第23話 合流

 ピンポーン♪


 車にあった背広。完全に俺のサイズじゃねーか!あいつのそういう所ムカつく!


『はぁい。どなた?』


 「霧崎と申します。夜分遅く大変失礼致します平井様。私はローレック神父の助手でございます」


 平井家のインターホンを押すと、出てきたのは二十代の女性だった。少し肉付きが良く愛嬌のある顔つきをしている。素朴そうな女だ。

 でも、化粧は……まるで舞台女優のように濃い。もちろん悪い意味でだ。

 妹がいるとは聞いてない。一人娘のはずだ。

 まさか、この人が真弓さんなのか。


 「まぁ! どうぞこちらへ!」


 真弓さんは俺たちを招き入れようとしたが、そこにセルと実父の宏さんだと思われる男が現れる。二人とも顔が真っ青だ。


 「真弓、神父様はお帰りになりそうだから」


 「え?」


 玄関に初老の男とセルが姿を現す。このおっさんが平井 宏さんか。新婦の実父。


 「真弓さん、お父様にもお話しましたが、家は問題ありませんよ。

 ご自分を責めてはあいけませんよ? 神は皆をお守りになってくださいます。

 今日のところはこれで失礼致します」


 セルが逃げるように足早に廊下を歩いてきた。だが真弓さんが強引につきまとう。


 「まぁ、神父様。お帰りになるの?

 そうだわクッキーを焼いたの! いま包むからどうぞ皆さんで食べて? 待っててくださる?

 立ち話もなんですから霧崎さんもどうぞこちらに」


 真弓さんはキッチンに俺たちを誘導しようとしてきた。


 「こ、こら、真弓。ありがたいが、ローレック神父も予定があるそうだ」


 「あらぁ。じゃあ仕方ないかしら。

 すぐに包むから待ってて?」


 真弓さんがキッチンに消える。全員の口から安堵のため息が漏れる。

 宏さんはまるで捨てられた子犬のように、セルを見つめる。


 「神父様。私は……一体どうすれば……!

 あれは娘じゃない!」


 「ええ。分かってます」


(ユーマ、そっちは?)


(この家の物置小屋に魔法陣。新月で確認出来なかった。あと、なんかトーカが合流した)


 平井さんはセルの側に憑き物のようにくっつき纏い、項垂れている。


 「あぁぁ……。神父様……自分の娘くらい見分けがつく。

 あれは娘じゃないんだ。信じてくれ!

 …………アレと離れたい………殺されるかもしれない!

 頼む……!」


 真弓さんから霊気は感じなかったけどな。記憶喪失による人格障がいとかじゃないのか?

 いや、そうなったら物置小屋が不明か。壁紙の中にあったんだ。玄関の結界も。

 何かがあるのは明白だ。


(セル。何かあってからじゃ遅せぇよ)


(分かってるさ)


 セルがキッチンの様子を伺う。真弓さんはまだガチャガチャと音を立てて作業している。

 思い切ったように、セルが平井さんに向き直りしっかりと目を合わせる。


 「今すぐ出れますか? 貴重品もいりません。

 知り合いの司教の教会へ紹介しますので、寝泊まりできるよう手配しましょう。

 車の鍵は?」


 説得するまでもない。平井さんは力強い眼差しでセルの言葉に、素直に頷く。


 「そこに掛けてある。すぐに行ける」


 玄関入ってすぐ、岩塩の入った網のかかったフックに、鍵束が下がっていた。


 「今の隙に出ましょう」


 「ああ」


 そこへ足音が帰って来るのが聞こえる。まずいぞ。


 「お父さーん。手伝ってよ!」


 戻ってくる!


 「早く!」


 「あ、ああ。すまないな! もう少し話がしたいんだ。

 早く包んでくれ」


 「はぁい」


 真弓さんに姿を見せないうちに、俺たちは急いで逃げ出すことに成功した。


 *********


 公園のセルの車の側に、平井さんの車が横付けされる。

 急がないと、探しに来れる距離だ。


 「では平井さん、ナビで設定した場所に真っ直ぐ向かってください。

 あと、これを」


 セルは懐から十字架のペンダントと、何かの小袋を取り出して平井さんに渡した。


 「これは?」


 「あなたには加護がある。………感じるんです。

 これは聖なる水と魔除け、十字架です」


 平井のおじさんに加護?

