第84話 ナニ催眠

 パァン


「よし、先輩はいませんね?」


 後輩の詩音は、部屋をキョロキョロと見回しながら言った。いや、いるのだけれど。まあ、そういう催眠をかけたから仕方ないといえば仕方ない。これで、俺が見てないところで詩音が何をするのかを観察できるというわけだ。


「んしょ」


 そう言って詩音は、ベッドに登って布団の中に潜り込んだ。真昼間から昼寝?制服は脱いだ方がいいと思うのだけれど……。と、考えていると、もぞもぞと詩音が動いて制服のスカートが布団の間から飛び出してきた。続いて、ワイシャツと、パステルカラーの下着も。……ということは、布団の中の詩音は……。ごくり、と唾を飲んでカーペットの上に正座になる。


「先輩……」


 詩音がそう言いながら、曲げた自分の左手の人差し指に唇をつける。心臓が早鐘を打つのを感じる。


「ふふっ、先輩、がっつきすぎですよ」


 そう言って詩音が指にキスを続けるのを、ツッコミたい気持ちを必死に抑えながら見つめる。


「んっ!」


 詩音が小さく喘ぐ。布団の膨らみから、右手が腰のあたりに動いたのだと推測できる。


「先輩、そこ……」


 俺は真っ赤になりながら迷う。『何をするのか観察する』ことを目的としてはいたけれど、『ナニをするところを観察する』つもりはなかったのだ。これは何よりのプライバシーだろう。でも、オカズにされているのは俺なわけで。それに、催眠をかけるところまでは合意が取れていたのだから……


「せんぱいっ!もっと——」


 そんな葛藤に反して、視線は詩音の陶然とした顔から離れない。詩音が唇をすぼめて、ちゅっと音を立てる。布団の膨らみから察するに、どうやらキスしながら上と下を責められているところのようだ。


「先輩!先輩!」


 詩音の声から余裕がなくなってくる。喘ぎ方が激しくなる。実際の時もこれくらい素直に求めてくれればいいのに。


「っ〜〜〜!!」


 詩音は身体をビクビクッと震わせると、全身から力が抜けた。荒かった呼吸が深くゆっくりとしたものに変わる。


(け、結局最後まで見てしまった……)


 詩音の様子が落ち着くのと同時に、頭が冷えて罪悪感が襲ってきた。気まずさに目を逸らすと、ベッドの上で詩音がこちら向きになるように寝返りを打つ気配がした。


「で?先輩はなにをまじまじと見てるんですか?」

「え?」


 詩音の言葉に顔をあげると、布団から顔を出した詩音と目があった。詩音はいつもの煽るような笑みを浮かべていた。


 パチン


 指パッチンの音。催眠が解ける。


 今催眠を解いたのが詩音だということは、俺は詩音には催眠をかけていなくて。つまりは詩音は最初から——


「なぜっ——こんな、催眠を」


 致命的なダメージを食らったように息も絶え絶えに俺は言った。


「だって、気になりませんか?自分が見てない時に相手が何をしてるのか」


 そう言うと詩音は120%の煽り笑顔を俺に向ける。


「ガン見……でしたねぇ。真っ赤になりながら、正座で。まるで初めてエッチなビデオを見る中学生みたいでしたよ」


 詩音にそう言われて、俺は初めてエッチなビデオを見た中学生と同じくらい真っ赤になる。


「どんだけ興味深々なんですか。先輩のヘンタイ」

「っ〜〜!!」


 俺は、腹立ち紛れに立ち上がって、掛け布団の襟元をガッ!っと掴んで放り投げた。


「きゃあぁあぁ!」

「え?」


 詩音が悲鳴をあげる。俺は固まる。掛け布団の下には、しっとりとした詩音の裸体があった。


「なぁっ!?な、なんで、なんで『ガチ』なんだよ!!」


 だってほら、詩音には俺に見られるということが最初から分かってたんだから、布団から出てきた制服は元から布団の下にあったダミーで、行為は全部演技のはずじゃないのか?


「はえ?え?」


 詩音は身体を丸めて、両腕で大事なところを隠しながら、訳がわからないという風に首を傾げた。

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