夢解き屋~竹風~ 夢を見ない男の話
@jennifer0318
第1話 夢を見ない男の話
【夢を見ない男の話】
体というものは、魂と結びついている。
体が弱ると魂も弱り、魂と体が“ちぐはぐ”な動きをはじめ、均衡を崩しやがて壊れてしまう。
物事には陰と陽、正と負、太陽と月など、必ず二面性があり、その均衡が大切。
それを忘れなければいいのだが、人は時として何かをすり減らして、調和を忘れてしまう生き物らしい。
自分の体は自分しかわからないというのに・・・。
かくいう自分も体を酷使した分際で、よく言うものだ。
わたしは誰もが見る夢の吉凶だけでなく、聖邪、善悪を問わず、啓示、警告、予言などを読み解く【夢解き屋】である。
わたしの本業は人様の“夢の読み解き”で、形のない物を扱う生業であるが、神職や占い師とも少し異なる。
そんなわたしのもとへ来た『夢を見たことがない人』という珍しい客人の話をしよう。
人は忘れていたり、思い出せないだけで必ず夢をみる。
これは、今まで何度も言った言葉だ。
たいていの場合、わたしの前に座ればその人が見たという夢のおおよそ見当がつく。
しかし、この客人は全くその気配すらなかった。
不眠…という事はなさそうなこの男は
「夢って・・・どんなものでしょう?」
と、興味津々の眼差しで言う。
「そうですね・・・。一言で言うなら神秘でしょうか。人によっては命拾いしたり、いいことが起こる予告だったり、また悪いことへの警告だったり・・・。この世ではあり得ないようなことも夢ではできたりするのですよ。」
「例えば?」
「そうですね・・・想い人に会ったり、死んだ方が出てくる・・・と言う事もよくあります。空を飛んだり、魔物になったり、体がバラバラでも生きていたりする・・・とか。昔、女のへそになった夢を見たというおもしろい人もいました。」
「そんなことまでできるのですか・・・?」
(やれやれ・・・。)
夢を見たことがない人にどうやったらうまく言えるのか・・・?
一度でも見せてやったら、わかるものだろうか?
ひどい夢をみるくらいだったら、見ない方がよっぽど幸せではないか?
「夢は自分で描くこともできるともいえるし、思い通りにはいかないともいえる。そこがまた、興味深いところでもありますがね。」
「それはどんな風に見えるのでしょう?しゃべったりもできるのですか?」
「今、わたしたちがしているような事と同じですよ。」
「そうですか・・・。夢が買えたらいいのに・・・。」
ぽつりとつぶやく男の一言がとても印象深かった。
人は手に入らぬものに、憧れを持つ生物。
買いたい・・・と思っている人がいるなら、どこかで売っている人もいるだろう。
こうして、この夢を見ない男は人づてに“夢を売っている人”を求めて都中を歩き回ることになる。
「夢…は売っていますか?」
「お前さん、寝ぼけてるのかい?」
ある時は鼻先で笑われ、
「こっちは忙しいんだ!冷やかしならあっち行っておくれ!」
ある時は邪険にされ・・・。
人のうわさを辿り、あちこちを歩き回り、とんでもない物をつかまされたり。
それでも、都には様々な商人が集まるのだから一人ぐらいは当たる・・・かもしれない、真偽をとわなければ。
「夢を買いたいんですが。」
半ば、諦めかけていたこの男にも、やっと光が差し込むときが来たようだ。
「どんな夢がよろしいでしょうか?値段もいろいろございます。」
勘のいい人ならもう感じているだろうが、値段もいろいろ・・・と言っている時点でこの商売はかなり怪しい。
しかし世の中、自分の夢(願い)が金で本当に買えるといったら、どれだけの金を積んでもいい・・・と言う人間もいるのも事実。
この男が精魂尽き果てながらも、人に笑われながらも、ひたむきに歩き探し求めたこの想いは、たとえそれがまやかしであろうと、この男にとっては夢への免罪符を手にいれたと言ってもいい。
「女の・・・女のへそになる夢はありますか?」
男は少し照れながらも、思い切って商人に言う。
「へっ?へそ・・・ですか?」
この怪しい商人は、怪しついでに言った。
