あのクリスマスをもう一度
ジェリージュンジュン
第1話
*
あるクリスマスの夜
その喫茶店には
不思議なツリーがあった
そして
俺は
20年前の世界に
タイムスリップしていた
―――――
*
「ほんとにいいの? こんなことして」
「今回だけだから」
「僕は知らないからね」
「責任は私がとるから」
「はいはい、じゃあ、知らないふりしておけばいいんでしょ」
「ありがとう」
「でも・・・どうして、そこまで?」
「決まってるじゃないか」
こんなに素敵な
クリスマスの夜なんだから。
――2009年12月24日。
ジングルベ~ル~♪
ジングルベ~ル~♪
ふう。
町は、すっかりクリスマスムードだな。
そりゃそうか。
今日は、12月24日。
今夜が本番だもんな。
だが、そんな素敵な聖なる夜に、俺は、一人、さえない喫茶店にいた。
俺の名前は、斎藤涼太郎(りょうたろう)。
約1年ぶりに地元に戻ってきた。
ふう。
この場所も、すっかり喫茶店で定着してるな。
昔は、ここは駄菓子屋だったが。
時代の流れだな。
去年のイヴにもこの店に来ているが、どうやら、オムライスがマスターの一押しメニューのようだ。
しかし、まあ、見た目は、どこにでもある、こじんまりとした喫茶店だな。
「すみません、オムライス」
「はーい」
まっ。
とりあえず、俺も看板メニューを注文しようかな。
ふう。
さてと、
キョロキョロ。
キョロキョロ。
ハハッ。
しかし、まあ、なんというか、やっぱりというか、クリスマスイヴの夜には、こんな普通の喫茶店には誰も来ないんだな。
いや、この店は、普段からお客は、そんなにいなかったっけ。
まあ、どっちでもいいか。
しかし、まあ、店の隅々まで見渡しても、誰一人・・・
ん?
おっ、一人いるな。
柱のそばに置いているクリスマスツリーに隠れて見えなかったが。
女性が一人いるな。
ウォークマンを聞きながら、小説か何かを読んでいるな。
へぇ。
こんなイヴの日にも、女性が一人でコーヒーを飲みにくるんだ。
深くかぶった帽子で、顔ははっきりと見えないが、綺麗な顔だちをしてそうだ。
まあ、どうでもいいことだが。
そう。
女性にそれ以上、興味を持つことはなかった。
俺が、本当に興味を持っていたのは、柱のそばの物体。
クリスマスツリーだ。
あぁ。
葉山さん。
もう会えないのかな。
奇跡はもう二度と起きないのかな。
でも、俺は信じてるんだ。
だから、
だから、クリスマスイヴの今日、この喫茶店にやってきたんだ。
葉山さん。
あぁ、葉山さん。
会いたいよ。
会いたくてたまらないよ。
神様。
もう一度。
もう一度だけ、あの奇跡を。
――1年前。
ジングルベ~ル~♪
ジングルベ~ル~♪
2008年12月24日。
町がすっかりクリスマスムードなイヴの日。
久しぶりに、ふらっと地元に戻ってきた。
「ここでいいか・・・」
カラン、コロン、カラン~♪
小腹がすいた俺は、ふと目に入った、さびれた喫茶店に足を踏み入れていた。
俺は疲れていた。
疲れきっていた。
年も30歳になり、仕事もうまくいかず、生活に疲れきっていた。
恋人もいない。
ましてや、暖かい家庭なんかあるわけもない。
疲れきっていた。
「オムライスおまたせしました」
おっと。
もうできたのか。
白いひげをたくわえた60歳すぎのマスターが、注文したオムライスを持ってきてくれた。
メニューのアピール具合から見て、どうやら、この喫茶店はオムライスが一押しらしい。
さてと、とりあえず、食べるか。
でも・・・
ふぅ。
これからどうしようか。
そろそろ、人生を真剣に考えなきゃな。
転職や結婚。
いろいろ考えなきゃ・・・
そんな時だった。
「あ・・・」
あれは・・・
ふと、店の片隅に置かれているクリスマスツリーが目に入った。
あぁ。
綺麗だ。
そういえば、小さいころは、よくツリーの飾りつけをしてたっけ。
10月ぐらいから始めて「早すぎる」って怒られたこともあったっけ。
そうか。
あの頃から、もう20年も経っているのか。
昔は、何も考えずに毎日を楽しく過ごせてたな。
それが今はどうだ。
苦しい日々しか浮かばないよ。
だからだろうか。
ピカピカ光るツリーが、すごく輝いて見え始めていた。
あぁ、綺麗だ。
すごく、綺麗だ。
俺は、疲れきった日々をねぎらうかのように、しばらく、そのツリーに見とれていた。
「マスター」
俺は言った。
「あのツリー、すごく綺麗ですね」
「あぁ」
マスターは言った。
「6歳になる孫が楽しそうに飾りつけしたんですよ。何ヶ月も前から」
クスッ。
昔の俺と一緒だな。
「見てくださいよ。七夕みたいに、願いごとを書いてるんですよ」
ん?
