第82話 おっぱい催眠……なのかこれ?
パァン
「おはようございます。おっぱい」
「ぶふっ!」
堪えきれず吹き出した俺に、後輩の詩音は思い切り怪訝な目を向けた。
「いきなりなんですか?おっぱい」
「いや、ごめん。身構えてはいたんだけど耐えられなくて」
俺がそう言っても、詩音の眉間の皺はさらに深くなるばかりだ。
「おっぱい。おっぱいは私にエッチな催眠をかけたんですよね?」
「ああ、そうだね。まあいつも通りだ」
「なのに、なんでおっぱいは笑ってるんですか?ほんとにエッチな催眠なんですか?」
「くふっ!いや、エッチな催眠だよ。……エッチな催眠かぁ?」
「自分でもハテナマーク付いてるじゃないですか!!」
首を傾げる俺に詩音が気色ばむ。
「でも、催眠がしっかりかかってるのは間違いないよ。……催眠を解く前に家から出たりするなよ?大変なことになるから」
「分かってますよ、そのくらい。おっぱいに催眠をかけられたまま外に出るなんて、そんなリスキーなことしまおっ。下手すれば社会的死ですからね」
そう言って詩音は、何か引っかかることがあったように首を傾げたけれど、ため息を吐いて続けた。
「エッチな催眠だというのも、納得しておいてあげましょう。おっぱい、さっきからずっといやらしい笑顔になっちゃってますから。まるでキリンのフレーメン反応みたいな」
「なんだそれは。いったいどんな顔なんだよ」
俺の質問には答えずに、詩音は横に置いていたスクールバッグの中をごそごそとあさり始めた。それから、取り出したカーディガンをワイシャツの上から羽織る。
「詩音?」
「私だって、おっぱい対策を何もせずにこんなことしてるわけじゃないんですよ。もしおっぱいがかけたのが脱衣系の催眠なら、これでかなりマシになったはずです」
「なるほど、考えたな」
詩音の説明に素直に感心してしまって、目が丸くなる。例えば『気づかないうちに裸になってしまう催眠』がかかっていても、新しくカーディガンを着ることをそれ以前から決めていれば裸ではなくなるということか。……まあ、今回の催眠は全く関係ないんだけど。
「でも、裸に直でセーターとか逆にエッチじゃない?」
ふと頭をよぎったその考えを口にすると、詩音は睨みつけるような嫌な目をした。
「モロに見られるよりはなんぼかマシです。それとも——」
詩音は何かに気づいたように煽るような笑みを浮かべると、秘密の話をするように顔を近づけて言った。
「おっぱいがお好きなら、やってあげましょうか?裸セーター」
「え?」
語感の強さに呆気に取られたような反応をしてしまった俺を見て、詩音がにんまりと笑う。
「例えば、これよりはもう少し丈の長いリブニットワンピースでしょうか?2枚写真を撮って、『どっちの下が裸でしょうか?』とか。おっぱいが選んだ方のたくし上げ写真を送ってあげます」
「いや、気が散ってたから『ちょっといいかも』とか思っちゃったけどやらんでいいからな!?」
慌てて言う俺を見て、今度は詩音が吹き出す。
「分かってますよ。ちょっとおっぱいをからかっただけです。そんな痴女みたいなことやりまおっから」
そう言った詩音は目を丸くして、奇妙なものを見たかのような口調で言った。
「おっぱい。今、何か変じゃありまおっでしたか?なにか、しゃっくりみたいな」
「あ〜。そろそろ限界かな。流石に雑すぎたか。まあいいや。充分楽しんだし、発展性も無いしな」
そう言って俺は、中指と親指を合わせた右手を顔の前に上げる。
パチン
指パッチン。
「せん——」
催眠の解けた詩音が息を飲んで目を丸くした。
「セクハラの仕方が幼稚で陰湿!!!!」
「あははははははは!!」
耳を真っ赤にしながら机に突っ伏した詩音を見て、俺は大笑いした。まあ、読んでいれば分かると思うけれど、今日の催眠は『発言の中で【せん】が【おっ】になる催眠』だった。それ単体では別にエッチな意味は無いのだけれど。
「そんなに私におっぱいって言って欲しかったんですか!にやけ顔の意味がようやく分かりましたよ!おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!」
目をぎゅっとつぶりながら開き直ったように連呼する詩音。
「いやでも想像以上に面白かったよ。笑うの我慢できなかったもん」
「そんなにおっぱいが好きならこの先もずっとおっぱいと呼びましょうか!」
詩音のその言葉に俺はちょっと面食らって、顎に手を当てて3秒考えてから答えた。
「いや、それは違うな。真顔で『おっぱい』って呼ばれるのは確かに面白かったけど、『先輩』って呼ばれる方がどきどきするし。だからこれからも『先輩』でお願い」
それを聞いた詩音は、驚いたことにさらに赤くなって叫んだ。
「このバカは!!」
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