第5話「クラス委員」

第5話‐A面 瀬戸環はクラス委員である。

 始業式のあった週末、金曜日。

 火事の一件以外には大きな出来事はありませんでした。

 あんなことがそうそう起きては困ります。


 ですが、週明けには進級直後の実力テストが待ち受けているのです。

 火事で一年次の教科書もノートも焼失した僕にはかなり厳しい状況です。

 不幸です……。


 帰りのホームルームで先生がその話をしました。

「週明けの実力テストは一学期の成績に関わってきますから、気を抜かないように自学してくださいね。それから進路希望調査の提出が今日までです。まだクラス委員に提出していない人は提出してから帰ること。それじゃ、日直――」

「きりーつ、れーい」

「はい、おつかれさま」

 

 先生が出て行った放課後の教室は突然騒がしくなります。

「テストだるいわー」

「進路希望調査の紙ってどこやったっけ?」

「知らないよー。まだ提出してないの?」

「つか、クラス委員って誰だっけ?」

「瀬戸とあの前髪長くて暗いカンジのえーと」

「ああ、あの陰キャな。名前知らないけど」

「あはは。私も知らね」


「おいおいアキラ、いじられてんぞ。ちょっと行ってシメてこい」

「無理ですよー。それに実際僕、陰キャですし」

「陰キャは事実でもディスられたら返すアンサーするのがラッパーだろうが」

「ラップのネタまだ引っ張るんですねレーコさん」

「へいよーちぇきぇらっちょ」

「……馬鹿にしてます?」

「お、いいね。その目だアキラ。その目でガツンと行ってこい」


「時任」

 ブツブツ言ってる不審な僕に声をかけてきたのはもう一人のクラス委員の瀬戸環せとたまきさんでした。出席番号は五十音順なので席が近いんです。

「あ、はい。なんですか?」

「キミが預かってる進路希望調査ある?」

「な、ないです。ごめんなさい……」

「謝ることじゃないでしょ。期限までに提出してない人が悪いんだから。――でも困ったわね。あと三人分足りないの」

「三人ですか」

「キミも含めてね」

「すっ、すみません!」

「キミのは後でいいから悪いけどの分、もらってきてくれないかな?」

 瀬戸さんが指差す先には陽キャ代表みたいな派手めの女の子がふたりいました。

 ……ええ、ハードル高いですよぅ。

 ふたりは今まさに帰ろうとしています。

「よろしくね。はいこれ、予備の用紙とペン。念のためにね」

「あっ、はい! い、行ってきます!」

 僕は大慌てで席を立ちました。


「おーおー、同じクラス委員に見事にパシられてんなあアキラ」

「僕が何もしてなかったんだから仕方ないですよ」

「ま、オマエがいいならアタシは構わねーよ」

 と、レーコさんと話しているうちに追いつきました。


「あの!」

 無視。スルー。つらいです。

 自分たちが呼ばれているとは思ってないみたいです。

「アキラの声がちっせえんだよ。腹から声出せ。あと正面に回り込んで、足止めさせろ」

「はいぃ」

 僕はレーコさんに言われた通りに、二人の前に回りこみました。

「あの、お帰りになるところすみません!」

「ん?」

「誰?」

「く、クラス委員の時任です。あの、進路希望調査を集めてて」

「えー? めんどくさくなーい?」

「なんかテキトーに書いといてよー」

「いえ、そういうわけにはいかないので、お願いします」

 僕は頭を下げてお願いしました。


 すると、小さく息を呑む音がして、その後で、

「わ、わかった。わかったら顔上げて!」

 ひとりは慌ててクシャクシャに丸めた用紙を僕に渡してきました。

 ……あれ?

 用紙を見ると学年、クラス、名前、進路希望の欄には「未定。進学かも」と書いてありました。

 いいのかな、これ。

「あのさ、あたし、紙無くしてんだけど……」

「こ、これに書いてください!」

 僕は瀬戸さんに持たされた用紙とペンを差し出して頭を下げました。

「あ、ありがとね……。ちょっと待ってて」

 さらさらっ、と書いてくれました。「進学。県外に出たい」だそうです。

「これでいい?」

「いいと思います。たぶん」

「んじゃ、よろしくね」

「そ、それじゃ」

 ふたりはそそくさと去っていきました。

 よくわかりませんけど、目的のものは回収できたので僕にしてはラッキーです!


「おいアキラ、あいつら一発殴ってこい。舐めくさりやがって」

「なんでレーコさんがそんな怒ってるんですか」

「そりゃオマエ……知らねーよ!」

「なんなんですか一体」

「殴りにいかねーならさっさと教室戻れや。クラス委員のメガネ女がお待ちかねだぞきっと」

 そうですね!


「瀬戸さん、貰ってきましたよ」

「え」

「え、って?」

「ほんとに? あのふたりから? すごいね」

「そう、ですか?」

「うん。私が言っても駄目だと思ったから、キミに丸投げしちゃったんだ。ごめんね」

「いえ、いいですけど」

 むしろちょっとでも役に立ててよかったです。頑張ってよかったなあ。

 ひょっとしたら今日はツイてる日なのかもしれませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る