願いごと?
俺はツリーに近づき、ぶら下がっている紙をのぞきこんでみた。
どれどれ・・・
≪電車のおもちゃがほしい≫
なるほど。
確かに書いてるな。
ん?
もう一枚あるぞ。
≪お客さんが来ますように≫
ひょっとして・・・
「マスター、これは?」
「それは、私が今日、書いたんですよ。孫にせかされてね」
ハハッ。
やっぱりそうか。
「まったく、子供の相手は大変ですよ」
でもね、とマスターは言った。
「願いが叶いましたよ。だってあなたがいらっしゃってくれたから」
「え?」
「実はこの店、あまり人気がなくてね・・・」
ま、まあ、そんな感じかな・・・
「昔は、親が駄菓子屋をやってたんですよ。それを改造してこの喫茶店を始めたんですが、いかんせん、素人がやってるもので・・・」
だから、とマスターは言った。
「イヴの日なんかは、めっきり。みんなオシャレな店に行くからね」
なるほどな。
やっぱり、人それぞれに悩みはあるものだな。
俺は、マスターの身の上話に、じっくりと耳を傾けていた。
すると、その時。
バタン!
「おじいちゃん、遊ぼう~」
電車のおもちゃを握りしめた子供が、カウンター奥の扉から飛び出してきた。
「おっ」
俺は言った。
「マスター、電車のおもちゃ、買ってあげたんですね」
「あぁ」
マスターは笑った。
「買おうと思ったら、商店街の福引きで当たったんですよ。本人は願いが叶ったって大喜びですよ」
ハハッ。
いいな、子供はむじゃきで。
「ねぇねぇ、おじちゃん」
ん?
なんだ、なんだ?
くったくのない笑顔で、子供が俺に話しかけてきた。
「おじちゃんも、願いごとを書いてみてよ。あのツリーは願いごとを叶えてくれるんだよ」
ハハッ。
子供には叶わないな。
「よし」
俺は言った。
「じゃあ、おじちゃんも書いてみようかな」
さてさて。
言ったはいいが、なんて書こうか。
≪営業成績をあげてください≫
だめだ。
夢がなさすぎる。
≪大金持ちにしてください≫
ん~。
欲が丸出しだな。
もっと、こんなイヴの日ぐらい、夢のある願いごとがいいな・・・
ん~、何がいいかな・・・
ん~・・・
「ん・・・?」
なんだ?
マスターとあのお孫さんが、何かごにょごにょ話してるな。
何の話をしてるんだ?
俺は二人の会話が気になり、そっと聞き耳を立ててみた。
――
―――
――――
「ほんとにいいの? こんなことして」
「今回だけだから」
「僕は知らないからね」
「責任は私がとるから」
「はいはい、じゃあ、知らないふりしておけばいいんでしょ」
「ありがとう」
――――
―――
――
なんだ?
いったい、なんの話をしてるんだ?
ん~。
でも、まあ、いいか。
人の家庭のことに首をつっこんでもしょうがないか。
それよりも、願い事はどうしようかな。
願い事、願い事・・・
あ・・・
そうだ。
こういうのがいいかな。
『20年前に戻って、素敵な人生をやり直したい』
ハハッ。
こりゃ、いいや。
何も考えずに毎日を楽しく過ごしていた小学生時代。
もう一度あの頃に戻れたら、楽しいだろうな。
よし、これでいいや。
ファサ。
俺は紙に書いて、ツリーにそっとぶら下げた。
「さてと・・・」
オムライスを食べるか。
俺は、席に戻ろうとして、くるっと振り返った。
――すると。
「あれ・・・?」
え・・・?
