ロウソクに願いを込めて

ジェリージュンジュン

第1話

《お母さん、なんで捨てたの!》


《知らないわよ。どこかで無くしたんじゃないの》


《私のぬいぐるみ、返してよ!》


《あんな物、ガラクタじゃない》


《違うよ…ガラクタじゃないもん……》




それは、少女に突然降りかかった悲劇。


大切なぬいぐるみを捨てられた少女は、目を真っ赤にしながら泣いていた。



ずっとずっと泣いていた。





 * * *




「こんな場所にケーキ屋さんがあったんだ」


12月25日、クリスマスの昼下がり。

私は、スーパーからの帰り道、ふと足を止めて見慣れない看板を眺めていた。


私の名前は、栗原ユイ。

35歳の普通の主婦。


一流商社に勤めている夫、タカシと、10歳になるトモコという娘がいる。


「キャンドル……か」


ちなみに、そのケーキ屋さんは『キャンドル』という店名。

うん、これも何かの縁かな。

せっかくだから、今年はここで、クリスマスケーキを買ってみようかな


「こんにちは~」


私は、衝動的に玄関の扉を開き、中に入った。


「いらっしゃいませ」


眼鏡をかけた爽やかな青年が、深々と頭を下げた。

店内は、こじんまりとした小さな空間。

中央にあるガラスケースの中には、生クリーム、チョコ、モンブランの3種類の丸いケーキだけ。

おそらく、この青年が店長で、1人でやっているのが容易に想像できるような、小さなケーキ屋さんだった。


「えっと……」


私は、ガラスケースの中を中腰で覗き込みながら言った。


「この6号サイズの……クリスマス用の生クリームケーキを1つ下さい」

「かしこまりました。保冷剤は入りますか?」


店長は、ケーキを箱に丁寧に詰めながら尋ねてくる。

私が「いえ、結構です」と手を小刻みに左右に振るジェスチャーを見せると、


「では……」


と、続けてもう1つ尋ね始めた。


「ご家族は、何名様ですか?」

「えっ?」


それを聞いてどうするの?


