第135話 午後のひざまくら催眠

 パァン


「先輩……」


 私はベッドの上で、先輩の太ももに頭を乗せてうっとりとしたような声を漏らしていた。


「気持ちいい?」


 先輩は小さく笑って、私の頭を撫で続ける。穏やかな、土曜日の昼下がり。


 別に好きでやっているわけじゃない。催眠で身体が動かせないだけだ。しかも……私はトランス状態の間に、服を全部脱がせられている。生まれたままの姿で、先輩の膝枕。正直に言うと頭が沸騰しそうだ。私だけ裸なんて不公平なんだから、せめて先輩も脱ぐべきだと思う。けれど私は、リラックスした微笑みを浮かべながら先輩が撫でるに任せていた。そうこうしているうちに、私の頭を撫でていた先輩の手が、上側を向いている私の右耳を揉み始めた。


「んっ」


 身体から力が抜けるような、うっとりとしてしまうような感覚。先輩ほどではないとはいえ、私も耳が弱いようだ。先輩の狙いはこれだ。こうやってじわじわと、もどかしいような快感を私に与えて、私に『催眠を解いて、最後までしてください』とおねだりさせるのが目的なのだ。


「先輩、気持ちいいです……」


 私は演技も混ぜて2割ましでうっとりとした声で言った。耳の後ろで先輩の指が止まる。きっと、エッチなことを連想したに違いない。声では平然とした様子を取り繕っているが、目の前にあるズボンの膨らみは誤魔化せない。先輩も理性が決壊寸前なのは明らかだ。これだけ私が無防備なのに、例えば胸やお尻といったクリティカルな場所に先輩が手を伸ばさないのは、焦らしているという以上に、それをすれば我慢ができなくなると先輩が自覚しているからだ。これは、どちらが先にこの状況を『エッチなもの』だと認識してしまうかの勝負だ。


 先輩の右手が、私の背中を撫でる。


「あっ……」


 演技抜きでも蕩けたような声が私の口から漏れた。先輩の、私よりごつごつした手が気持ち良くて、もっと他の場所も触れてほしいと無意識に思ってしまう。けれど、先輩だって私の背中の感触にドキドキしているはずだ。私は、じゃれつくように先輩の太ももに頬を擦り付けた。先輩の身体がぴくっと震える。そういえば、先輩はこの辺りも敏感だったはず。あと一押し、もう少しで先輩が襲ってくるはず。背中を撫でていた先輩の手が、ぽんぽんと叩くように動きを変えた。心地よい振動が、背中を通して心臓まで届く。まるで、小さな子どもをあやすような。でも、こんなエッチな状況でドキドキしているのに寝られるはずが——


 心地よい息苦しさを感じて、私はすっと目を覚ました。


「詩音、やっと起きた」


 耳元ゼロ距離から先輩の声が聞こえた。


「……先輩。私、寝てました?」


 自分でも驚きながら私は先輩に訊ねた。まさかあんな状態で寝落ちするなんて。催眠は解けているのに身体が動かないのは、先輩が私に覆い被さるように抱きついているからだった。


「ガチ寝とか、ズルじゃん」


 先輩は小さな子どもが駄々をこねるような口ぶりで言った。先輩の声には熱い息が混ざっていて、我慢の限界といったように私に先輩の腰を押し付けていた。起こすこともできただろうに、寝ている間に何でもできただろうに、私が起きるまでずっと『待て』をしていたのだと思うと、胸の奥がぎゅうぅっとなるくらい先輩のことが可愛く思えた。私は腕を伸ばして、先輩の頭を撫でながら耳元で囁いた。


「先輩。『よし』、ですよ」

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