一つだけツッコミいいですかね?」


 「言ってみろ」


 ずっと言いたかったんだけどさ。


 「薔薇なんてどこにも咲いてない!」


 「ワハハハ! そうだな! ただの識別情報でしかないからな。魔法や呪術を使う時、薔薇を使うことが多いのだが、それに準えて決められたのだろう。

 白黒の他に紫、黄、赤で五色」


 「黒薔薇も……実際の薔薇では紫ですよね。なのに黒と紫が……」


 「それは私も謎だ………決めつけた天使に言ってくれ。

 現代のヴァンパイアは人を無差別に襲ったりはせん。我が白薔薇城では抗依存薬を製造し、嗜好品としての血液は食事と同じく配給している。黒薔薇はワインを血に変える魔術を使う。なかなか進化してきているのだ」


 「聞きたいのはそこですけど………。白薔薇が配給してる血液は誰から……?」


 「うちは黄薔薇からの輸入だ。

 人間の中には採取希望者がいる」


 百合子先生がまっすぐ正面、盆地の東にある城を指す。


 「あれが黄薔薇城だ。黄薔薇は特に幻影、幻覚魔法に優れていて、口車が上手い女性中心の王族だ。人口の八割が女性で、人間たちをたぶらかしては血液を採取し、外交に持ち出してくる。石油王みたいなもんだ」


 「ヴァンパイアに体を差し出すメリットってなんなんです? 齧られたらヴァンパイアになりますよね?」


 「黄薔薇には特殊なまじないがあるらしい。人間は血を差し出し、代わりにヴァンパイアの特性を借りるのだ」


 「さっき言った幻術ですか?」


 「それは能力だ。得意な魔法の種類とでも言おうか。

 特性とは体質のようなもので、身も蓋もない言い方をすると、美形で傷もすぐ治る体になる」


 「えぇー何だそれ!! そんなんでヴァンパイアと関わる奴がいるんすか!」


 「あと、痩せるぞ」


 「絶対やらねぇ〜」


 うーん、ヴァンパイアも悪魔の一種だよなぁ〜。契約なんてするなら美容外科行くけど……考えられねぇ。


 「お前……ケラケラ笑っているが、今年の女優 清楚系ランキング一位の黒井 糊子も、ハリウッドスターのチャ・ブラウンも、有名所はほぼヴァンパイ……」


 「うわぁぁぁ、聞きたくないっす………」


 「ははは」


 そっか。美を仕事にしてる人間は死なない程度に血を提供して、絶世の美を手に入れるなんて上手いシステムなんだろうな。ドーピングみたいなもんだから、噂にならないだけで。


 「他には格闘家やスポーツ選手になるパターンもある」


 いるな。確かに。イケメン格闘家とか、美人トレーナーとか。傷が早く治るんじゃ、都合がいいよな。身体能力も高いし。ヴァンパイア契約万能すぎ……?


 「さて、どこか行ってみたい場所はあるか?」


 行ってみたい場所……?

 城は見たし、地獄の門も見れたし、特に……。


 「分かってて聞くんですけど、他の国は行けないんすよね?」


 百合子先生は一瞬考え込んだように見えたけど、すぐに指さした。

 そこはさっき話に出た紫薔薇の城だった。


 「あそこなら、連れて行ける。お前の顔を広めてやれるかもしれんな。

 だが、一つだけ条件がある」


 条件………?


 「この事を他のメンバーに言わないことだ」


 「おーん……」


 考えろ俺。なにかまずい流れじゃないか?

 一応、雇用主はセルだし。リーダーのトーカにも言えないとなると。


 「いや、遠慮します」


 百合子先生は断った俺を見下ろし、ニヤニヤと腕を組む。おっぱいが更に大きく見える……。


 「賢いものだ。ふふ。みかんとは大違いだな」


 みかん? まぁ、あいつは自分から「どっか行きたい!」とか言いそうだもんな。


 「では、茶でもどうだ」


 「あ、はい……」


 百合子先生は指を目の前に滑らせ、似たような魔法陣を描いていく。移動魔法で百合子先生が体力を消耗している様子はない。百合子先生っ魔力が強いのか? 一応、王族だもんな。庶民的な感じするけど。


 フォン………


 今度は手入れされた中庭に移動した。花はないが、テーブルと椅子、観葉植物が置かれたレンガ造りの空間。白薔薇の城の屋上だ。

 この国で一番明るい場所。

 それにしても、陽の光がこんなに有難いなんて、クロツキに来るまで思いもしなかった。アカツキは暗いものって思い込んでたし、自分の意思で帰れたからな。


 「……人間界にいると有難み感じない物がいっぱいあります」


 「そうだな。いいものだ。私はどちらの生活も好きだ」


 「それで、先生。

 なんか話があるって言ってましたよね?」


 「失礼致しますぅ」


 メイドが紅茶を運んできてくれた。水でさえ貴重なのに、さすが王族。それに比べて俺は恵まれてるな。鉢植えの観葉植物の緑でさえ尊く感じる〜………って、駄目だ〜俺!! ここにいたら悟りを開きそう!!


 「くつろいでくれ。菓子もあるぞ」


 欲に塗れろ!


 「いただきます!」

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