私は一瞬、眉をしかめたが、単なる好奇心だろうと思い、笑みを浮かべ答えた。


「私の家は、夫と娘の3人ですよ」

「なるほど……」


店長さんは、うんうんと頷くと、レジの下の引き出しを開け、ロウソクを取り出した。


「では、こちらのロウソクを3本、同封しておきますね」

「え? あの……」


申し訳ないんですが、と私は言った。


「娘は、ロウソクがケーキにいっぱいのってるほうが喜ぶので、もう少し頂けませんか?」

「いえ、お客様」


店長さんは、私の言葉を遮るように言った。


「これは、クリスマス限定の特別なロウソクでございますよ」

「特別……?」


私は、店長さんが持っているロウソクを、目を凝らしてよく見てみた。

だが見た目は、どこにでもある、細く白いロウソク。


分からない。

どこから見ても、何が特別なのか分からない。


すると、キョトンとした私の理解不能な表情を察したのか、


「実はですね……」


店長さんは続けて説明し始めた。


「こちらのロウソクに火をともして、軽くロウの根元に触れてみて下さい。すると、一瞬、火が大きくなります。それが合図です」

「え……?」


私は、首を傾げながら言った。


「合図って……いったい、何ですか?」

「まあ、簡単に言えば……願いを叶えてくれると、ロウソクの炎が約束してくれた……っていう感じですかね。そして……」


もしかしたら、と、さらにつけ加えた。


「心から一番欲しい物が、手に入るかもしれませんよ」


そう言うと店長さんは、ケーキの箱を紙袋に入れながら、小さくクスッと笑った。


「あの……」


私は、少し困ったように髪をかきあげながら尋ねた。


「よく分かりませんけど……どういう事なんですか?」

「ハハッ、まあ、クリスマスを盛り上げるためのサービスですよ。こういう言い伝えのあるロウソクなんて、夢があっていいものでしょ?」

「まあ……確かにそうですね」


私も、思わずクスッと笑った。


うん、こういうのは夢があっていいかもね。

ケーキ屋さんが、クリスマスにこういうことを言うと、子供はワクワクするんだろうな。


「じゃあ、どうも、ありがとうございました」


私は代金を支払いケーキを受け取ると、店をあとにしようとした。


「あの、お客さん」


すると店長さんが、私の背中に向かって、やさしく声をかけてきた。


「もし……心から一番欲しい物が手に入るなら、何を望みますか?」

「え?」



一番……心から欲しい物……


私は『う~ん……』と首を傾げ考えたあと、


「そうね……」


と、一言だけつぶやいた。



「あの子の学力を上げてほしい……かな」



そうよ


私が心から一番欲しいもの



それは、ただ一つ




あの子の学力の向上よ





 * * *




家に帰ってきた私は、すぐに夕食の支度に取り掛かり、2時間ほどで料理は完成。


そして、テーブル中央にケーキをセッティングした後、2階へと続く階段の先に目を移した。


「あの子……塾にも行かないで、いつまで部屋に閉じこもっているつもりかしら……」


私は、自然とため息がこぼれてきた。


もう何時間、部屋に閉じこもっているんだろう。

いつも、しっかりと勉強するように言い聞かせているのに、塾も無断で休むなんて……


「まあ、いいわ……どうせ、ケーキとごちそう目当てで、部屋から出て来るに決まってるわ」


私はあまり気にかけることはせずに、料理中に使った食器類を洗い始めた。


──すると、その時。


「ただいま~」


寒そうにスーツの上からコートを羽織って、夫のタカシが帰ってきた。


「おかえりなさい」


私はニッコリ微笑み、コートとキャリーバッグを受け取った。


実はタカシは、一昨日から出張で家に帰ってきていなかった。

トモコへのプレゼントを抱える姿は、まるでサンタのように思えてしまった。


「おっ、やっぱり、クリスマスだから豪華だな」


そして、すぐにテーブルに並べられた料理に気がつき、


「ケーキも美味しそうだし、最高だな」


と、生クリームをつまみ食いしようと右手の人差し指を伸ばした。


「あれ?」


だが、ピタッとその手が止まった。


「ロウソクは3本だけか? トモコはもっと多いほうが喜ぶだろ?」

「あのね、それには訳があって……」


実はね、と私は言った。


「そのロウソクは願いが叶うんですって。心から一番欲しい物が手に入るらしいわよ。ケーキ屋の人が楽しそうに話してたわ」


私はクスクスと笑いながら、ロウソクが少ない理由を簡潔に説明した。

それを聞いたタカシは、


「へえ、夢があっていいじゃないか」


と言ったあと、ケーキの上の3本のロウソクに火をともした。


「ちょっと、タカシ」


私は慌てて言った。


「まだ、火をつけるの早いわよ。料理を食べ終わってからにすれば?」

「いいじゃないか。トモコが見たら喜ぶだろ」


タカシは、ゆらゆら揺れる火を見ながら、ジングルベルの歌を口ずさみ始めた。

私は少し呆れながら、コートをハンガーにかけようとしたが、


「あっ……」


その時、タカシが買ってきたプレゼントの箱が目に入った。


「そういえば、トモコへのプレゼント、何を買ってきたの?」

「あぁ、これはね」


タカシは嬉しそうに言った。


「テレビゲームのソフトで『和太鼓の鉄人』っていう音楽に合わせて太鼓を叩くゲームなんだ」


タカシは大きな包み紙をポンポンと叩き、実に楽しそうだった。


「タカシ……」


だが私は、不機嫌な表情を全面に押し出し始めた。


「来年からは……もう少し、プレゼントの内容は考えてちょうだいね。ゲームで遊んでいたら、あの子はますます勉強しないじゃない」

「ユイ……」


タカシは、私の肩にそっと手を置き言った。


「別にいいじゃないか。トモコだって、勉強は頑張ってるんだから」

「何、呑気なこと言ってるのよ……」


私は、肩に置かれた手を振り払い声を荒げた。


「中学受験は、すぐそこまできてるのよ! 一分一秒でも惜しんで勉強するぐらいの気持ちじゃなきゃダメなのよ! それなのにあの子は、あんな物ばかり大事にして……だから…………」