 だがセルの言葉を、平井さんは鼻で笑い飛ばした。


 「はっ!

 俺はね、結婚する時に………信仰は捨てたも同然だよ」


 信仰?


 「え……? まさか平井さんって元神父だったんすか!?」


 俺の質問に顔を背ける。


 「ただの一信者だよ。

 妻の親戚の手前もあって、婿入りを機に信仰は捨てたんだ」


 まぁ、宗教ってだけで普通のやつは構えちゃうもんな。俺もだもん。胡散臭い新興宗教が多すぎる。

 でも、平井さんからは後悔の臭いがする。このおっさんは、純粋な信徒なんだ。宗教団体に所属しなくても十分、一人っきりで祈りを捧げる事が出来る。

 確かにこの人からは何かスッキリした……白い穢れのない臭いがする。何かに似てる……。

 あ、みかんだ。性格は違えど、みかんの性質に似ているんだ。


 セルが平井さんの手を取る。


 「いいえ。人が結婚をするのは当然の営みであり、ご親戚のために信仰を隠すのは現代社会に生きる我々にとって、必要なTPOですよ。

 ご自分を責めるのはいけません」


 ものはいいようだな。


 「貴方は、それでも毎日聖書を読み、神に祈りを欠かさなかったでしょう?」


 「………ただ、習慣付いてただけだがね」


 まじか。

 それが本当なら、悪魔から見ていちばん厄介なのはこの平井のおじさんじゃん。

 敬虔な信者ってやつだ。


 「連れ出せて良かったな」


 「ああ。

 とにかく問題が解決しましたら、連絡します」


 「ああ。わかった」


 セルと平井さんの話を影で聞いていたトーカは、少し機嫌が悪そうにしていた。


 「あんたたち、情けないですわね……」


 「トーカ、ありゃ仕方ないよ」


 セルが頭を抱える。

 ため息をつくトーカに、平井さんがフォローを入れた。


 「お嬢さん。本当だ。

 話をしようにも常に真弓がそばにいて、禄に会話も出来なかった。

 俺が一人で外出する事も許さないんだ」


 そら確かに異常だ。


 「家の中を内見出来ただけでも違いましたよ。

 あの、お聞きしたいのですが、真弓さんはおまじないや占いに興味はおありでしたか?」


 平井さんは首を横に振る。


 「無いよ。あぁ、妻はあったけれどね」


 奥さん?


 「朝の占いランキングとか、あぁいうの好きだったよ」


 朝の占いかぁ。それは多分こっちの業種に関係ないレベルの話だ。


 「じゃあ、これに見覚えはあります?」


 俺は描き移した魔法陣を見せた。


 「無いな。

 とにかく、俺はそういうものと無縁だったし。

 はぁ。なんでこんなことに……」


 「分かりました。

 とにかく出ましょう。俺達も平井さんも。早くここを離れないと」


 「では、失礼します神父様。このまま向かいます」


 「ええ。ですが、安全運転で。

 魔除けで目くらましは出来ていますが、何しろ正体が分からない」


 「ああ。そのようだ。

 お願いするよ」


 平井さんの車は少々荒っぽい運転で走り去って行った。


 「なぁ、知り合いの司教ってどこの人なんだ?」


 「みかんの高校の創立者の孫だよ。

 自宅は教会もあるし、学生寮も教員寮もある。一部屋くらいどうにかしてくれるだろ。

 長い付き合いでね。オカルトには肯定的な貴重人種だ」


 「へぇ〜」


 「さぁ。ユーマ、トーカ、乗れよ」


 乗れって……?

 この車のどこに三人目が乗るんだよ!

 トーカは当たり前のように助手席へと乗り込む。


 「うわ、ズルいなお前」


 「え? 気を使ったのだけれど。

 後ろなら仮眠出来るじゃない」


 こんな状況でグースカ寝れるか!


 「いや、話したいこともあるし寝はしないけど。

 え? 寝ていいの?」


 「疲れてるでしょう? 誰も怒らないわよ」


 この後、猫屋敷まで一時間はかかるよな。夜だから少しは空いてるかもしれないけど。

 そういうことなら………。


 「あ、じゃあ。遠慮なく横になるぜ?」


 「ええ。そうして。

 必要な時に戦ってくれればいいわ」


 セルが運転席に乗り込み、エンジンをかけながら俺たちを見る。


 「それで?

