シェンドトーマス

エリー.ファー

シェンドトーマス

 大きな岩が僕の家を壊したのだ。

 そう、色々な人に言ったのだけれど誰も信じてはくれなかった。

 悲しいけれど、それが事実だ。

 本当のことを話せば、何もかも理解してくれるというのはかなり都合のいい幻想であり、それが歪むことはほぼほぼない。歪み切った意思によって生まれ出たものであるにもかかわらず、何故か確固たる存在としているものなのである。

 岩はよく喋った。

 基本的に政治のことばかり喋った。

 僕は余り政治には詳しくはないし、たいして興味もない。知識を得て、思考を巡らせたところで何が変わるというのだろうか。変化しないということだけは分かり切っているのだから、そこに必死になったらその分だけ悲しくなるのは目に見えている。

 僕と岩は何故か仲良くなった。

 母親はそんな岩、壊してしまいなさいと言うけれど。

 僕は兄貴が欲しかったので、岩が時折その役割を果たしてくれるところが、それはとてもとても嬉しかった。

 僕には昔から友達というものがいなかった。母親や父親が友達を作らないようにコントロールしていたせいもあるだろう。そういう中で、何度も何度も心がすり減っていくような気分にもなったし、何度も何度も同じことを繰り返している不幸に嫌気がさしたこともあった。

 一種の宗教のようでもあったから、それまた余計に僕の中に嫌悪感を生み出させた。

 岩は、それを打破する。

 というような都合のいい役を担ってくれるわけもなかったが。

 僕はそれでも期待してしまったし。

 また、それで心からいいと思っていた。

 現状が打破されないとして、それでもそのきっかけとなるものがある、と思うことが希望そのものになるのだ、ということを肌で感じていたのだろう。

 僕は、僕の今後の人生をいかにデザインするかということに非常に執着したいたのだろう。

 それは今も変わらないし。

 おそらく。

 死ぬまで変わらない。


 岩のことを考えるのはやめたほうがいい、とのお達しが出た。

 二百年も前からの岩についての哲学や、岩を神として崇める宗教。

 それらに終わりを告げるべきとの考えが世の中に発表されたのだ。

 誰が考えて、であるとか。誰がそう思ったのか、であるとか。誰がそのことを大切だと感じたのか、というのは余り考えない方が良い。

 そういうものであるから、そういうものなのである。

 これ以上のものはない。

 岩はこうして、ただの石に成り下がった。別段、見下すであるとかそういうことではないのだ。ただ、岩ではなくなった、ということである。

 元々、岩だから何なのだ、ということでもある訳で。

 気がつけば少しずつ岩に関係する店は閉店していった。それが当然の流れではあるのだが、今までの異常さが正常さの皮を被っていた時間が余りにも長すぎたのだ。


 岩がいつかこの世から消えてなくなること自体はなんとなく分かっていた。

 けれど。

 何も決めることができていなかった。

 岩に対しての思いが強かったのか、それとも当たり前のように存在していることに感謝がなかったのか。

 よく分からない。

 専門家の間では、岩は人間のことを嫌いになってしまったのだそうだ。それが人間にとっては不幸だった訳だが、岩の権利を守ろうとする協会からすればその一つの結論には価値があるとの評価もあり、多くの視点からこの岩の消失という現象が観測、分析されることとなった。

 いつか、僕たちは人間をやめてしまうのだろう。

 その時、何が生き残り、何が求められるのか。

 いや。

 もう求められているのだろう。

 結局人間は命以上のものを、生き方以上のものをエンターテイメントとして認めていないのだ。

 それが全てだ。

 きっと、岩を通してそんな未来を望んでいたのだと思う。

 もう、間もなくそれらは供給されるだろう。

 需要はかなりある。

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