そこに、オムライスはなかった。
代わりに、ところせましと並ぶ、水飴や、チョコレート、ラムネなどが目に入った。
「え・・・?」
お菓子・・・?
なんでだ?
この店、こんなものまで、売ってるのか?
喫茶店なのに?
こんなにいっぱいのお菓子を??
いや、まてよ。
おかしい。
おかしすぎる。
店内、どこを見ても、駄菓子屋そのものじゃないか。
あれ・・・?
駄菓子・・・?
そういえば、マスターが、昔はここは駄菓子屋だったって・・・
「え!?」
ちょ、ちょっと待てよ!
ダダッ!
俺は、急いで店の外に飛び出した。
そして、
ガバッ!
向かいのタバコ屋に売っている新聞に飛びついた。
今日は何日だ!?
いったい、何日なんだ!?
俺は、目を見開いて新聞を覗き込んだ。
――すると!
『1988年12月24日』
はっきりと、そう日付が書かれてあった。
「え・・・?」
なんてこった。
「う、うそだろ・・・」
どうなってるんだ、いったい。
周りの景色を見ても、俺が小さいころ見てた風景そのまんまだ。
なんてこった。
願いが叶っちまったよ。
まさか、本当に、
20年前の世界に来ちゃうなんて。
――1時間後。
俺が20年前にタイムスリップしてから、1時間が過ぎようとしていた。
1時間の間、どこをどう歩いたのか、あんまり覚えていない。
フラフラ、フラフラと、
放心状態のまま、トボトボと歩みを進めていた。
どうしよう?
どうすればいい?
そう。
俺は、行き場のない自分の状況に途方にくれていた。
この時代には、俺の居場所はない。
自分の家に行っても、どうしようもない。
だって、この時代の俺は、小学生なんだから。
こんなおっさんが家に行っても、実の親に、警察に通報されるに決まってる。
どうしよう?
どうすればいい?
「あぁ・・・」
ダメだ。
どうしようもない。
ペタン。
俺は、全身の力が抜け、道端に座りこんでしまった。
その時だった。
「大丈夫ですか!」
え?
「どうしたんですか!?」
一人の若い女性が話しかけてきた。
「あっ、いや」
俺は言った。
「な、なんでもないです。ただ、帰る場所がなくて、どうしていいかわからなくて」
「え!?」
女性は驚いた。
「帰る場所がないんですか!」
「あっ」
やばい!
さらに、興味を持たせてしまった!
「あ、いえ」
俺は、さらに言った。
「ここがどこか分からないっていうか、なんでここにいるのか分からないみたいな・・・」
「え!?」
女性は、さらに声を荒げた。
「記憶喪失ですか!!」
やばい~~!!
さらに、自分を特別な状況に追い込んでしまった!
俺は、あせった。
どうしよう?
どうすればいい?
早く、早く否定しなければ。
でも、でも、待てよ。
否定したところで、俺の言っていることは間違っていないわけで・・・
行き場所はないわけで・・・
「あ、あの・・・」
俺は言った。
「そ、そんな感じです」
あぁ。
言ってしまった。
自分で、記憶喪失だと認めてしまった。
どうしよう?
どうすればいい?
とりあえず、話を違う方向に持っていかなければ。
ん・・・?
あれ?
よく考えたら、この女性は、なんで、こんなイヴの日に、一人でいるんだ。
あれ?
目元やほっぺのファンデーションがとれかけている。
目の下にもクマのようなものが・・・
「あの」
俺は尋ねた。
「何かあったんですか?」
「え?」
「いや、その、今日はイヴだし、あなたみたいに美しい人が一人で」
「クスッ、それってナンパですか?」
「いえ! 決してそんな!」
ま、まずい!
これじゃ、なんだか、記憶喪失を装ったナンパ野郎に思われてしまう!
俺は、さらにあせってしまった。
すると、
「実は」
彼女は言った。
「今日、彼氏と別れたんです。ていうか、二股してたみたいで、私から振ってやったんです」
「そうだったんですか」
なるほど。
そういうことか。
彼女は、そう言って、しばらくの間、笑っていた。
でも、俺はなんだか、彼女が強がっているように思えた。
負けるもんか。
負けるもんか。
彼女の瞳の奥からは、くじけそうな心を必死で支えている強さが垣間見えていた。
それは、小さな小さな強さ。
ちょっと気を抜けば、ポキッと折れてしまうような、そんな小さな頑張りだった。
ひょっとしたら、振られたのは彼女のほうでは?
