第一話
近隣の市をいくつか横断する大きな川の上に一本、二本、三本とおおよそ同じ間隔を開けて対岸同士を繋げている。
その内の二本目。
丁度真ん中にあたる旧中心街と今の中心街の入り口を結ぶ橋の下。
捨てられたゴミや段ボールが散乱する河川敷で、私、
ポニーテールが風に揺れ、肩甲骨を優しく撫でる。
眉にかかるかかからないかの前髪が微かに流れ、つられて視線が同じ方向に移る。
右を見れば国道が敷かれた三本目の橋が遠くに見える。
風が吹く。視線が動く。景色が変わる。
左を見ればかつては唯一の存在だった一本目の橋が遠くに見える。
本来であれば架かった順番通り、一本目が殺風景で三本目が繁盛。
住宅地付近なのもあって二本目はその位置通り中間的な賑わいを普段は見せているんだけど……。
ちょっとだけ身を出して橋に並行する歩道を見上げる
橋の真ん中辺りに、浮かぶ。
風景を透かして虚空を見つめる着物姿の女性。
最近現れるようになった怪奇現象。
何もしないが、だからこそ何をするかわからない怖さを纏った存在。
時刻は夜九時を回ったところ。
まばらに光る街灯と佇むだけのそれがこんな夜更けにこんな所で何やっているんだろうって気持ちを割り増しにさせる。
羽虫でも飛んでいればまだ賑わいらしきものはあっただろうけど、今日はあいにくどこかで寝ているようで、光に照らされた蜘蛛の巣が収獲無さげに揺らいでいるだけであった。
「……遅いですね」
蜘蛛の巣に倣い、というわけではないけど小さく揺れる。待ち人まだかと揺蕩う。
遅刻は毎度のことだけれど、毎度のことだし別にいいかで済ましてあげるほど私は優しくない。
どういう神経してるんだあの人は。
これで私に何かあったらどうするつもりなんだ。
……まぁ、私にではなくここに何かがあるのは目に見えてて、私が呼ばれた理由がいつものアレなら関わることになるのは確定するのだろうけど、現状でそれは考えないことにする。
見当はついているし。
きっとあの着物姿の女性関係だろうし。
何か頼まれる前に気疲れしたくないし。
立つのに疲れて座ろうと辺りを見渡す。
備え付けの寂れた木製ベンチはどれもこれも湿っていて泥らしき物体が乗っていた。
普段、と言っても日常的にここへ来ているわけではないけど、ただでさえ手入れされているのかわからないベンチがこんなにひと際汚れているのは珍しかった。
なんでだろうと思って周囲を見渡し、乱雑しているゴミの多さと泥が符合する。
そういえばこの前の大雨で土手の上部、橋スレスレまで水かさが増えたんだっけ、この川。
数日前、丸一日中雨が降り続ける何てことがあった。
丁度休日だったのもありテレビで知った程度だけれど、一時間に相当な量の水が空から日本中に降ってきた。
その被害はうちの市も例外ではなく、川は市内に流れ込む寸前まで水かさが増えたらしい。話によると、隣の市では小さな山が一つ豪雨の影響で崩れたとか。
生まれも育ちもこの地域な祖母曰く、あそこら辺は管理者不明で荒れたまま手付かずになってる土地が多いから、いつかどこかしら崩れるんじゃないかと思っていたみたいだけれど、まさか本当にそうなるとは。
近所に住んでいるわけではないし、どちらかと言えば市の辺境に住んでいるし、そこからわざわざ長い坂道下りて見に行くほど酔狂ではないので人づてに聞いた情報ではあるけど、この荒れ具合は恐らくそれの名残だろう。
ただでさえ最近変なのが現れて殺風景に拍車がかかってるのに、これでは普段から疎らな川沿い散歩コースが更に寂しくなってしまいそうだ。
「片付けとかしないんですかね?」
「一応危なくない程度にはしたみたいなんだけどね、片付け」
ボソリと出た独り言に暗がりの中から返事が戻ってくる。
心臓と肩が同時に跳ねた。
「この上のネットも橋の鉄骨部分に引っ掛かったものが落ちて被害出ないようにって増水後に付けられたもんだよ」
声がする方に目線を向ける。
一本目の橋から瞬く弱い街灯の光に照らされて、私の真上を差す指から、異様に手足の長い、こけしみたいな輪郭が、薄っすらと現れて。
「まぁ、あれだよ。最低限のことはやってんだよ役所も」
待ち人が来たことを知らせる。
「……遅いですよ、須藤さん」
おかっぱに切られた髪の影でよくは見えないけど、知り合いだからわかる四白眼の視線に流し目を送り、私を呼び付けた張本人。
「いや悪いね乙木野。ちょっと準備に手間取っちゃって」
「それ込みで決めるモノじゃないですかね。待ち合わせの時間って」
「仕方ないじゃん急だったんだから」
「急じゃない時もそうじゃないですか」
「毎度毎度何かしら急なんだよ」
高い身長と長い四肢がゆらりゆらりと動いてこちらへ近づく。
全貌が露わになる距離になれば、彼女の特徴でもある曲がるストローみたいな長い手足がハッキリと確認できた。
後ろには何やら長細くて大きな荷物。
「……はぁ、それで今回はなんですか?」
多分準備とはそれのことで、今回呼び付けた理由で使う代物なんだろうと見当をつけた。
結構大掛かりそうでますます顔が曇った。
「私これでも一応学生なので、早く帰って明日に備えたいのですが?」
呆れた様子を隠す気もなく須藤さんを睨む。
「アタシも一応社会人だから早く帰って明日に備えたいよ」
視線を受け取り「ギャッギャッ」と薄気味悪い笑い声を上げた須藤さんはどこか楽しそうで。
「なんだかんだ言いながらわかってるとは思うけど、アレだよ」
チラッと。
黒目が橋の上にいる着物姿の女性を映し。
「いつもの探し物の手伝いだよ、乙木野」
聞き過ぎてもう聞き飽きている、いつも通りの面倒を口にした。
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