第60話 特別急行列車、其の名に相応しく

「特急列車はこの鉄道の顔なんだし、愛称を付けようと思うんだ」

「愛称?」


 いつものリフテラート郊外の自宅の居間には、グリフィアとミアナ、それとミノさんにルーゲラさん。久しぶりに代官のロイゼンや観光協会理事長のカルマンさんなど、リフテラートの有志が集っていた。狼兄妹は久しぶりに使用人らしく、飲み物やら食事やらを忙しなく運んでいる。


「リフテラートの乗合馬車にも"ラメール"って名前があるように、今後の鉄道の顔となる特急列車にも親しまれやすいような名前を付けようと思うんです。そこで、皆さんの意見を聞こうと思った次第です」


 ラエルスが説明すると、反応は三者三様だ。

 公募でも良かったのだが、ここはひとつ、鉄道の黎明期を支えてくれた皆の意見を尊重しようという訳である。


「名前ねぇ。親しみやすいって意味じゃわかるけど、なかなか難しいんじゃないかい?」

「例えばどんなのが良いんだい?」

「街の名前やシンボルになっている山や海、動物の名前なんかでもいいですね」


 日本の鉄道での愛称がついた列車は昭和4年、東京から下関の間を走る特別急行1・2列車に「富士」、特別急行3・4列車に「桜」のそれぞれ名前が付けられたのが最初だ。

 これは公募により決められ、「富士」は1位、「桜」は3位だったという。

 ちなみに2位は「燕」で、昭和5年に東京~神戸間で運転された"超特急"の愛称として使われた。


 4位以降は「旭」「隼」「鳩」「大和」「鴎」「千鳥」「疾風はやて」と続き、全ての愛称がそれぞれ様々な場所で使われた。

 10位の「疾風」は地方によって赤痢などの急性伝染病の異称でもあるらしく避けられていたようだが、平成14年の東北新幹線八戸開業時に設定された列車名として使用されている。


 以降も特急や急行列車、準急列車や一部の普通列車にまで列車愛称は設定された。

 例えば東北に向かう列車なら急行「まつしま」、急行「ばんだい」、急行「出羽」というように。東海道・山陽方面に向かう列車なら急行「東海」、急行「さぬき」、急行「阿蘇」というように。急行については、それぞれ行先の地名が名前になる事が多かった。


 特急は、昼の特急なら「ひばり」「はつかり」「かもめ」など鳥の名前を使用したスピード感重視の名前が多く採用され、寝台列車については「彗星」「月光」「天の川」など天体をイメージした名前が多くつけられた。


「シンボルですか…」

「スピード感ねぇ」


 確かに一口で言っても、なかなか候補が色々あって大変だろう。その名もずばり「オルカル」と名付けてもいいが、東京~大阪間を走る特急に東京号と名付けるようなものだと考えるとなかなかに違和感がある。


「バサル峠を短時間で安全に上り下りできるようになったのは鉄道のお陰ですから、その名を取り入れるのはどうでしょうか」


 口を開いたのはロイゼンだ。いつも執政を任せっきりにしててすいません。


「確かにいいね。でもあたしとしちゃ、せっかくオルカルからこの街リフテラートに観光で来る人が増えそうなんだ。できればリフテラートにちなんだ名前も入れてくれると嬉しいねぇ」

「そうですねぇ。ウチの宿も開通してからはお客さんが増えてるし、その意味じゃあってもいいかもしれんね」


 ルーゲラの言葉にミノも追随する。確かに上野から草津温泉を目指した列車は「草津」や「白根」、名古屋から伊勢に向かう列車に古くは国鉄の「伊勢」、現在では近鉄の「伊勢志摩ライナー」があるように、観光地へ向かう列車の愛称はその先の観光地の名前が付くことが多い。