そう思ってしまう俺がいたが、それ以上は詮索しなかった。
そして、7分後。
「あの」
彼女が言った。
「これから、一緒に夕食でも食べにいきません?」
「え?」
「私の愚痴を聞いてくださいよ。美味しい居酒屋知ってるんですよ」
「い、いや、でも」
まいった。
この時代のお金は持ってないぞ。
いや、待てよ。
20年前なら、なんとか、いま持っているお金でも使えるのかな?
いや、危険だ。
一歩間違えれば、偽札犯になりかねない。
「俺、いま、持ち合わせのお金が・・・」
「ああ」
彼女は微笑んだ。
「気にしないでください。全部、私がおごりますから」
そ、そうなんだ。
「それに」
彼女は、言った。
「帰る場所ないんでしょ?」
「あっ」
そうか。
俺には行き場所がないんだっけ。
じゃあ、まあいいか。
ていうか、それしかないか。
とりあえず、夕食は彼女におごってもらうか。
まいったな。
頑張って、記憶喪失の人間を演じなきゃな。
――1ヶ月後。
俺が20年前の世界に来てから、1ヶ月が経ってしまった。
この1ヶ月間、俺は、イヴの日に居酒屋で夕食をごちそうしてもらった彼女の家に転がり込んでいた。
一緒に暮らしている間、冗談半分で、タイムスリップしてきた話なんかもしてみた。
何回も、何回も話してみた。
時には、本気で語りかけた時もあった。
でも、彼女は笑って、全く本気にはしなかった。
まあ、そうか。
そりゃそうだよな。
こんな話、信じるほうが無理だよな。
とにもかくにも、俺は彼女の家に転がり込んでいた。
いや、待てよ。
言い方がちょっと違うか。
というよりも、同棲。
そう。
恋人同士になっていた。
恋というのは、不思議なもんだ。
どこで、どう始まるか分からないんだから。
俺は、初めて会ったあの時から彼女に惹かれていたのかもしれない。
彼女の名前は、葉山エリナさん。
いまだに、エリナとは呼べない。
年は、俺より7つも下の23歳だが、葉山さんという呼び方が定着してしまったし、もともと、最初は居候の立場だったから。
まあ、いいや。
この呼び方がしっくりくるんだから、これはこれでいいだろう。
とにかく、俺は彼女に惹かれていた。
ツヤのある長い黒髪。
キラキラ輝く大きな瞳。
太陽のように明るい性格。
彼女の全てに惹かれていた。
一目惚れ。
俺は、葉山さんに出会ったあの日から恋に落ちていたようだ。
うん、いい。
いいもんだ。
自分の愛する人が側にいるというのは、最高に素晴らしいものだ。
正直、今の俺はこう思っていた。
元の世界に戻れなくてもいい。
こう思っていた。
そして、仕事はというと、葉山さんが紹介してくれた、小さな印刷会社の工場で働いている。
今まで勤めていた会社より、給料は少ない。
でも俺は、人生で初めてといっていいほど、幸せな毎日を送っていた。
結婚。
このことを考えるのも、時間がかかることではなかった。
好きだ。
好きでたまらない。
だから、こう考えるのは、ごく自然な流れだった。
――ある日。
俺は、彼女を、綺麗なイタリアンの店に連れていった。
この店は、俺が小学生のころに一度だけ、連れてきてもらったことがある。
ただ、ただ、最高においしかったことだけが、鮮明に記憶の中に残っていた。
だが、このレストランも、20年後の世界では、チェーン店のスーパーになっている。
ふう。
時代の流れは悲しいもんだ。
――2時間後。
「あの・・・」
料理も一通り食べ終わったあと、俺は、そっと指輪を差し出した。
「これ・・・受け取ってくれないかな?」
「え?」
彼女の大きな瞳は、一瞬でまんまるになっていた。
うん。
予想通りのリアクションだ。
「俺と結婚してくれないか?」
言った。
ついに言ってしまった。
俺は、照れ屋で、今まで一度も『愛してる』なんて言ったことはなかった。
たぶん、これからも恥ずかしくて言えないんだろうな。
だから、これが、俺の精一杯。
セオリー通りで何の変哲も無いプロポーズだけど、これが俺の精一杯なんだ。
伝われ。
俺の気持ちよ。
120パーセント。
いや、
200パーセント伝わってくれ。
俺は、うつむいたまま、そんな言葉をずっと心の中で繰り返していた。
すると、15秒後。
彼女は、ニコッと微笑んだ。
「よろしくお願いします」
「え?」
「私のほうこそ・・・これからよろしくお願いします」
「え!」
やった!
