第20話-B面 辻村狂介は挨拶したい。

 俺――辻村狂介は新築アパート『メゾン・ド・トキトウ』の101号室の玄関前にいた。

 アニキの段取りで出所はできたわ住処も見繕ってもらったわ仕事は回してもらえるわでウハウハだ。全部時任のアニキのおかげだぜ。アニキに言われた通り大家に挨拶しないといけねえんだが、その大家がアニキの娘さんときてる。粗相があっちゃあいけねえ。


「とはいえ朝っぱらからピンポン鳴らすのも悪りいしなあ」


 どうせ時間はあるんだ。出てくるの待つとするか。

 俺は煙草に玄関前の駐輪場スペースに腰を下ろした。タバコを一本取り出し、火を点ける。めいっぱい吸い込んで吐く。うめぇ。久しぶりの娑婆での一服。たまらんね。



 十八本目を吸い終わり携帯灰皿に吸い殻を無理矢理ねじ込み、さて十九本目と思った時。

 101号室の玄関のドアが開いた。

 制服姿の女子高生が姿を見せたところへ、俺はずいと彼女の前に一歩踏み出し、頭を下げた。腰を直角に。最敬礼だ。

「おはようございやす!」

「えっ!?」

「俺ぁ、今日から102号室に住まわせていただきやす、辻村狂介と申します。以後お見知りおきを」

 頭を下げたまま目線だけを向けると、お嬢はびくっと身を竦ませた。

「ひっ」

「何かお困りのことがありましたら、いつでも連絡してくだせえ」

「け、警察を」

「お嬢? どうしました?」

 何かに怯えている?

 一体何に?

「どうって……」

 お嬢は家の中に振り返っている。

「なんすか? 誰かいるんすか? そいつに脅されてるんすか?」

「ち、違います!」

「大丈夫ですお嬢。俺が隣に越して来たからには危険な目には遭わせません」

「あの、さっきからお嬢お嬢、って」

「だってアンタ、時任のアニキのお嬢さんでしょう?」

 お嬢が口をへの字にひん曲げた。あら、こんな顔もするんですかい。

「あの人の……父のご友人、ですか?」

 あの人、ねえ。

「友人なんてとんでもねえ。アニキは俺の恩人でして。お嬢のことはアニキから頼まれてますんで、改めましてどうぞ宜しくお願い致しやす!」

 俺は再度頭を下げて、右手を差し出した。

 が、いつまで待っても俺の右手は握り返されなかった。


「んん?」


 顔をあげてみると、お嬢はそこにおらず、スタコラ逃げ出していく後ろ姿がちらりと見えた。


「まいったねどうも。男性不信はアニキのせいじゃねえんですかい?」

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