第14話「笑み」

第14話-A面 三波笑美は思い返す。

 アキラちゃんはご両親が帰った後、部屋に籠ってしまった。

 ご飯の時間にも姿を見せなかった。

 

「アキラちゃーん、ご飯置いておくねー」

 廊下から声を掛けて、お膳を置いておく。返事は無かった。

「あのね、部屋にいるから何かあったら声かけてね」

 それでもやっぱり返事は無かった。


 アキラちゃんはご両親とは合わなかったから。

 久しぶりに会って疲れちゃったのかな。

「大丈夫かなあ」

 私は自分の部屋のベッドにぼふっと倒れ込む。


 ……アキラちゃん、どうするんだろう。


 私はさっきのやりとりを聞いてしまっていた。

 海外かあ。

 行って欲しくないなあ。


 アキラちゃんの家は昔からあんな感じだ。

 ご両親との距離感はいつもあれくらい。

 遠く遠く離れている。

 私は思い出す――


 小学校二年の時、私がはじめてアキラちゃんを意識した日のことを。


 授業参観の前日、私は今思い返すと恥ずかしくなるくらいはしゃいでいた。

 理由はいたって単純。

 お父さんとお母さんが二人で見に来てくれるから、それが嬉しかったから。

 みんなもお父さんかお母さんは来てくれる。

 アキラちゃん以外は。


 その時の私は「かわいそう」と思っていた。

 授業参観当日までは――


 当日、急な用事でお父さんもお母さんも来られなくなった。

 それを告げられた時、私は泣いた。

 泣きながら学校に行った。


 教室では、誰もが慰めてくれた。

「エミちゃんかわいそう」

 そう言われた時、私は自分の醜さに気が付いた。


 私の傲慢さに。

 つまらない優越感に。


 アキラちゃんのことをかわいそう、と思ったことを強く後悔した。

 だから私はアキラちゃんの姿を探した。

 果たしてアキラちゃんはいつもの席に、いつものように、ぽつんと座っていた。

 いつもと違ったのは泣いていたこと。

 ただ真っすぐ前を、黒板の方を見て、声を殺して泣いていた。

 

 他の子のする同情や憐みとは違う、共感の涙だと私は思った。

 私なんかとは違う、本当に優しい人なんだと、そう感じた。

 気がついた時には私の涙は止まっていた。


 その時からだった。

 アキラちゃんに声を掛けるようになったのは。

 アキラちゃんと一緒に遊ぶようになったのは。

 アキラちゃんのことが気になるようになったのは。


 夕飯の支度をしようと思って廊下に出てみると、アキラちゃんの部屋の前には空になった食器が置いてあった。

「アキラちゃん、食べてくれたんだ。よかったぁ」

 食器を持ってキッチンへ向かう。

 せめて今日はアキラちゃんの好きなものを作ってあげよう。

 いつまでもこの状態が続くわけじゃない。

 ――明日には、アキラちゃんは何か決めるんだから。

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