第十話
物の音を聞き。
物の距離を計り。
探し物を探し出す。
作り手でもなく使い手でもなく、ただ物を探せるだけの私達。
持ち合わせた能力や関わる事情もあり今回のような怪奇に出くわすことは少なくない。
幽霊のように現れ、幽霊のように揺らめき、けれど幽霊ではないモノ。
対処の手順さえ知っていれば特別な力が無くてもどうにか出来るモノ。
私と須藤さんはそれを『
偽物ではなく似物。
存在ではなく現象。
人から作られた物が人を真似て日常に浮き上がっているのだろうと二人で推察したそれはパッと見ではわからないけど、よくよく観察すると微妙に差異がある。
似物は本物より微動だにしない。
似物は本物より夜にしか現れない。
似物は本物より全体的な生気が無い。
似物は本物より原因の特徴を反映する。
観測して似物はその辺りが本物、世間一般で言う幽霊とは大きく違うところだと見当をつけている。
微妙だにしないのと生気が無いのはまぁ、物が起因だからなんだろうと思う。
特徴を反映するのも実際に聞く本物でもあることだし気にはならない。
ただ夜にしか現れないの何故か。
それについて須藤さんは「鮮明度の違いじゃないか」と話していた。
曰く、カーテンを閉めずにプロジェクターをスクリーンに向けているようなもので、明るさに合わせて調整出来ず結果的に『居るのに見えない』状態になっているんじゃないか、だそうだ。
どんな理由であれ幽霊は夜現れるモノだから夜にしか見えないのは当たり前だと、そういうのに詳しい誰かに言われたらぐうの音も出ないけど、いいところは突いている気はする。
そして人に『そう在れ』と作り出された物のためか、何故だか似物は起因となる物が『正しく扱われる』か『原型が無いほど破壊される』かすると現れなくなる。
須藤さんが探し物をする前に散々色々調査をするのもそこが関係している。
楽器なら弾く。
神社なら拝む。
家なら解体する。
石なら粉砕する。
物は物だから、人に使われてこそ。
使われなくなってこそ、ということなんだろうと思う。
人よりこういう不可思議なことに関わっている私達でさえでこの程度の知識だ。
わけのわからないモノをわけのわからないまま経験を幾度も重ねてようやく何とかしてきた。
当然これが通用しないこともあった。
使っても壊しても消えない時は消えないし、何なら俗に言う霊障で怪我することだってある。間違っていたと身をもって知ることになる。
そうしたらお手上げだ。
異能力はあれ霊能力はない私達にとって、作り物ではなく生き物、その他要因で現れる似物以外。
いわゆる『本物』は……。
「あー本物ねぇ……」
荷が重く、危険で、対処のしようが無いのだ。
「考えられなくもなくもない。と言うか、可能性として視野には入れてた」
それをわかっているのだろう。
須藤さんの返答も歯切れが悪い。
例え今まで見てきた似物の特徴と一致していても、それらしい原因があるとしても。
「入れてた、けどさ」
私達の後遺症、能力と同じで、何事にも例外は存在する。
手に負えないモノをいやでもとなんとかしようとして痛い目を見たこともある。
あるからこそ。
「専門家に頼むのは最後にしたいんだよね」
勇み足が悠長に聞こえた。
ムッと視線を送る。
「そんな睨まないでよ乙木野さん。ただでさえウチ経費落ちにくいのに「あの橋のヤツ幽霊っぽいんで霊能力者頼むっすわ」で経費落ちると思う?」
「けど確か前は」
「前の時は目に見える被害と証拠が揃ってたからうまく経費出ただけだよ」
会社に勤めているからこその難色に眉をひそめながら頭をかいた。
「なにかしらの損失が出ない限りは渋るんだよほんと。橋が壊れたとか、人が飛び降りたとか」
現状はそこまで至っていない。だからそういう専門家には頼めない。頼めないから出来るだけ自分達の対処範囲でなんとかしたい。
「キミらが思ってる以上にアタシらの行動って後手なんだよね」
夕陽色を反射する黒髪にはそんな、心苦しさが滲み出ていた。
「それに仮に『本物』だとしても原因がわからない」
何事にも起こる時には起きるだけの何かがある。
それに生きてるも死んでいるも。者も物も関係ない。
今まで何も起きていなかった場所に幽霊が出るのなら、そうなる原因があるのが正しい形だ。
「あの土砂崩れで人が死んでるとか、上流やここで増水に巻き込まれ死亡行方不明って事案があればあり得なくもない話なんだけど、今のところそんな情報はどこにもない。幽霊が現れた日どころかあの長雨期間の前後数日含めて」
言われてみればそうだと、奇妙さに小さく頷く。
そんなことあればニュースになっているだろうし、そこまでいかずとも地元奥様方の話の種になっているだろう。
「まぁ、あの山に誰かが埋められてて、その誰かの何かしらが土砂でこの辺りまで流れてきてるってんなら話は別なんだけど」
「怖いこと言わないで下さいよ。それってつまり」
私達が知らない事情で埋められた誰かが居たってことじゃないですか。
季節に似合わない冷たい風が吹いた気がして身震いした。
須藤さんの長い腕がまた伸びてきて背中をさすった。
「だとしたらそれは随分昔の人だろうね」
今私達のいる場所のすぐ近く。
丁度私の隣に毎夜現れる、今はほとんど見えない着物姿の女性を捉えようとする。
「少なくとも現代の人ではないですよね」
全然見えなくて記憶で補強し恰好を風景に浮かび上がらせる。
古めかしい着物の両手首にしめ縄を巻いた立ち姿は教科書や時代劇で見たようなもので、時代に置き去りにされているようだった。
……けど、あれ?