あっ、と私は言った。


「何でもないわ……とりあえず、次からはプレゼントの内容は勉強に関係する物にしてよね……」

「…………」


タカシは何も答えず、寂しそうに背中を見せながら、自分の寝室にプレゼントを置きにいった。



──すると、その時。



「お父さぁぁぁん!」


トモコが泣きながら階段を駆け降り、リビングにやってきた。

その声を聞いたタカシの足も、ピタッと止まった。


「ト、トモコ、どうしたんだ!? なんで泣いているんだ!?」

「あのね……」


トモコは、とぎれとぎれの小さな声で言った。


「お母さんが……私の大事にしているクマさんのぬいぐるみを捨てちゃったの……いつも一緒にいた大好きなクマさんなのに……」

「トモコ……」

泣きじゃくり喋れなくなったトモコを、タカシはそっと抱き寄せ、


「ユイ……」


私に背を向けたままポツリと呟いた。


「なんで、そんなことをしたんだ……」

「だって……」


私は膨れっ面で言った。


「いつまでたっても学校の成績が上がらないし……そんな汚いぬいぐるみを大事そうに抱えて、ままごとばかりしてるから……」

「ユイ……」


タカシは『違う』というように、首を横に振った。


「トモコにとって、このぬいぐるみは、生まれた時からずっと一緒にいた親友みたいなものなんだ……親友と引き離される気持ちが、どんなに辛いか、おまえにも分かるだろ……」

「何よ……」


私は右足を小刻みに揺らし、いらつきながら言った。


「あんな物、ただのガラクタじゃない……」

「ユイ……」

「…………」


私はそれ以上、何も言わず、テーブルに頬杖をつくと、並べられた料理だけを眺めていた。


すると、トモコが、


「違うもん……」


嗚咽のような声で、さらに涙を流しながら言った。


「クマさんは……ガラクタじゃないもん……」


タカシは、さすがにこれ以上、娘が泣く姿を見ていられなかったのか、


「トモコ……」


買ってきたプレゼントを、そっと差し出した。


「ほら、欲しがってた太鼓のゲームだよ。あとで一緒にしようか」

「いらない……」


トモコは、ブンブンと首を横に振った。


「あのクマさんがいなきゃダメなの……」

「そんな事言ったって……ほ、ほら、ケーキもあるじゃないか」


タカシは、慌ててケーキをトモコの目の前に持っていった。


「さっ、おもいっきり火を吹き消してごらん」

「いらない……クマさんがいなきゃ、ケーキがあっても嬉しくないよ……それに、こんなロウソクの少ないケーキなんか……欲しくもないよ……」


そう言いながらロウソクを掴み、ケーキから抜こうとした。


トモコにとって、いっぱいのロウソクがケーキ一面に火をともしているのは、何よりの楽しみ。

3本しかないケーキなんか、何も楽しくない。


ロウソクを抜くという行為は、トモコの小さな小さな抵抗だった。


──だが、次の瞬間。


「きゃっ!」


ロウソクに触れると、一瞬なぜか、その炎が手品のように大きくなった。


それは、トモコが触った1本だけ。

他の2本は、変わらず小さな明かりのまま、穏やかに揺らめいている。


「大丈夫か!」


タカシは、急いでトモコの手を確認。

幸い、何もケガはなかった。


というよりも、今のはいったい何!?

何で、あんなに火が大きくなったの!?


「あっ……」


確か、あの店長さんはこんな事を言っていた。


『このロウソクに触れると、一瞬、火が大きくなる。すると、心から一番欲しい物が手に入る』


確かにこう言っていた。


じゃあ、まさか本当に、トモコの心から一番欲しい物が手に入るっていうの?

私は、タカシに抱きしめられるトモコを見ながら、そんなことを考えていた。


するとその時、インターホンが鳴り、隣の家の斎藤さんがやってきた。


「もう……」


こんな時に何の用なの。

めったに、うちに来る人じゃないのに。


「すぐ行きます。少々お待ち下さい」


私は急いで玄関に駆け寄りドアを開けると、斎藤さんが少し呆れたように立っていた。


「栗原さん、ダメじゃないの」

「え?」

「燃えるゴミに空き缶が入ってて、回収されずに残ってたわよ。この地域はゴミ袋に名前を書くんだから、気をつけてね」

「あっ、す、すみません」


私は慌ててゴミ袋を受け取り、ペコペコと頭を下げて見送った。


でも、おかしいな……ちゃんと分別したはずなのに……


私はゴミ袋を開けて、中を確認しようとした。



──すると、その時。



「あっ!」


半透明のゴミ袋をトモコが指さした。


「私のクマさんだ!」


そう叫ぶと、ゴミ袋の中におもいっきり手をつっこんだ。

そう。

そのゴミ袋には、今朝、私が捨てたぬいぐるみが入っていた。


「私のクマさんだ! 耳のほつれも足の汚れも一緒だ! 私のクマさんだ!」


トモコは今日初めての笑顔を見せながら、ぬいぐるみを愛おしく抱きしめていた。

私はその光景を、ただただ食い入るように見つめていた。


「こ、これって……」


もしかして、トモコがあのロウソクに触れたから、心から一番欲しい物が手に入ったの……?


私はしばらくの間、ぬいぐるみを抱きしめるトモコと、小さな炎を揺らめかせるロウソクを、目を丸くしながらチラチラと交互に見ていた。



──そして。


「なあ、ユイ……」


タカシが、私の肩に手を置き言った。


「これで分かっただろ。俺は勉強より、もっと大切なことがあると思っている。思いやりや物を大事にする気持ち……トモコがぬいぐるみを大切にするのは素晴らしい事じゃないのか?」

「……」


私は何も言えなかった。


タカシの言っている事は最もな事。

私にだってそれは分かってる。


でも、今は勉強が大事なの。

あの子の気持ちなんかどうだっていいのよ。

いずれ、あの子だって分かってくれるわ。

将来を考えたら、それが一番いいのよ。


だから……だから…………


「ねえ、タカシ……」


私はすっと立ち上がり、ケーキの側に移動した。


「私が心から一番欲しい物が何か……教えてあげようか……それはね……」



トモコの学力の向上よ──



私はそう言い放つと、ロウソクにゆっくりと手を伸ばし始めた。


ねえ、サンタクロース。

あなたが本当にいるんなら、私に力を貸してちょうだい。

トモコを私の望むように変えてちょうだい。


私は、小さく綺麗な光を放つロウソクの根元をそっと触った。

すると、さっきと同じように、炎が一瞬、大きくなった。


「これで、私が心から一番欲しい物が手に入るわ……」


自然と、私の顔には笑みが浮かんでいた。

自分でも不思議だが、なぜか私はロウソクの力を信じ始めていた。

トモコの学力が上がるなら、私は信じる。

サンタクロースでもなんでもいい。

だからお願い。

有名中学に入れるように、トモコの学力を上げてちょうだい。


私に、心から一番欲しいものを早く与えて──


私はロウソクの炎を眺めながら、胸の前で手を合わせ祈っていた。


すると、再びインターホンが鳴った。


「え……?」


今度は誰?

もう、ゴミは片付けたし、いったい誰?


私は急いで玄関に向かった。


「どうも、コウモリ急便です~。ハンコお願いします~」


そこに立っていたのは、宅急便の男性。

私は、受け取りのハンコを押し、ダンボールの荷物を受けとった。


「実家から……?」


それは、私の実家から送られてきた荷物。


いったい、何を送ってきたの?


私は首を傾げ、すぐさま電話をかけた。

「もしもし、お母さん、荷物が届いたけど、何?」


〔あ~、それはね、大掃除をしようと思って、納戸を片付けていたら出てきたものだよ。捨てようかどうか迷ったんだけど、ユイが決めてちょうだいね〕


「そうなんだ、ありがとう」


〔あっ、そうそう。やっぱり、あれ、お母さんじゃなかったわよ〕


「え? 何が?」


〔荷物を見れば分かるわよ〕




母はそう言うと、笑いながら電話を切った。


何? どういう意味?