「えっと・・・たしか、その夢は奥にしまってあったはず。」
意味も無く辺りを物色しながら、(困ったことになった)・・・と考えた挙句、勿体を付けて
「ありました、ありました!好きな女と一心同体になるという夢はちょっとお高いんですが・・・。“へそ”ならお安くできますよ。」
この商人、なかなかの商売上手である。
「あーやっとみつけたぞ!よかった!」
男は言われるがまま支払い、その夢を買ったという。
その晩、夢を見ない男は胸が躍ってなかなか寝付けなかった。
無理もない。
興奮して眠れぬ夜を二晩過ごし、やっとの思いで眠りにつくことができた。
四日目の朝、目覚めた男はひどく落ち込んでいた。
そしてすぐに夢売りのもとへ走った。
「やっとの思いで眠ることはできたのですが・・・夢が見れなかったのです。どうしたら良いでしょう?」
「御客人、夢は人それぞれですので。もう二、三日お待ちください。もうすぐ見れますよ。」
不安な時、人はこうもたやすく人を信じてしまう。
そして・・・七日が過ぎたころ、夢を見ない男は落胆して、商人の元を訪ねたあと、重い足取りでふらふらとわたしのもとへやってきた。
夢売りは、こんなに日にちが経ってしまうと、『夢も鮮度が命で長くは持たない』と言い訳したらしいのだ。
「それは、それは・・・。さぞや気落ちなさったでしょう。」
笑いが込み上げてくるのを押さえつつ言う。
くれぐれも言っておくが、わたしが可笑しく思ったのは、この商人の商売上手の言い訳の方で、決してこの男の純粋さを馬鹿にしての事ではないのでここに記しておく。
夢に鮮度があるとは、実に上手い言い回しではないか。
「夢・・・のはずが、真っ暗闇だけとは。もう期待するだけ、気落ちするので諦めました。」
暗闇とは、単に覚えていないだけではないのか?と訝しみながら、「大枚を叩いたのに、ずいぶんと口惜しいことですな。」
夢売りの怪しい商売としてはとても興味深い話であるが、同じ【夢業界】の人間としては、少し茶化されたような気持ちにもなった。どこか、わたしの気持ちのおさまりが悪い。
やっとの思いで巡り合った夢を売ってくれる人間から買った夢が、見れたと思えば真っ暗闇。あげくに賞味期限切れと言われて、夢を見ることを諦めてしまうのも残念な結末。
「夢売りから夢を買い、真っ暗で何も見なかったといいましたね?」
「はい。」
「よく考えてみれば・・・女はいつも着物を着ております。ですから、貴方様が仮にそのへそになったとしても、着物で覆われているが故、何も見えなかったのではありませんか?」
「・・・はぁ、なるほど!」
「ですから、あなた様は確かに夢を見ていたのですよ。」
「そうですか!そういうことだったのですね。」
先ほどまで肩を落としていた男の顔がみるみる輝きだした。
世の中、真実がいつも正しいわけでなく、真実をあえて明かさないことが人のためになることもある。
「それにしても・・・あなた様はあまりに純粋すぎるといいますか。魚もあまりに水が清らかすぎると逆に棲めないものなのですよ。」
「なんのことでしょう?さっぱり意味がわかりませんが・・・。」
「夢というものは、人の介入を超えたところの出来事。人間が自由に操れると思うのは傲慢ではないでしょうか。また、うまい事を言って、貴方のような純粋なお心の持ち主をうまく丸め込もうとする人間もいるのです。正直、夢解きの仕事をしている身でも難しいところ。はっきり申し上げて夢は買えるものではない。」
「・・・。」
しばらく無言で言葉を整理したあと、この男は言った。
「では先ほどの暗闇というのは、へそでは無かったということでしょうか?」
「いえ。確かにへそだったのでしょう。しかし、それは買ったから見た夢ではなく、貴方がへその夢を見たい!と強く願ったから見たのですよ。金輪際、夢を買う事はおやめないさい。自分で何かを思い浮かべて眠ることで、それが様々な夢となって語り掛けてくるでしょう。それこそが夢の醍醐味。その夢の解釈をし、よりよい方向への指針としていただきたい。それがわたしの役目ということです。」