やったぞ!
俺は、テーブルの下で、小さくガッツポーズをした。
あぁ。
人生は、全く分からないもんだ。
まさか、20年前の世界で、結婚することになろうとは。
でも、いい。
すごくいい。
最高に幸せだ。
俺と彼女は、しばしの間、微笑みあっていた。
そして、5分後。
「あのね、実は・・・」
彼女が少し真面目な顔つきに変わった。
え?
なんだ?
なんだ、なんだ?
この空気は?
ま、まさか!
やっぱり、結婚は無理って言われるんじゃ!
「私もね、あなたにお話しが・・・」
「え?」
なんだ?
なんなんだ??
「あのね・・・」
――その時だった。
――グニャリ。
え?
――グニャリ、グニャリ。
え?
な、なんだ?
俺は、目を見開いた。
目の前の空間が、いきなり歪み始めたからだ。
「う、うわっ!」
やがて、視界が真っ暗になった。
そして、一瞬だった。
「あっ・・・」
俺は、スーパーのお惣菜コーナーに立っていた。
「え・・・?」
な、なんで・・・?
どういうことなんだ・・・?
俺には、分からない。
全く分からない。
ただ一つ分かること。
俺が食事をしていたこのイタリアンの店は、20年後には、チェーン店のスーパーに変わっていること。
「う、うそだろ・・・」
そう。
俺は、20年後の世界、つまり、現在に戻ってきてしまった。
何の前ぶれもなく。
戻ってきてしまった。
――2009年12月24日。
ジングルベ~ル~♪
ジングルベ~ル~♪
今日は、クリスマスイヴ。
「おまちどうさま」
俺は、運ばれたオムライスを食べ始めた。
あぁ。
去年のこの日なんだよな。
ここで、マスターの孫にせかされて、『20年前に戻って素敵な人生をやり直したい』って書いたんだよな。
そういえば、おかしなことがある。
去年のイヴの日、20年前の世界にタイムスリップして、半年以上、過ごしていたのに、現在の世界に戻ってきた時は、わずか、2日しか経っていなかった。
だから、
2008年の12月24日にタイムスリップして、戻ってきたのは、2008年の12月26日だったんだ。
不思議だ。
とにかく、こう考えるしかないだろう。
タイムスリップした場所では、現在と時間の流れかたが違う。
こう考えるしかないだろう。
そして、俺が、2009年の12月24日、このイヴの日に、なぜ、去年と同じこの喫茶店に来たかというと、それには理由がある。
そう。
もう一度、ツリーに願い事を書くためだ。
この1年、タイムスリップから戻ってきたあと、俺は、色々な事を考えた。
どうすれば、タイムスリップできるのか?
こればかりを考えていた。
だが、考えても、方法が浮かぶわけがない。
だからだ。
去年と全く一緒の事を、もう一度繰り返すしか、方法はなかった。
これで最後。
これで、何もおこらなければ諦めるしかない。
もう一度、
もう一度でいいから、俺は、葉山さんに会いたいんだ。
「マスター」
俺は言った。
「ツリーに願い事を書いてもいいですか?」
「え?」
「ほら、去年のイヴの日にやってたでしょ? お孫さんにせかされて」
「あっ!」
マスターは驚いた。
「お客さん、去年のイヴも来てた方ですよね?」
「ええ、覚えてますか?」
「もちろん」
マスターは笑った。
「よく覚えてますよ。オムライスを食べずにいなくなっちゃったから。何か急用だったんですか?」
「まあ、そんなとこです」
「あっ」
もしかして、とマスターは言った。
「彼女に早く会いたくて帰ったとか」
「まあ・・・そんなとこです」
俺は、ごまかしながら、紙とペンをマスターから貸してもらった。
――そして。
ファサ。
ツリーに、そっと願い事の紙をぶらさげた。
内容は、もちろんこうだ。
≪もう一度、葉山さんに会いたい≫
これしかなかった。
20年前に戻りたい、と書こうかどうか迷ったが、こっちのほうが確実だと思ったからだ。
これなら、確実に葉山さんに会えるだろう。
ん?
