第29話 SSのヴォーカルと出会ってしまう。

「え?」


 思わず僕は問い返していた。


「SS。でも知らないよねー。まだやっとメンバーそろったばかりだし。でも、やっとそろったんだし、これからは何か、色々動けるから…… って俺の話ばかりだな」


 ふむ、と彼は頬を人差し指でひっかいた。


「あんたのバンドは? 何やってるの?」

「あー、内緒」


 僕ははぐらかした。


「何、教えてくれたっていいじゃないの」

「判る時には判るって」


 ふうん、と彼は肩をすくめた。


「まだ高校生?」

「あ、そうやって言うってことは、あんた高校生じゃないの?」

「……ひどいなあ…… これでももう二十歳になったんだよ?」

「あ、ごめん。だけど、うーん」


 まあいいけど。メイクも何もしない私服の時の僕は、だいたいそう見られるんだ。歳より下。高校生に見られることも時々ある。

 そういえば、それを愚痴ったらナナさんあたりは逆にうらやましがってたな。若く見られるなんて、って。そんなものだろうか。


「……あ、でも、今日ピアノ自由に弾いてて、いいの?」


 僕は彼に問いかける。


「うん。ナナさん…… って知ってる?」


 知ってる、と僕はうなづいた。


「彼女が、いいって言ったから」

「顔なじみなんだ?」

「まあね。と言うか、俺よっか、あいつの方が、結構前から知り合いだったから」


 間違いないな、とその時僕は確信した。


「……もしかして、亡くなった人って、BELL-FIRSTのベースの人?」


 まるでたった今気付いたかの様に、僕は彼に問いかける。


「やっぱり、判っちゃう?」

「うん」

「うん、そうだよねえ。だって去年のあの時は、結構ここでも噂になったし」

「うん、僕もそれは聞いた。その人に? ピアノは」

「去年は、意識して弾いてなかったから、って。だから、今年は、ちゃんと、あのひとの好きな曲を弾いてやりたい、って言ったんだ。……でも、いいことだよな」

「え?」

「そうやってさ、誰かの亡くなったことを、ちゃんと受け止められるようになった、っていうのは」

「……よく言ってる意味が、判らないけど」

「うん、これは俺の独り言。ごめん。ただ、奴もずっと沈んでたようなものだから、友達としてはね」


 ふうん、と僕はうなづく。


「あんたは、ベルファは好きだったの?」

「俺?」


 彼は自分自身を指さした。僕はうなづいた。


「俺は、奴のように個人的つきあいはなかったし、音的には、ややずれてたから、何だけど」

「じゃあ、何か好きなバンドってある? ここに出てるので」

「あるよ」

「何?」

「RINGER」


 心臓が止まるかと、思った。そして気付かれたか、と背中から一気に血が引く感触が。

 だがそれは考えすぎのようだった。僕はつとめて平静な声を立てる。


「へえ…… でもあそこって、結構よくヴォーカル変わるじゃない。前のヴォーカルの時から?」

「や、俺がライヴハウス通うようになったの、去年からだから…… ちょうど、今のヴォーカルが入ったあたりかなあ」


 それでいて、僕に気付かないとは。


「何が好き? 曲? 音?」

「うーん」


 彼は首をひねる。


「曲…… はまあまあ。だけど、音、には、うん、俺すごい、惚れてる」

「音、ねえ」

「何かね、あのバンドは、ギターがすげえ歌ってるんだ」

「ギターが、歌ってる?」

「何かね、確かにヴォーカルも面白い声だなあ、とか思うんだけど、俺には、伝わってこないの」


 ぎく。


「何で?」

「何で、って…… まあそれは、俺の好み、って言ってしまえばおしまいなんだけど…… とにかく、ギターが飛び出してんの。伝わってくるの。何だろ…… うーん……」

「強い、力で?」

「そう、強い。……だから何だろ、極端に言っちゃえば、ギターだけでも、何か、その中で、言いたいことは伝わってしまうような…… そんな感じなんだけど」

「ギターだけでも?」

「うん」


 彼は迷いなく言う。

 そう、本当に感じているのだろう。僕は自分達のことを言われている様が気がだんだんしなくなってきた。何か別のバンドの話をされているみたいだった。


「……って言うと、例えば、フュージョンのバンドって、インストだよね? だけど、何かその一番中心にあるメロディを奏でてる楽器って、音だけで『何か』を言ってるみたいじゃない。それに近いのかなあ?」

「うーん、それとはちょっと違う気がする。だって、ケンショーさんのギターは、どっちかというと、そういうものじゃないし」


 それは確かにそうだ。

 一応「歌もの」なのだ。ウチのバンドは。

 ギターは……悪い言い方になるけど、やっぱり「バック」という感じが大きくなる。そりゃあまあ、間奏とかでは、がぜんはりきるんだけど。


「ま、でも好きずきだと思うよ」

「そんなに、そのひとのギターが好きなんだ」

「うん」


 あっさりと彼はうなづく。


「何か、最初だったからかもしれないけど。ほら、えーと、鴨のすり込み」

「?」


 何のことだか判らない。


「あ、ごめん。生物か何かでさ、卵からかえったばかりの鴨が、初めてみたものを親と思ってとことことついてく、っての。ああいう感じかもしれないってこと。俺、最初にライヴハウス体験した時に、出会ったから」

「いつ?」

「去年の春。だからまだ、本当にメンバーチェンジした頃じゃない?」

「ふうん」


 そう確かに、その頃だ。


「で、何度か、俺通ったんだけど。うん、そのヴォーカルさんもだんだん、いい感じになってる、と思ったけど……やっぱり最初に耳に飛び込んできたのが、あのギターだったから、俺はどうしても、あの音を追っかけてしまうんだ」

「……耳に残る」

「うん、そう。耳に残る。だから、俺は、彼と対等に話せるような立場になりたい、って思った」

「対等に?」

「うん。だってさ、ファンの子達って居るだろ?」


 確かに居る。だいたいウチのバンドだと、フロントの僕か、ケンショー、で、結構昔っから慣れ親しんでるファンの中には、オズさんとかナカヤマさんに静かに声援を送ってるひともいる。でも大半は、僕かケンショーだ。特に、年下の女の子達に関しては、間違いなく。


「すごいよね、あれって。すごいエネルギー」

「うん。だけど、俺はああいうんじゃ、やなんだ」

「やだ?」

「ああいうのは、所詮、ファンだろ? 俺は、俺の持ってるもので、奴と勝負できるくらいになりたいの」


 勝負、って。そんな、スポ根じゃあるまいし。面食らってる僕に、彼は苦笑した。


「あ、ごめん。初めて会った人に、俺、何言ってるんだろ」

「ああ、いいよ、面白いし。うん、……そうだね、何か僕とは違う意味でバンドやってる人って、やっぱり居るんだ」

「ふうん。じゃああんたは、どうしてバンドやってるの?」


 どうしてって。

 思考が止まる。

 それは。


「……あ」


 口に手を当てる。忘れていた。僕が始めたのは。

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