こうして、その男はわたしの言葉に深く納得し、結局は自分が自力で夢を見れたのだという事が一番嬉しかったようだ。
これで、いかさま商売に引っかかることもなくなるであろう。
数日後・・・東の市の帰り道、わたしは面白い男をみかけた。
見た感じは普通の商人。
しかし・・・その怪しげな男は実は狸(たぬき)。
(普通の人間には区別がつかないであろう)
狸は人をたぶらかすことにかけては天才的、またいいカモになる人間がやってくるのを待っている怠け者の代表格だ。
珍品奇品を扱う怪しげな品々と、でっぷりとした風体からして間違いない。
狸の化かしは、釣りと似ている。
餌をつけた釣針を水に垂れたら、後はのんびり待てばよいのだから。
夢を買いたいと切望する男の前に、狸が夢という餌を投げたのだから当然その男は食らいつくという戦法。
敷き物の上に並べられた、ちょっと風変わりな品物がわたしの目をひく。
すると、商人狸がすり寄ってきて言う。(獣臭がプンプン匂う)
「さすが、お目が高い!」
にやけた表情の端に漂う胡散臭さが、わたしの悪戯心をくすぐる。
「ほう~、珍しい物ばかりを扱っているな。」
「さようで。これがかの有名な・・・」
と、さも珍しい品であるとの説明。
「ここに並んでいる物だけなのか?」
商人狸の一瞬の表情の緩みを見逃さないのがわたしである。
「何をご所望で?」
「夢だよ。それも極上の・・・。」
「それはそれは。上物がございまして・・・。」
「見せてもらおうか、その極上の夢を。」
「おー。ありました!こちらでございます。」
うやうやしく引っぱり出してきた商人狸は、自慢げに見せた。
いつぞやの男の時とおなじ手口を披露するらしい。
狸は、高いとか尊ぶという『た』の部分が抜けているから、
キツネほど狡猾でなく、工夫がなくてちょっと抜けているのが特徴だ。
「なるほど、これが極上の夢ですな。では、わたくしが夢解きしてみましょう。もちろん見料は頂きますぞ」
「えっ?・・・といいますと?」
「先ほど、見せてください・・・と申し上げたはず。極上といえども吉夢か凶夢か調べませんと大変なことになりますので。」
「はぁ・・・。しかし、見料を払うとは・・・。」
「いやいや!凶夢ならば、そなたの命までも危うい事になっては大変でございます。」
商人狸は必至で抵抗する。(実に面白い!)
「売り物の夢が凶夢であることはありませんので・・・。」
「どうしてわかるのです?試したのですか?」
「は・・・いや・・・。」
「夢は鮮度が命と聞きました。貴方が試したようなものでは何時のものか知れません。夢解きをせずに買う事はできませんな、残念ですが・・・。」
焦って脂汗のようなものを頭に浮かべた商人狸は居心地悪くなり、慌てて荷物をまとめて去った。
(今回はいい薬になるであろう・・・。)
都の市に商人狸も姿を見せなくなり、わたしも何気ない日々を過ごす中、夢を見ないという男が突然やってきた。
今日はやたらと嬉しそうだ。
「竹風様、いつぞやはお会世話になりました。今日は、夢解きに伺いました。」
「その様子だと…いい夢でも見ましたか?」
「はい、思い通りの夢が見れるようになりました。」
「それは、毎晩楽しい事でしょうな。」
「夢の中に“夢神様”が現れるようになったのです。」
「夢神様ですか・・・。」
そう、話をした男の後ろで、狸がちょこっと尻尾をなびかせた。
(そうきたか・・・。)
わたしは男の幸せそうな顔のまま、見送ることにした。
毎晩、狸が夢神様となって登場し、この男の要望に応えて夢をみさせている。
(さぞや楽しい夢であろうな。)
何が正解で何が間違っているかは本人次第。
思い通りの夢をみれるなら・・・本人が幸せならば・・・それも良し!
貴方は幸せな夢を毎晩見ていますか?・・・・竹風
解説:宇治拾遺物語の第百六十五話の「夢買ふ人の事」で、夢解きの女が吉夢だと判じた夢を夢解きに強要して他人が奪い取るという話を基盤にした創作小説です。
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