よく考えて、思う。
「……ねぇ、須藤さん」
「ん?」
「埋まってた骨とかミイラって水に流されるものなんですか?」
「なにその質問こっわ」
そんな昔の死体が埋まっていたとしたら、今の姿は恐らくミイラか白骨だろう。
どれだけ保存状態がよくても半生みたいなのはありえない。
だとしたら、そんなものが土砂崩れでここまで流れてくるなんてことあるのだろうか?
「えーっと、死体は腐る過程でガスが発生して体内に溜まるのと脂肪があるからで水に浮くって話は聞いたことあるけど、骨やミイラはどうだろね。軽いから浮いて流れてくるんじゃない?」
「こんな質問に普通に答えれるのもなかなかこっわですよ」
「ケンカ売ってる?」
睨んでくる須藤さんの視線に頭のてっぺんを合わせながら、先程得た返答を踏まえた上で考える。
死体は浮くだろう。骨は浮くかも。ミイラは浮くっぽい。
……んん、あれれ? じゃあ。
「……石は、浮く?」
「浮かないよ石は沈むよ」
当たり前の即答に引っかかりを覚えた。
だったらそれは、正しいけどおかしい。
「じゃあどうして『石はここまで流れて来た』んでしょうか?」
「そりゃ水流に押されて転がって来たか、注連縄らへんが何か浮く物にでも引っ掛かって流れ着いたかしたんでしょ」
次の即答に口を結んだ。それも考えられる。
でも転がって来たなら距離と到達までの時間が合わないような気がするし。
わりと大きめの石を引っかけて。
劣化しているであろうしめ縄に引っ掛かって。
決して短くはない道のりを。
途中で落とさず。
切らさず。
運ぶことができる。
果たしてそんな都合よくいくだろうか?
頭一つ分の石を運べるだけの浮遊物が流れてくるだろうか?
それこそ私達が探す際に使ったボートみたいなモノでも流れて来ない限り……。
「……いや」
待てよ……ボート……舟……。
そういえばあの石を祀ってた小屋の屋根、他と違って奇妙な、舟形をしていた。
思考がどんどんと振り出しに戻ってきている。
けれど完全な円ではなく、内側へ向かう渦の様に、最初とは違う、知りたい何かを掴めそうな所、真相まで来ているような気がした。
もう少し、もうひと押し。
「あのっ、乙木野さん?」
須藤さんの声を聞き流して考えに耽る。
目線の先には穏やかに流れる川。
自分達が張ったヒモ。
暗くなるのを察して寝床に戻ろうと飛んでくる鳥。
その鳥が橋の下へ消えた瞬間。
――――ガサッ
聞こえてきた現実での音が。
――――……ボチャンッ……
あの夜最後に、能力を使って聞いた音と重なる。
重なり、反響し、雑音を消し去り。
「……そうか」
一つの『仮説』を導き出す。
「舟だ」
「は?」
思わず身を乗り出す。
「ちょ!?」
落下防止ネットの内側を覗き込むつもりで。
「乙木野っ!?」
身体を半分乗り出したところで須藤さんに引き戻される。
「身投げするにしてももうちょい予兆があるでしょ!?」
指摘するところそこなんだと思いながら、けれどそれどころではないと聞き流し。
「わかりましたよ須藤さん」
「わかったって何が!? 自分が飛び降りたら経費落ちるってことが!?」
「違いますよちょっと落ち着いて」
「今落ちようとしてた奴に言われたくないんだけど!?」
驚かせてしまったことを反省しつつ、静かに一呼吸置いて。
「探し物、見つけ出すべき物がどこにあるのか」
今回の件を解決に導くかも知れない。
「原因は『川の中』じゃなく、『橋の中』にあったんですよ」
自分なりの答えを口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます