インフェルノに光あれ

藤堂ゆかり

始まり

#01 Venefica-魔女-

 


 一人の少女が地面に生えている白い花を見る。土壌は荒廃し、ぱらぱらと砂が舞う。辺り一面の茶色い景色。この荒れた地で植物が生きているなんて。栄養もない、その花を愛でる者もいない。なぜこの花は咲いている。少女は白く輝く花を見て、目を細めた。




 枯れ始めて茶色く生い茂っている森を少女は駆け抜ける。息を短く吐きながら、走る、走る。足にかすり傷を負いながらも、構わず進む。すると、目の前に小さな小屋が見える。


「ひとまずあそこに!!」


 少女はとにかくあの小屋の中に入るので頭の中が一杯だった。無我夢中で小屋に到着し、扉を開けようにも鍵がかかっていた。一瞬、頭の中が真っ白になりそうになったが、少女は声を低くして唱える。


「パテンディス!」


 ドアノブの手をかけ、白い円の文字盤が浮かび上がる。それがすっとドアノブに染み込んでいく。そして、ガチャリと扉が開き、少女は小屋の中に入りドアに呪文を唱えて三重にロックをかけた。中を見渡すと、この小屋は倉庫のようで木の板がそこら中に放置されている。少し埃臭いようで思わず鼻を擦る。少女はふらふらと座り込み、頭を抱えた。


「もう、嫌だよぅ……ひっく……」


 そのまま膝を抱えて泣き出した。小屋の外では無数の羽音が響き渡り、少女を見つけるために右往左往としているのが見なくてもわかる。


 この少女の名をフィニスという。魔法を使っているところを見ると、魔女だ。それも齢十六の若い魔女。魔女の世界では赤子同然の子だ。

 

 この世界は三つの世界で成り立っている。何も能力を持たない生物が住む人間界。天を司り、神という絶対的存在が頂点に立ち、僕である天使によって構成されている天界。そして、このフィニスがいる世界が魔界という。魔界は地を司り、主に魔女と悪魔で構成されている。しかし、三つの世界の均衡を守ることによって世界は平和に保たれているが、三つの世界の支配を目論む天界と魔界は日々戦争に没入していた。


 フィニスが産まれる千年前は魔女の血液や体液などが悪魔の糧となり、悪魔を使役していた。時折、天界からやってくる天使を駆逐し、魔界の頂点に立つべく、魔女同士で戦いに明け暮れていた。魔女が悪魔を支配し、三つの世界を裏から均衡を保ち続け、いつかは三つの世界すべてを統治するべく画作をしていた。だが、ちょうど五百年前のことであろうか。魔女と悪魔の均衡が崩れたのだ。突如、魔女の力が弱まり、使役されていた悪魔が反逆を起こした。それから、魔界全土に及ぶ魔女狩りが各地で勃発した。上位の魔女、下位の魔女、そして、フィニスのような子どもの魔女ですら悪魔の餌食となった。悪魔は魔力を主食としているので、魔力の塊のような存在である魔女は格好の餌だ。魔女狩りのおかげで、魔女の数は半数以下にまで減少し、フィニスのような幼い魔女は貴重だ。悪魔を見つけたら即座に逃げなければならない。フィニスは幼少の頃からそう教えられ、現在でも悪魔に追われ続けている。



 フィニスは、ちらりと窓から外の様子を伺うと、運悪く悪魔と目がばちっと合ってしまった。そして、ニヤリと笑った悪魔は風を切るようにフィニスの小屋に近付き、けたたましい音と共に窓とドアを破る。奥にいるフィニスを見つけると、数匹いる仲間と目配せをしている。


「ひぃっ!!」


 ガバっと手を押さえて大きな声を出すのを防ぐが時既に遅し。慌ててしゃがみ込み、目尻に滴が溢れ出す。もうお仕舞いだと言わんばかりに身体が震え上がる。しかし、悪魔たちはそれとは反対ににんまりと口角を上げて、フィニスに近付いて来る。両耳が尖っており、しっかりとした筋肉を纏い、黒い羽根と尻尾を風の動きに任せてふよふよ浮いている。長くて黒い爪をした手が何かを握るように空中で遊んでいる。そして、悪魔を象徴する身体に刻まれた刺青と血のように赤い目が獲物を見つけて嬉々としている。

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