第31話 たぶん、これが本性。
「メジャーデビウ?」
「まあそれもあり、だな」
「だけど、メジャーに行ったら、したい音楽ができなくなるってことはない?」
「それは基本的にはない、と俺は思う」
「何で?」
よく聞く話だった。メジャーに行くと、それまで目指してきた音楽性が「売れる」方面にねじ曲げられてしまう、ってこと。その中でつぶれたバンドもたくさんあると聞く。そういうのは、ケンショーは怖くないんだろうか。
「だってさ、それでも俺がやる音なんだぜ?」
僕は目を細めた。
「例えばちょっと聞き易くできるように、バッキングを少し軽めにする、とかそういうことをしても、一番大本は、絶対に俺は変えない。だけど、それでも俺の音は、いけるはずなんだ」
「何その自信?」
今度は目を丸くする。
「めぐみお前は、自信はないの?」
「……ある訳ないじゃない。そこまでは……」
「そぉ? 俺はあるぜ?」
「単純……」
「単純結構。俺は、それで立ち止まること方が怖いよ」
嫌みではない。この男はそんなことも考えてはいないだろう。つん、とケンショーは自分自身の頭をつついた。
「俺はさ、音がさ、放っておくと、この頭から、指から、どんどんあふれ出してくるんだよ。頭の中で、わんわんと鳴ってる。昔からそうだった。だから、どうしても、その音を引っぱり出さない訳にはいかなかった」
初めて聞いた。そんなこと。
「……それを取り出して、形にしない限り、俺の頭はいかれる、って思ったね。そのくらい、それは俺の中で、ぐちゃぐちゃになりながら、ひたすらわめき続けてた。俺がギターを弾けるようになって、それを音のつながりに変えることができるようになるまで、俺の頭はずーっと、混乱したままだったから」
確かにそれは。
「だからどうしようもなくて、他のこともつまらなくて、どうしたものかって、中坊の頃とか思っててさ」
「そんな頃から?」
「そんな頃、ってだいたい楽器なんて始めるのはそのくらいのことが多いだろ?」
まあ確かに。僕の中学の時にも、そんなクラスメートはクラスに一人は居た。
「でもそんなこと、親とか家族が判る訳ねーだろ?」
ケンショーは吐き捨てるように言う。
「だいたい、美咲だって、理解はしてくれるけど、俺の中の、それがどういう状態か、なんて、どうしても理解できねーって言うし。聞いたことの無い曲が、勝手に頭の中で組み立てられて、わんわんと鳴って形にして外に出してくれってうるさい、って言ってるんだ、って言っても、どうしてもそのことが判らないんだ、って言うんだ。親なんかもう、やっとのことでそれを説明した俺を、頭がどーかしたんじゃないか、って思うばかりでさ」
確かに、そう思われてもおかしくはないかもしれない。その状態は、僕にもよく判らない。
「だけど、それは確かに俺の中にあるんだ。それはどうしようもないことで、俺がどうこう言ったところで、止むものじゃないんだ」
いつの間にか、僕等の足は止まっていた。
「俺はただもう、その音をちゃんと形にしたい。耳に入れたい。人前に出したい。それだけなんだ。だから、その途中で多少の衣装が変わろうが、俺の中に最初にある何か、は絶対壊れることはないんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうもの。少なくとも、俺にとっては。だから俺はお前のいうような、そういう心配はしたことないよ。時間はともかく、俺は、必ず、それができる」
「……だけどそれを聞く、皆が皆受け止めてくれるとは限らないじゃない」
「それはその音にまだ力がないからだと思う」
まだ、と奴は言う。
「今はない。でも明日はあるかもしれん。明後日かもしれん。でも、確実に、ある。だから、それはそれで、別の問題だ。腕とか、技術とか、そういう問題だ。それは、どうにでもなる。本当に、したいと思ったら、それは、掴めるはずだ」
本当に、したい。
ざっ、と僕は全身の皮膚が粟立つのを感じた。こんなケンショーを見るのは初めてだったし、たぶん、これが本性なんだ、と僕はその時初めて感じたのだ。
ただのギター弾き、「楽器屋」ではない、と言ったオズさんの言葉の意味がようやく判った。だからこいつは、目的があったら、他のものが見えないんだ。
だから?
ふと僕は、あの時会った女性のことを思いだしていた。
ケンショーはそういう奴だ、と言った、のよりさんのことを。
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