まてよ。
緊張してたせいで、うっかりしていた。
≪葉山エリナさん≫
と、フルネームで書かなければ、どの葉山さんが現れるか分からないじゃないか。
しまった。
いつも、『葉山さん』と呼んでいたから、うっかりしていた。
ん?
まてよ。
もし、同姓同名がいたらどうなるんだ??
ま、まずい!
もっと、詳しく書くべきなのかな??
というよりも、葉山さん本人が現れても、年をとった葉山さんだったら・・・
そうだ、そうに違いない!
≪20年前の23歳の葉山さんに会いたい≫
と、書くべきなんじゃないのか!?
や、やばい!
ミスがありすぎる!
すぐに書き直さなければ!
俺は再び、慌てて紙とペンを手に取った。
――すると、その時だった。
「あの」
誰かが、俺に話しかけてきた。
「もしかして・・・斎藤涼太郎さんですか?」
「え・・・?」
それは、隅の席で、ウォークマンを聞きながら、難しい本を読んでいた女性だった。
誰だ?
誰なんだ?
その答えは、すぐに分かった。
その女性が帽子をとって、ツヤのある長い黒髪をあらわにしたとき、はっきりと分かった。
「あっ・・・」
そう。
そこにいたのは、まぎれもなく、葉山エリナさん、そのものだった。
俺が恋をした、葉山さんがそこにいた。
「葉山さん・・・」
ポロリ。
ポロリ、ポロリ。
あぁ。
涙が、涙が自然にあふれてくる。
1年間、会いたくて、会いたくて、たまらなかった葉山さんがここにいる。
俺は、胸に熱くこみあげてくる感情を抑えることができなかった。
だが、
「すみません・・・」
彼女が言った。
「私は、葉山エリナではありません」
「え・・・?」
な、なんだ?
何を言ってるんだ?
俺は、全く理解出来なかった。
「ど、どういうこと・・・?」
「私の名前は・・・」
な、名前は・・・?
「葉山涼子です」
はやま・・・りょうこ・・・?
も、もしかして・・・
「私は・・・」
彼女は言った。
「葉山エリナの娘です」
え・・・?
「父は生まれた時から、いませんでした。でも、母はいつも言っていました。私の名前は、父の涼太郎という名前から一文字とったって・・・」
「え・・・」
じゃあ・・・
「はい」
彼女は言った。
「私は葉山エリナと・・・あなたとの間にできた娘です」
「娘・・・」
衝撃だった。
言葉が何も出てこなかった。
葉山さんと、本当にそっくりな女性がここにいる。
その女性は、彼女の娘だと言っている。
そして、父親は俺だと言っている。
頭の中がキャパシティーオーバーになりそうなほど衝撃だった。
だが、一つ思いあたるふしがある。
そういえば、レストランでのプロポーズの時、葉山さんはこう言いかけていた。
『私も話したいことがある』
と。
「あっ・・・」
そうか。
そういうことか。
あの時、すでに、お腹の中には、俺の子がいたのか。
「葉山さん・・・」
ポロリ。
ポロリ、ポロリ。
俺は、また涙が流れ始めていた。
葉山さん。
あぁ、葉山さん。
きみからのプレゼントなんだね。
ここにいる涼子は、君から俺への、時を越えた贈り物なんだね。
「あれ・・・?」
でも、なぜだ?
なぜ、彼女は、涼子は、ここにいたんだ。
ツリーの力が働いたんなら理由は分かる。
そう。
俺が『葉山さんに会いたい』としか書かなかったからだ。
だが、俺が願い事を書く前から、彼女はこの店にいた。
いったいどういうことなんだ。
すると、
「実は・・・」
そんな俺の心を察知したかのように、彼女は喋りはじめた。
「母から聞いていたんです」
「え?」
「クリスマスイヴの日に、この喫茶店に行けば・・・もしかしたら、お父さんに会えるかもしれないって」
「あ・・・」
「その話が妙に気になっていて、今日、ここに来てみたんです」
「・・・」
それは、俺があの時、葉山さんに話したことだった。
一緒に暮らしていた時に、冗談まじりに話したこと。
時には、本気で語りかけたりもしたが。
あの時、話したことだった。
あぁ、そうか。
葉山さんは笑いながら聞いていたが、ちゃんと覚えていたんだ。
あんな作り話のようなことを。
ちゃんと覚えていてくれたんだ。
「葉山さん・・・」
ん?
