第19話 アハネが僕のその変化に気づかないはずがない。
「はいじゃあこっち向いてーっ!」
アハネは声を張り上げた。
「駄目ですってば! 何かすごい、硬い」
一眼レフのカメラから顔を離し、アハネは僕等に向かって首を大きく横に振った。
「んなこと言ったって、自然に自然にっていうのは難しいんだぞ!」
「そんなこたあ判ってますよ! だから基本的にはあんた等は動いてる時のショットで行こうと言ったんでしょうが! でも一枚くらい、止まってるショットが無いと、インデックスやらちらしやらに困るだろ!」
怒鳴るケンショーに向かって、アハネも負けちゃいない。そういう奴だ。いい写真を撮るためだったら、そういうことで戦うことを恐れない。
だいたい今回の依頼者と来たら、出せるのはフィルム代と現像代くらいなのだ。それ以外ではただ働き。そりゃあまあ、僕等の様な学校の生徒にとっては、いい武者修行の様なものだから、それはそれでいいんだけど、それにしても。
ぐっ、とケンショーは身を乗り出し、僕の肩に手を置く。その力がやたらと強いので、ああ怒ってるな、と僕は内心ひやひやする。
時間も迫ってる。今その「止まってる姿」を撮影しているのは、何故かアハネの提案で決めたホテルなのだ。シングル一泊二万とかするそういうところ。内装がきちんとしていて、光の調子が、彼に言わせると良いそうだ。
……その一泊なにがしのシングルに、五人の野郎が潜り込んでいる状態なのだ。「夜の場面」を何枚か撮って、「朝の場面」をまた何枚か撮り、その中でいいものがあったら使おう、ということだった。
つまりはこういうことが、昨夜もあったのだ。
「……ああ~ 俺って小さい奴って鬼門なのかなあ」
ようやく「朝のOKが出た時には、ケンショーはぐったりとして、ゆったりとしたソファに大きく手足を伸ばしていた。
「何それ」
「や、めぐみちゃん、こいつ何だかんだ言って、コンノ苦手なの」
オズさんはにやにやと笑いながら言う。この人は気のいい兄ちゃんという感じなのだが、外見だけ取れば、ジャニーズ系と言ってもいいほどの、すっきり整った顔である。
だがその気さくさが幸か不幸か、この人には熱狂的なファンという奴は、男女問わず少ない。
ケンショーなぞ、あんなにステージでは無愛想だというのに、ファンは男女問わず多い。ふと僕の記憶を、あの指で銃を撃ったガキの姿がよぎる。何でそんなことを思い出すのだろう。
「まああんだけケンショーにずけずけ言う奴も、他バンドでは珍しいからなあ」
ナカヤマさんはバスルームで軽く「付け加えた」程度のメイクを落とすと、備え付けのタオルで拭きながらそう言った。
「いいタオルだよなあ…… 俺持って帰りたいわ」
「それは皆同じだってば」
貧乏なバンドマン達はこうやってため息をつくしかない。
ちなみに今回の一泊二万円なり、は僕等四人で割っている。一人あたま五千円なり。……食費に直すと……
えーいやめやめやめ。
僕は頭を軽く振ると、カメラをバッグに戻しているアハネに向かって訊ねた。
「それで、写真いつできるの?」
「ああ、現像は帰り際に出してくから、明日か明後日には。学校で渡すよ」
「あ、そうだね」
僕はふと、その言葉の裏に、こう言われたような気がした。だからちゃんと来いよ。待ってるから。
実際、休みがちになっていたのは事実だった。バイトもバンドも忙しい。
そうなってくると、楽しいことの中心という奴が、どうしてもバンドとなってしまって。どうしても、授業も課題も、何か今ひとつ、身が入らない。
つまりは、面白くないのだ。
バンドが面白くなればなるほど、それは強くなっていく。今までは見据えれば焦点がぴったりと合っていた石膏像が、どこか輪郭がぼんやりとしかとらえられなくなってしまうように。
アハネが僕のその変化に気づかないはずがない。
そしてまた、奴が、強い言葉で止めない。バンドに加入する時の、あの時からそうだった。僕がそうしたいのなら、いいのじゃないか、という態度。
だけど僕は別に、アハネに止めて欲しい訳じゃない。ただ、奴が何を考えてそういう態度を取っているのか判らないから、むずかゆい様な気分になるのだ。
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