「すると、ラメールの馬車として有名になってるぐらいですし、その名前を借りますか?」

「それもいいけどねぇ。せっかくなら、この海の名前を借りるとか」


 色々と議論が盛り上がるうちに、ある質問が飛んだ。


「ラエルスさん。例えば、偉人の名前というのはどうでしょうか」

「偉人……ですか」


 例はある。JR九州で走っている観光特急「いさぶろう」「しんぺい」だ。列車の走る肥薩線が開業した当時の逓信大臣山縣伊三郎と鉄道院総裁の後藤新平の名前をそれぞれ取ったものだ。

 またかつては、同じく九州で「シーボルト」という列車もあった。これも江戸時代に来日し西洋医学を日本に広めた、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの名前を取ったものだ。


「しかし偉人の名前となるとねぇ、思い当たるのなんて一人しかいない……」


 ルーゲラの言葉と共に、全員の目線がラエルスに集中する。


「い、いや、いやいや、ちょっと待ってくださいよ。だからって自分って事は……」

「何言ってんのさ。魔王を倒して世界を平和に導いて、鉄道なんて新しいものを一から作り上げて便利な移動手段を作り上げたんだ。これを成し遂げた人が偉人でなくて何だってんだい?」


 それを言われると反論できない。いや、別にラエルス自身、自分が偉業を成し遂げたとかそれによって世界がどう変わったかなど大して気に留めているわけでもない。

 別にこれまでの功績を笠に着て執政に参加するつもりも無いし、英雄商売をする気も無い。


 魔王を倒したのは使命感ではなく、単に流れでそうなってしまったから。

 鉄道を作ったのは、馬車移動に嫌気がさしたからだ。


 だが本人がそのつもりでも、周囲の目線としてはそうなってしまうのだろう。それはまだ理解できるが、自分の生きているうちは自分の名前を列車名にするのはやめてほしい。


バサル・シレッタバサルの鳥、というのはどうでしょうか」


 口を開いたのはカルマンだ。皆がなるほどと頷く。

 シレッタというのがこの国での言葉で"鳥"と言う意味だ。かつてバサル峠を苦心しながら越える旅人たちが上空を悠々と飛ぶシレッタを見て、あの鳥のように空を飛んでいければ楽なのにと呟いたという。

 その事から、これこそがバサル峠を越える鳥だぞと言う意味で提案したのだそうだ。


「成る程……口伝になぞらえるというのはいいですね」

「確かに。鉄道が出来る前にオルカルへ向かう時は、私も空を見上げて鳥を羨んだものです」

「いいねぇ。特急がどんな役割を持ってるのか、一発で分かるし」


 満場一致で、新しい特急列車の名前は"バサル・シレッタ"と決まった。役割は、リフテラートやマグラスなどの海岸線の街からオルカルへと至る最速の手段。この鉄道の看板であり、目玉商品だ。


 内装もこれまでの列車よりさらに豪華に。木製客車なのを活かして、逆に隅々にまで彫りや透かしをいれたりして、特急列車と言えどもともすれば観光列車のようだ。

 また車内灯も無機質な物から場所によってはシャンデリアのようなものにしてみたり、随所に金細工なども施したりもしたアグロの意気込み通り、王宮の装飾にも負けていないだろう。


 となるとその王宮の反応が気にならないでもないが、一応海軍に話を通したら二つ返事で内装については許可が下りたのでこれはもう考えないこととする。

 後からごちゃごちゃ言って来たら、その時はその時ということで。


 *


 発車10分前、バサル・シレッタの名前を冠したヘッドマークも華々しく、リフテラート駅には特別急行の一番列車が8時丁度の発車を待っていた。


 リフテラートとオルカルをそれぞれ8時丁度に発車し、所要時間はぴったり10時間。お互いに18時に終点に着くダイヤとなっている。表定速度は約50キロ、アグロたちドワーフの技術力の結晶と言ってもいいこの列車は、既存の列車よりもはるかに速いスピードでの走行を可能にした。