まてよ。
葉山さんは今、どこにいるんだ?
もう40歳を越えているはずだ。
でも会いたい。
年齢なんか関係ない。
老けて太っていたとしても関係ない。
葉山さんに会いたい。
「あの」
俺は尋ねた。
「いま、お母さんは・・・葉山エリナさんはどこにいるんだい?」
「・・・・・・」
「どうしたんだい?」
彼女は、急にうつむき黙りこんでしまった。
そして、顔をゆっくりあげた時に、彼女に少しの異変があった。
涙。
そう。
涙で目がにじんでいた。
「実は・・・母は・・・」
葉山さんは・・・?
「3年前に、病気でなくなりました」
「え・・・?」
なく・・・なった・・・?
「末期のすい臓ガンで、発見した時には、すでに手遅れでした」
「そ、そんな・・・」
俺は、言葉を失った。
会えないと思っていても、もう死んでいたなんて考えもしなかった。
ポロリ。
ポロリ、ポロリ。
一度は止まりかけていた涙が、また流れ始めていた。
会えないと思っていたことが、完全に現実のものになってしまった。
そして、涼子は、俺を気遣いながら、さらに話を進めた。
「母はいつも言っていました。涼太郎さんのことを、本当に愛していたって」
だから、と彼女は言った。
「あなたに会えたら、私の気持ちをもう一度伝えてほしいって頼まれていたんです」
「そうだったんだ・・・」
葉山さん。
あぁ、葉山さん。
君は、信じていてくれたんだね。
俺がタイムスリップして20年前の世界に行ったことを。
こんなおとぎ話のようなことを信じていてくれたんだね。
ありがとう。
ありがとう、葉山さん。
きみは、俺に見せたかったんだね。
きみの生まれ変わりを。
きみと俺が出会って、そこに恋があった証を。
俺に見せたかったんだね。
ありがとう。
ありがとうね。
俺と涼子は、しばらくの間、語りあっていた。
流れ去った20年のすき間を埋めるように、時間を惜しむように語っていた。
そして、なぜ、俺がタイムスリップから戻ってきたのか、そのあとのマスターとの会話で分かった気がした。
あくまでも推測だが。
それは、去年のクリスマス。
2008年のクリスマス。
マスターがツリーを片付けたのが、12月26日だったようだ。
そう。
俺が、20年前の世界から戻ってきたのと同じ日。
その日に、願い事の紙も全て捨ててしまったようだ。
その話しを聞いた時、俺は、2つのことをマスターに尋ねた。
まずは、マスターのお孫さんが持っていた電車のおもちゃはどうなったか?
すると、デパートに行った時に、どこかで無くしたようだ。
その日が、2008年の12月26日。
そして、もうひとつ。
ツリーを片付けたあと、この喫茶店の繁盛は?
すると、26日を境に、少しは増えていたお客さんもパッタリと途絶えてしまったようだ。
やはり、
やはりそうだ。
あのツリーに不思議な力があったんだ。
だから、今日も涼子とひき合わせてくれたんだ。
だって、そうだろ。
普通に考えたら、30歳の男に、自分の父親と思って声をかけたりはしないだろう。
俺に声をかけてくれたのは、まぎれもなくツリーの力だろう。
じゃあ、
じゃあ、まてよ。
じゃあ、ずっと、ツリーに願い事をぶら下げておけば?
「いや・・・」
いいや。
そんな必要はないや。
だって、さっきゆっくり話ができたおかげで、もうお互いの住んでいるところや、連絡先も知っているんだから。
だから、もう、ツリーの力は必要ないや。
ブチッ。
俺は、ツリーから願い事をはぎ取った。
葉山さん。
あぁ、葉山さん。
これからは、涼子の幸せを考えていくよ。
いまは、年齢もごまかして、うまく言い訳してるけど。
昔から若く見られるってごまかしてるけど。
いずれ、ばれるだろうな。
だって、30歳と20歳の親子なんかいないんだから。
いずれ、ばれるだろうな。
だから、その時は本当のことを言うよ。
葉山さん。
君は、俺がタイムスリップしたことを信じてくれたんだよね?