 トーカ、ゲートでこっちに来たのか?」


 「ええ。猫屋敷に着いて、つぐみんは車で待機させて私が入ったの。

 例のオレンジ色の部屋の扉を開けたら、突然あの蛇男が襲ってきて……部屋の証拠を荒らされては困りますわ。

 アカツキは新月でしたから、部屋の窓に入ったら平井家に繋がったの。

 偶然じゃないでしょうね」


 「トーカ、俺が描いたこの魔法陣知ってるか?」


 「ええ。空間と空間を繋ぐものよ。

 つまり平井家の誰かが猫屋敷に出入りしてたのよ」


 こっわ。何それ。

 俺は出されたセルの手に煙草を握らせる。


 「猫屋敷と物置小屋は繋がってたって証拠なんだな?」


 真弓さんはどうしてそんなことしたんだ。元々そんな趣味でもあったのか。例えば父親への反発心から悪魔信仰を始めたとか。


 「とにかく見てもらいたいものもあるのよ。

 今頃、つぐみんが解析してるわ。彼女の知識は大いなる武器だわ」


 「わかった。大福は戻ってていいな。

 ユーマ、大福に帰還指示を出してくれ」


 「お、おう」


 トーカはなんかただならぬ事態って感じだよな。そこまで言う、猫屋敷の状態ってどんなだよ。


 「トーカ、猫屋敷に何があった?」


 セルの問いに、トーカは言いにくそうに眉を寄せる。


 「リリスよ」


 「まじでっ!!? 地獄へ返したのか?」


 「いいえ。よく聞いて。

 祭壇があったの。あれは私とは違う異教の祭壇よ。

 そして鉄の悪魔封印の施された檻にリリスが繋がれてた。

 祭壇は血塗れで、ご遺体があったわ」


 「リリスが檻にいるっ!?

 あの蛇男がやったのか?」


 「ユーマ落ち着け。順番に整理しよう。

 遺体の身元は?」


 「性別すら識別できないほど腐乱してるわ。ハンドバッグの中の免許証には『平井 純子』と」


 「平井 純子は宏さんの奥さんだ。やっぱり死んでたのか……?」


 真弓さんが全ての根源……? いや、あの人は今、身体を乗っ取られてるようなかんじだ。

 何故霊気を感じないんだ?

 しかも中に入ってると思われた肝心のリリスは監禁されてる……?


 「つぐみんに祭壇を見てもらった方が早いわ。

 あの蛇男は……」


 「ああ、そうだろうな。敵は手練だ」


 それにしても。奥さんが亡くなったって、平井さんに言うのか?

 なんか、責任重大な役目だな。

 リリスを閉じ込めたのは真弓さん? いや、それも不自然なのか。


 「とりあえず、祭壇を見よう。

 ユーマ、お前早く寝ないと到着しちまうぜ?

 初日からまじで申し訳ないが、頼りにしてるよ」


 「はぁ? あ、ああ。んじゃあオコトバに甘えますケド」


 気持ちわりぃなぁ、急にかしこまって。

 頼りになんて………トーカの戦いを見たあとじゃ……俺なんて役に立つのかよ。

 でも、落ち込んではいられねぇ。

 今まで、時間を無駄にしてきたのかなって思うんだ。

 この一件が終わったら早速練習してみよう。行動あるのみ。俺はまだ止まらない止まれないんだ。


 「じゃあ、俺は寝させて貰うぜ」


 「ええ。おやすみなさい」


 「着いたら起こすよ」


 始発で新幹線に乗り込み、宮城に着いたのが昼前。

 一日長かったな。牛タン食えてねぇし。大福の唐揚げ美味かったよなぁ。そういえば、大福はずんだ餅とかなんとか言ってたよな? あれ、うぐいす餡と同じだろ?


 今までアパートで寝て、嫌でもアカツキ行って……迷子の人間を五人助けてたとして。そのうち報酬を振り込んでくれるのは、一人ってところだった。


 ちょっと変わった仕事だけど、自分より強いやつに使われて生活するのも悪くねぇな。気が楽だし、学べる。


 「おやすみ〜」

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