第18話 コスクァ
《コスクァ視点》
八年前。
コスクァが初めてエナに出会った時、エナの瞳は気持ちにひどく引っかかってくる目をしていた。
十歳の少女の黒い瞳。
頭からかぶった貫頭着は血と
無表情で覇気も元気もなく、空虚が服を着たようにすら見えた。
「俺が教えてやれるのは、仙術気身闘法の中でも、落魂拳っていう人殺しの武術ぐらいだぞ」
エナと言うらしい少女の、一見ぼんやりしているような視線が、禍々しい色を帯びた。しかし、それは憎しみよりも悲しみを抱いた光で、コスクァを憂鬱にさせるのに十分だった。
「うん」
声も憂鬱だった。きっと、本来は明るく甘えたような声だったものが、今は黒く濁っている。
コスクァとエナを引き合わせたのは、ヴィオシュトリという王国の呪術師長で、言うなればコスクァの上司の一人だ。
王国の諜報部門としての正式命令で、決して逆らうことはできない。
一度、空を見上げた。
曇天。
空全体が重く、湿っけた風はまるで体中にまとわりついてくるようだった。
「こりゃあ、一雨来そうだな」
黙ってエナも空を見上げた。
もうしばらくすれば、雨はやがて雪になるだろう。なにもかもを凍らせて閉じこめる冬がくる前にチチメカを離れよう。考えるのは、それだけにした。
†
一緒に生活してみると、不気味な少女だということはすぐ分かった。
狩りも、身の回りのこともそつなくこなし、言いつけはよく守り、武術の素養もある。
頭の回転も早く、とても十歳には思えなかった。
ただ、しばしば焚き火や川や木を見つめてはずっと静止しているのだ。
用がなければ口も開かず、黙々と邪気を心の奥で練っている。
この世に、居場所のない人間はいつでもどこにでもいて、何かを背負わされ、背負いきれずに無駄死にしていく。何一つ珍しいことはなく、ただの現実が形を持って目の前にいる。ただそれだけだ。
「じゃあ、そろそろ始めるか」
誰にともなく言った。エナはろくに返事をしないせいで、このところ独り言が格段に多くなってしまった。
エナが王国の子として、普通に生きられる道はないものか。
不憫な子供を見ると、ついそう思ってしまう。ここ数日、なんとなくそう思えて、だらだら南に向かって進んでいた。
徹底的に鍛え、鍛える途中で死んだとしても、やるしかエナには生きる道がない。
とんだ面倒事を、押しつけられたものだった。テノチティトランに帰還したおりにはヴィオシュトリに大金を請求してやろう。
立ち上がって、エナを見下ろすと蹴れば飛んでいく小石のように思えた。
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