それとも、冗談半分で涼子に話していたのかい?
まあ、いいや。
俺は、いずれ涼子に話すよ。
俺が20年前にタイムスリップして、葉山さんに出会ったこと。
そして、恋をしたこと。
最高に素敵な日々を過ごしたこと。
全て話すよ。
例え、信じてくれなくてもいい。
全て話すよ。
葉山さんと出会った、あの素晴らしい奇跡を大事にしたいから。
ありがとう。
ありがとうね、葉山さん。
俺の人生を最高に素晴らしいものに変えてくれて。
本当にありがとうね。
そして、一度だけ言わせてくれ。
今まで恥ずかしくて、ちゃんと言ったことなかったけど。
一度だけ言わせてくれ。
2つの言葉を、一度だけ言わせてくれ。
天国で聞いているかい?
1回しか言わないから。
ちゃんと聞いてくれよ。
エリナ。
愛してるよ。
(エピローグ)
――と、ある世界。
「ほんとにいいの? こんなことして」
「今回だけだから」
「僕は知らないからね」
「責任は私がとるから」
「はいはい、じゃあ、知らないふりしておけばいいんでしょ」
「ありがとう」
「でも・・・どうして、そこまで?」
「決まってるじゃないか」
「え?」
「こんなに素敵なクリスマスの夜なんだから」
ふう。
どうやら、うまくいったようだな。
私の名前は、ディック。
職業は、サンタクロース。
私が、サンタクロースをやり始めて、もう1200年ちょっと。
サンタクロースには、特別な力がいっぱい備わっている。
でも、これだけ長くサンタクロースの仕事をやってるけど、ツリーにあんな細工をしたのは初めてだな。
同僚のサンタ、レニーにも止められたんだけど。
「ねえねえ、ディック」
「なんだい?」
なんだよ、レニー。
まだ、私のやったことが気にくわないのかよ。
「どうしたんだい?」
「なんで、ツリーにあんな細工しようなんて考えたんだい?」
「え?」
「だって、僕たちサンタは、袋の中に手を入れて、プレゼントをあげる人の顔を見れば、何が欲しいか分かるだろ。あとは、袋からなんでもプレゼントを出すことができるし」
「あぁ」
たしかに、そうだ。
そうなんだけどね。
「実は・・・」
私は言った。
「あの男の本当に欲しいものが、あの時、何もなかったんだよ。仕事に疲れて夢も希望もなかったんだろうね」
「だからって・・・」
「まあ、いいじゃないか。今までも、こういうケースは少なからずあったけど、一度、そういう人たちにも何かプレゼントの代わりになるものを贈りたかったんだ。例えば・・・」
「例えば?」
「運命の女性に出会わせてあげるとか」
「ふ~ん。で、これは成功なのかい?」
「え?」
うっ、痛いとこをつくな。
「ま、まあ、しょうがないだろ。あの男の運命の女性が、20年前にいたんだから。時の流れに逆らって、ああするしか出会う方法はないしさ」
「じゃあ、あんな年齢の釣り合わない親子になっても問題ないと?」
「そ、それは・・・」
まさか・・・
そこまで深く考えてなかったなんて・・・
言えない。
言えないよ。
「ま、まあ、いいじゃないか」
「まあ、僕はいいけどね」
ただし、とレニーは言った。
「こういうことは本当はやっちゃいけないことだからね。今回だけは、上司に聞かれても知らないふりしてあげるけど」
「ありがとう」
「でも、疲れたよ。ちっちゃい子供に変身したり。あっ、ディックのおじいさんは、なかなかさまになってたよ」
「ハハッ、そりゃどうも」
ふう。
とりあえず、これにて、あの男へのプレゼントは完了だな。
確かに、レニーが言うように、色々な問題はあるかもしれない。
でも、いいじゃないか。
年の釣り合わない親子だっていいじゃないか。
だって、二人の顔を見てごらんよ。
すごく幸せそうじゃないか。
時の流れを飛び越えて、やっと二人は出会うことができたんだから。
離れ離れになっていた、かけがえのない相手に出会うことができたんだから。
だからいいじゃないか。
それになにより・・・
*
こんなに素敵な
クリスマスの夜なんだから。
【END】
あのクリスマスをもう一度 ジェリージュンジュン @jh331
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