「最初はオルカルまで3日って言ってたっけ?」

「ああ…言った気がするな。でもどうだ、朝に出れば夜には着くようになったじゃんか」


 最初にグリフィアに鉄道の話をした時には、確かに3日以内が目標だった。それだって馬車に比べたら格段なスピードアップなのだが、カルマンさんやミノさん、ルーゲラさんたち沿線住民の協力。ドワーフの皆の技術力と飽くなき探求心。海軍鉄道隊の兵士たちのとてつもないマンパワー。これだけの協力を得られたからこそ、両駅間を10時間で結ぶという結果に繋がったのだ。そう考えると、まったく頭が上がらない。


「なんか初めてこっちに来た時のこと思い出しちゃうなぁ。この辺なんか何も無かったはずなのに」


 リフテラート駅近辺は、最初は中心部から少し離れた更地だったのだ。それが今では立派な駅舎、駅前には乗合馬車が並び列車から吐き出されるお客さんを待っている。

 その周りには新しい商店や宿が立ち並び、最初は移動なんてするものでは無いと言われた夜の間でさえ、各商店や食堂からは灯りが漏れて旅人たちの談笑は絶えない。


 街の中心部も来た頃に比べれば見違えるようだ。一部はゴーストタウンかと言うぐらい暗い場所もあったのに、今ではその隅々に乗合馬車が通り、大小さまざまなお店や宿がお客さんを待っている。


「人も増えたよな。ぶっちゃけ最初は、観光地というにはあまりにみすぼらしいとまで思ってたけど…」


 ラエルス達が来てからというもの観光客数は右肩上がりを続け、いまや周辺国の中でも有数の観光地に成長した。

 ユリトース海運が運んでくる海外からのお客さんも多く、船でマグラスに来てからリフテラートとオルカルを観光するのがゴールデンコースになっているようだ。もちろんそれに鉄道が大きく寄与していることは言うまでもない。


 街に移住する者も増えた。平屋の家は2階建や3階建に建て代わり、最初に作った鉱山線の沿線にもじわじわ家が増えてきている。

 当然ラエルス領内の住民が増えるということは税収もその分増えているのだが、入ってきたそばから道の舗装なり補修なりに使っているので全然貯まってないのは公然の秘密だ。


「沿線の街もだいぶ賑わってるもんね」

「そういやリューゲルも人口流出が下げ止まったみたいだしな」


 リューゲル商工会のアムからも、鉄道全通や特急運行開始の度に祝電が届いている。

 あちらでも最初こそ乗合馬車の導入に懐疑的だったものの、今となっては諸手を挙げて開業してよかったなどと言っているらしい。アムも鼻が高いとか。


 沿線の他の街でも発展著しく、ただの交換所代わりとして開設した駅でも周辺に集落が形成されている場所もある。

 これから20年、30年も経てばそれらはやがて街となるだろう。既存の街はもっと大きく、発展を遂げているに違いない。


「あ、そろそろ発車みたいよ」

「だな。俺たちも乗るか」


 自分とグリフィアの席の辺りから、窓越しにミアナやイーグル、ジークとルファが早く来てと手招きをしている。近くのドアから乗り込むと同時に、発車の笛合図が鳴った。


 腕木信号がガタンと音を立てて「進行」を現示する。それを確認した駅長が、手に持っていた緑色の旗をあげた。


「特急2列車、1番線より発車!」


 続いて機関士と機関助士が指差喚呼を行う。


「1番線、出発進行!」

「1番線、出発進行!」


 汽笛一斉リフテラートを、はや我が汽車は離れたり。街の間に見え隠る、海を旅路の友として。


「なんてね」

「どうしたの?」


 名に恥じぬ快速を発揮する特急列車の窓枠に肘をついて、ラエルスは笑った。


「いや、なんでもない」


 ——————————


 これにて完結です!60話にわたり、お付き合いいただきありがとうございました!


 11時にあとがきも投稿します!

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