異世界に転生できるわけでもない普通の男子高校生の俺は、このままではモテないのでとりあえず新興宗教でも作って女の子を信者にしてハーレム作ろうと思うんだが

おぎおぎそ

序章

プロローグ ハーレム王に俺はなる!


 モテないのだったら宗教を創ればいいじゃないか。



 そんなことを唐突に思ったのは、六時限目の倫理の授業が終盤に差し掛かったころだった。

「今日やった三大宗教の話は重要だからな。中間考査の前にしっかり復習するんだぞ」

 黒板には授業のポイントが綺麗にまとめられており、先生はそれを指さしながら講義の締めに入る。それを見て俺も自分のノートに目を落とすが、そこには大量のミミズがのたうち回っているだけであり、この画期的なアイデアを閃くまで俺が睡魔と激戦を繰り広げていたことをはっきりと思い出させてくれた。

 くすんだ壁に掛けられた時計を見ると、授業終了のチャイムが今にも鳴らんとしているところだ。春から初夏にかけてのこの時間帯は、暖かな日差しと爽やかな風の心地よさで、ついつい眠気を誘われてしまう。それがつまらない授業の最中となれば尚更だ。


 しかし今、俺の瞳は数分前とは比べ物にならないほど冴えわたっていた。

「えー世界三大宗教は、仏教、キリスト教、そしてイスラム教の三つだ。これは大丈夫だな?」

 この世界には莫大な人数の信者を擁する宗教がある。その最たる例が、今先生があげた三つだろう。

「どれに関してもそうだが、こういった宗教は人々が現世の苦しみから逃れるために発達してきた」

 人々が悩みを抱え、そしてそれを誰かに救ってもらおうとするのは、いつの時代も万国共通だ。世界的なものからどこか怪しげなものまで、俗に宗教と呼ばれるものは全て心の痛みを和らげるために生まれたと言っても過言ではない。

 救いようのないほどの地獄から掬い上げられるために、人間は教えを信じ、絶対的な存在を創り、それを広めた者を崇める。

「これらの宗教が生まれてから現在に至るまで、関連した文化が形成されたり、あるいは宗教間で対立が起きたりもした。これは今後の授業にも深く関わってくる重要なポイントだ」


 さて、ここで一度考えてみてほしい。

 宗教を開いた存在、すなわち開祖は、信者たちによって信仰という名の一種の好意を得ている。その宗教の信者数にもよるが、大方の場合、それは普通の人間が一生のうちに向けられる好意の量を遥かに凌駕しているはずだ。もし仮に街中を歩こうものなら押しかける人々で交通網は麻痺し、テレビに映ろうものなら歴代視聴率ランキングは一瞬で更新される。


 ということは、である。

 宗教の開祖こそが、世界一のハーレム王なのではなかろうか。

「このことからもわかるように、現代に伝わっている宗教は数多くの人間の力によって支えられてきたといえる。人類の発展と宗教の発達には大きな関係があるんだ」

 先生はまとめを続ける。

 さて、当然のことながら人口の約半分は女性である。地球規模で考えれば約三十五億、この学校の生徒レベルでも四百人は女の子なのだ。

 と、ここまで考えれば先ほど俺が閃いたアイデアの素晴らしさがよくわかるはずだ。

 宗教を創る、というのをここでは俺がこの都立茜高校で、迷える乙女達の気持ちに寄り添っていくという事としよう。つまり、俺が彼女たちのカウンセラーのような存在になるということだ。それによって彼女たちを安息へ導くことさえできれば、俺は開祖として教徒達から多くの愛情を注がれることは間違いない。

 それを繰り返していけば、あら不思議。あっという間にハーレムが完成するというわけだ。


 おっと、勘違いしてくれるな。俺はそこらの女たらしのダブルクォーテションマークがバリバリについたリア充とやらを目指しているわけではない。

 このアイデアのミソとなるのは、教徒達、すなわちハーレムを形成する女性達にもきちんと利があるということだ。

 先ほども言ったように、そもそも宗教というものは様々な苦痛から逃れようとする心理から発達してきている。つまり俺が開祖として彼女達のストレスを何らかの形で解消しない限り、彼女達が信仰心を抱くことはなくハーレム創成など望むべくもないのだ。


 しかし裏を返せば、それは女生徒達の悩みを払拭することさえできれば信仰という名の好意を長期にわたり得つづけられるという事でもある。

 俺はハーレムを手に入れ、信者達は苦痛から逃れ幸福となる。これほど画期的な相利共生システムが未だかつて存在しただろうか? いわば俺は女の子という可憐なクマノミを守るためのイソギンチャクなのだ。


 そうと決まれば善は急げ。幸いなことに俺は口が上手い。この授業が終わったらすぐさま、いかにも悩みを抱えてそうなスクールカーストの中の下くらいに位置している女子達に声をかけて――。

「おっ、チャイムなったな。今日は事前に連絡したようにノートのチェック日だから回収よろしく。……あと、授業中に四十分間も寝ていた罰として、回収したノートは雨宮が職員室まで運んでくるように」

 無機質な機械音が鳴り止むのと同時に先生が以上、と告げ、すぐさま委員長は号令をかけた。


 なんということだ。何で俺がそんな雑用を押し付けられなきゃならん。逆に十分間も起きていてやったんだから誉めてほしいぐらいだ。

 そんな心の声は届くはずもなく、先生はそそくさと退出し、周囲の生徒たちも一斉に帰り支度を始めてしまった。もちろん、先ほど目を付けていたあの女子も。

「仕方ないか……」

 いまいち納得できない気分ではあるが、ご指名が入ってしまった以上そこに逃げ道は存在しない。生徒という存在のなんと無力な事か。このパワーバランス解決のために、国連とかそのあたりは早く動き出してくれ。


 そんな事を思いつつ、俺はリュックサックに自分の荷物を詰めると、色とりどりのノートが乱雑に積み上げられた教卓へと足を向けた。

 冊数を数え、ノートが全員分あることを確かめる。

 それらをきれいに重ね小脇に抱えると、俺は騒がしさを背にして職員室へと向かい始めた。

 まあいいさ。

 今日はあの退屈な授業のお蔭で、文字通り目の覚めるようなアイデアを思いつけたんだ。

 このノートに書かれたあの名前も、この名前も。皆俺の者にしてやる。

 抱えきれないほどの野望を胸に、俺は心中で大きく息を吸い込む。



 崇めろ‼

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