第1話

「また出たらしいよ、通り魔」

「あ~……満月だったもんね」

「怖くない?」

「でも最近、通り魔のおかげで不良がいなくなったらしいよ。あそこ通れば近道できるからさ。良かったじゃん!」

「それでも怖いよ、通り魔なんて」

「不良のほうが嫌だって! ――あ、ねぇねぇ。清原きよはらさん。月ノ坂つきのさかの通り魔のこと、何か知らない?」

「ごめんなさい。ちょっと今、急いでて」

 噂好きの女子たちの誘いを断り、私はある男子に近づいた。

 彼は、騒がしいこの休み時間中の教室で、一人静かに本を読んでいた。

九重ここのえ君、ちょっといいかしら」

そんな彼に、声を掛ける。

 彼は返事の代わりに顔を上げた。

 やや紫色にも見える黒い瞳は、私をにらみつけているようだった。

 読書の邪魔をして、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

――少し離れたところで、そわそわしている藤原君の視線がうるさい。

心配なんて余計なお世話。

「……九重君、あなたを取材させてもらいたいのだけれど」

「ちょ、ちょっと待ったぁーっ!」

 単刀直入にお願いしたというのに、邪魔が入った。

……藤原君だ……

 あぁ……もう……

「何なのよ……藤原君……」

「何なのってお前さぁ! もうちょい言葉選ぼうぜ! いきなり取材したいとか言われても、嫌って言うに決まってるじゃん!」

「何をどう遠回しに言えって言うのよ。面倒ね」

 小競り合いを始めた私たちを、九重君は冷ややかな目で見ている。

 これは……まずい。

「突然ごめんなさいね。私と藤原君は新聞部なの……」

「それで取材? どうして俺が」

 どうして……と言われても。

「決まってるだろ。九重ってすげぇ運動神経良いし、勉強も出来るじゃん。だからだよ!」

「藤原君……理由になってない……」

 大方合ってはいる。

 藤原君の言う通り、九重むらさき君は運動も勉強もできる。

 何よりルックスが良い。

 猫目気味なせいで、よくにらまれているように感じるが、繊細な顔立ちをしている。

 何だか触れたら壊れてしまいそうな……そんな儚さが、彼にはある。

 しかし、当の本人はというと……いつも人を寄せ付けないオーラを放っていて、口を開いたかと思うとなかなか厳しい言葉を投げつけてくる。

 それでも女子が放っておくわけがない。

 冷たくとも、そこがまたいいのだと、人は言う……

 おまけに二年生ながらに生徒会にも所属しているし、新学期である今、一年生にこの学校のことを知ってもらうには打ってつけの人物だ……と、私は考えていた。

 それを新聞部の会議で提案したところ、それならばまずは本人に取材許可を得てみろとのことで、部長の命が下った。

 幸いにも私、清原和美かずみは九重君と同じクラスだ。

 許可なんて簡単に取れるはず。

 さらに同じ新聞部でクラスメイトでもある藤原けい君にも協力してもらい、承諾を得られた暁には一緒に記事を作るつもりだ。

「そういうことか……」

 ため息混じりに九重君は言った。

 え? そういうことって……?

「ここ最近やけに藤原が話し掛けてくるから、何かと思っていたが……」

 それを聞いた私は藤原君をにらみつけた。

 不自然なことしちゃって! 何やってくれてるのよ!

「ち、違うんだ! 誤解しないでほしい!」

 九重君と更に私からの冷たい視線も浴びせられ、藤原君があたふたする。

「取材のためでもあるけど……友達になれたらいいなって思ってたんだ! せっかく今年も一緒のクラスになれたんだし……」

 藤原君は嘘がつけない人だから、この言葉は本心から言っているのだろうけど……聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるわね!

「というわけで! 九重! 俺と友達になってください!」

 バカデカい声で、藤原君は右手を差し出した。

 さすがの九重君もこれには困惑している……。

 友達になるのはいいけど……藤原君、目的を忘れてない?

「い……いいけど……」

 出された手は握り返さなかったけれど、九重君はOKした。

 ……この状況、OKと言うしかないけど。

「本当に!? やったー!!」

 女子に告白してOKをもらったときのような喜び方だった。

「ふ……藤原……もう少し静かに……」

 今度は九重君のほうがあたふたしていた。

 クールビューティーな彼のこんな姿を見ることができるとは。

「――で!? 取材は!?」

 一応、本当の目的は忘れていなかったみたい。

「それは断る」

「えー!」

 これには私も声をあげてしまった。

「あまりそういうことは得意じゃない……。大体、俺なんかで、どんな記事にするつもりなんだ?」

「詳しいことは、やってみないとわからないわ。でも私たちはあなたと同じクラスだからってことで、九重君の学校生活に密着させてもらうつもりよ」

 クラスメイトの特権だものね。

「そんなあやふやな感じでいいのか……」

 険しい顔をする九重君。

 少なくとも女子は喜ぶでしょうよ。

「友達からのお願いだと思ってさぁ~受けてよ~」

 藤原君が両手を合わせて必死に頼み込む。

「私からもぜひお願いするわ……。これは読者を増やすチャンスでもあるのよ」

 何だかんだで読んでくれる人は減ってきているというのが、新聞部の厳しい現実。

読者が減ることは、部の存続にも影響する。

「新学期第一号だし、新入生にどんな学校か知ってもらうための号でもあるの。当然、新聞部への勧誘目的でもある。九重君だけでなくて、他の生徒にも取材する予定よ」

「清原……九重をまるで利用するみたいな言い方だから、もっと言葉選んだら……」

「変に嘘ついたって仕方ないでしょ」

 どうせ、藤原君だって嘘なんてつけやしないのに。

「九重君。どうか私たちに力を貸して。部の存続もかかっているのよ」

「清原が言うと全く危機感が伝わってこないよな……。淡々としすぎて」

 余計なことを言ってきた藤原君の足を思いっきり踏みつけた。

「はぁ、好きにすれば……」

「本当に!? ありがとう!」

 断るのも面倒になってきたのか、早い段階で彼は折れてくれた。

「堅苦しいものにするつもりはないから。もちろん嫌なことは嫌って言ってくれればいいわ」

「そうそう! 普通に俺らと喋るだけ!」

 何だかんだで、藤原君の存在も手助けになったのかもしれない。

 これでひとまずは安心……と思っていたときだった。

「誰に断ってそんな勝手なことをしようとしているのかな」

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