もう一度首を傾げながら、ダンボール箱を開けて中を確認。



──すると。



「あっ……」


そこには、私が小学生の頃の教科書や作文など、懐かしい物が詰まっていた。


う~ん……この教科書でトモコに勉強を教えて学力をアップさせろ、とでも、このロウソクは言いたいのかな。


「あれ……?」


箱の奥にも、ビニールに入った何かがあるな。


「何だろう……?」


私は、ビニール袋を開け中を確認。


「あっ、これは!」


するとそれは、小さい頃に大事にしていたぬいぐるみ。

かけがえのない親友のように大切にしていたぬいぐるみだった。


「う、嘘! あの時のウサギのぬいぐるみだわ! 背中のほつれや、腕のシミ……全く一緒だわ!」


気がつくと、自然とそのぬいぐるみを、やさしく抱きしめていた。

あの時の懐かしい思い出が一気に蘇ってくる。


「あれ……?」


で、でも……これは確か……


次に私は、あの日のことを思い返していた。


そう。

母と言い合った、幼きあの日のことを。




 * * *



《お母さん、なんで捨てたの!》


《知らないわよ。どこかで無くしたんじゃないの》


《私のぬいぐるみ、返してよ!》


《あんな物、ガラクタじゃない》


《違うよ……ガラクタじゃないもん……》



それは、私に突然降りかかった悲劇。


大切なぬいぐるみを捨てられた私は、目を真っ赤にしながら泣いていた。


ずっとずっと泣いていた。



「そっか……そういう事か……」


さっき、母が言った言葉、

『やっぱり、あれ、お母さんじゃなかったわよ』

あの意味は、こういうことだったのか。


私は、捨てられたとばかり思って、母をずっと恨んでた。


なんで、私の気持ちを分かってくれないのって、ずっとずっと恨んでた。


「あっ……」


そっか……私は今……全く同じ事を、トモコにしてるんだわ……


「あぁ……」


何てことを……今まで気づかなかったなんて……


それに、私が心から一番欲しい物は『トモコの学力の向上』ではなく『あの時のぬいぐるみ』だったんだわ。


自分が忘れていても、心の奥底ではずっとずっとそう思っていた。

このロウソクは、それを気づかせてくれたんだわ。


私は知らないうちに、ポロポロと涙を流して泣いていた。


「ユイ……」


やがて、タカシが私をそっと抱き寄せた。


「これからは、もっとトモコの気持ちも大事にしていこう。ちゃんと勉強も頑張るはずさ」

「タカシ……」


私は涙を拭うと、トモコに顔を向け、ボソッと言った。


「早く用意しなさい……今から始めるわよ……」

「え? おまえ、勉強は今じゃなくても……」

「違うわよ」


私は服の袖口でもう一度涙を拭い、ニコッと笑った。



「和太鼓の鉄人よ。面白いゲームなんでしょ?」




さあ、トモコ


一緒におもいっきり遊ぼうね



だって今日は



大切な事を気づかせてくれた、素敵なクリスマスなんだから






 *  *  *




「さてと、これで来年からは、僕も一人前になれるかな」


クリスマスの夜、仕事を終えた僕は、夜空を見上げつぶやいた。


僕の名前は、アイザック。

サンタ様に使えるトナカイでございます。


まあ、トナカイにも色々、ランクがありまして、サンタ様と一緒にプレゼントを配りに回れるのは、ほんの一握りの選ばれしトナカイなのでございます。


そして、どうやったら、サンタ様のお供ができる最上級のトナカイになれるのかと言いますと、ちょっとした試験があるのでございます。


「今年で、ちょうど1万人だな……」


僕は、小さくガッツポーズ。


そうなのです。

人間界の生物を、クリスマスの日に1万人幸せにすると、上のランクへ上がれるのでございます。




幾度となく失敗も経験しましたが、それはそれは、何百年も長い年月をかけて、皆さんを幸せにしてきましたよ。


ミミズさんから始まり、バッタさん、ヤモリさん、犬さん猫さん、キリンさん、カピパラさん、クジラさん、そして、人間さん……地球上のありとあらゆる方々を様々な手段を使って幸せにしてきましたよ。


そして、今年のクリスマスは、僕は人間の姿に身を変え、ここで、ケーキを売っていたのです。


そうです。

特殊なロウソクも用意して、準備万端でございました。


どうやら、あの女性とそのご家族は、最高のクリスマスを手に入れられたようですね。


ちなみに、旦那さんの心から一番欲しい物は、


『家族がいつも笑顔で、仲良く幸せに暮らせること』


だったようです。



良かったでございます。

願いが叶って、さぞかし喜んでいることでしょう。


「さてと……」


これで、僕も昇級試験を受けられるでございます。

とりあえず、それに向けてもっともっと勉強しなきゃですね。


安全にソリを引っ張る方法。

効率のいいプレゼントの配り方。

サンタ様のご機嫌をとる方法。


などなど、勉強しなきゃいけない項目は、山ほどあるでございます。


でも、まあ、明日からでいいですよね。

だって今日は、クリスマスなんですから。

クリスマスの夜は、勉強は忘れて楽しい気持ちで過ごすに限りますね。


「じゃあ、そろそろ……」


僕は、魔法で作っていたケーキ屋さんを一瞬で消し去り、元の空き地に戻した。

そして、これから、雲のそのまた雲の上にあるサンタクロースの世界に戻るでございます。


「では、みなさん」


僕は、クリスマスの夜空を天高く駆け上がり、下界を見ながら呟いた。



「来年、またお会いしましょう。きっと素敵なプレゼントがもらえることでしょう」





あなたが一番心から欲しいもの




きっと、プレゼントいたしますので








【END】



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