第62話 媚薬催眠
パァン
「どうぞ、先輩」
そう言って私はローテーブルに紅茶の入ったカップをふたつ置く。
「ありがとう」
正面に座った先輩は、何の疑いも無い様子でカップを持ち上げて口元に運んだ。
その紅茶には媚薬がたっっぷり入っていることも知らずに。
——なんて思ってるんだろうなぁということが、顔を見るだけでありありと分かる。必死に抑えているんだろうが口角がピクピク動いているし、目は妖しく光っている。全く、俺が媚薬を飲むことにどれだけ期待してるんだか。……まあ、ここまで分かるのは別に表情から読み取ったわけではなくて、俺がかけた催眠だからなんだけど。
俺が今日後輩の詩音にかけた催眠は『紅茶に媚薬を混入したと思い込む催眠』だった。まあ、媚薬というものなんて実在しないわけだし。カップの縁に唇が触れるところまで近づけて、一度下ろす。おそらく無意識で前傾姿勢になっていた詩音がはっとしたように身体を起こす。少し焦らして遊ぶか。
「そういえば、ミルクは入れないの?」
俺がそう聞くと、詩音は顔を真っ赤にしてガタッと飛びのいた。それから両腕で身体を庇うようにしながらいう。
「き、聴いてませんから!!母乳なんて出るわけないじゃないですか!先輩のバカ!」
「ガはァッ!?」
予想の斜め上をいく反応に俺はぶっ倒れかかった。
「ち、違うから!!普通のミルク!!牛乳!」
慌てて手をバタバタさせながら取り繕う。いや、なんで俺が取り繕わなきゃあかんのだ。ともかくそれを聞いた詩音は一度目を丸くして、すこしばつが悪そうに目を逸らしながら座り直す。
「なんだ、そういうことでしたか。それなら最初からそう言ってください」
いや最初からそう言ってるけどな?意識しすぎだこの脳内真っピンク。……聴いてないってなんだ?
「すみません、ミルクは今日は用意しませんでした。また今度にしましょう」
落ち着いた風に詩音がいう。
「レモンは?」
「レモンもないです」
「レモンとミルクを一緒に入れたらどうなる?」
「……知らないですけど美味しくはならないんじゃないですかね」
そう言って詩音は眉間に皺を寄せた。
「というか、なんですか?その子供科学相談室みたいな質問は。ミルクティーもレモンティーもアップルティーもピーチティーもまた今度です。……ミルクティーを作るなら、ロイヤルミルクティーの方がいいですかね」
呆れたようにそう言ってから、少し考え込むような仕草をする詩音。
「砂糖は?」
「いや先輩ストレートで飲める人じゃないですか。そんなこと言ってると冷めちゃいますよ」
焦ったさを滲ませながらそう言って、詩音は自分のカップを口に運んだ。なるほど、先に飲んでみせることで釣られて飲ませる作戦か。良かろう。俺は目の前のカップを持ち上げて紅茶を飲んだ。詩音が横目でチラッと見る。紅茶の芳香が鼻を抜ける。
「いつもとは違う味だな」
「これがこの間話したアールグレイですね。柑橘系の香りをつけたフレーバーティーなので。どうですか?」
なるほど。すらすら説明が出てくるもんだな。カマをかけたつもりだったのだけれど。
「俺は好きだよ」
「良かった。私もです」
これに関しては偽らざる本心だ。さて、少し冷めていたこともあってもう飲み切ってしまった。ここからどうするか。詩音は期待を隠しきれない顔でこちらをうかがっている。
「ストレートで飲んだから、甘いものが欲しくなったな」
そう言いながら俺は立ち上がった。
「甘いものですか?何かお菓子とかあったかな——」
少し戸惑った様子でそう言いつつ、詩音はローテーブルの脇を歩く俺を目で追いながら立ちあがろうとする。そんな詩音の隣まできたところで、俺は一気に身体を屈めて詩音にキスをした。舌をねじ込むような深い深いキス。媚薬を盛られているのだからこれくらいしないと不自然だろう。唇をつけたまま詩音を強く抱きしめて、膝を床に突いてのしかかるように体重をかける。かなり長いことキスしてから、唇を這わせて頬から耳まで移動して耳たぶを吸う。
「うん。甘い」
「もう、いきなりどうしたんですか。先輩」
詩音は艶めいた声でとぼけて見せた。それなら俺もとぼけ返そう。
「わからないけど、詩音が欲しくてたまらない」
言いながら頬擦りして、背中を手でまさぐる。太ももを撫でる。スカートの中に手を突っ込むところまで撫で上げて、ミニスカートが捲れ上がる。詩音の身体はくすぐったそうに小さく震えるが、抵抗は無い。俺はもう一度キスをしながら、詩音の頭を後ろから手で支えながら床に押し倒す。キスの場所を首筋、鎖骨とおろしていく。ブラウスのボタンに手をかける。
「だめです!!」
詩音が両手で俺の身体を押し返した。これは今日初めての明確な抵抗だった。
「どうして?」
「ど、どうしてもです!」
「無理だよ。我慢できない」
そう言ってぐっと体重をかける。詩音はしばらくあわあわしていたが、やがて意を決したように目をつぶって言った。
「媚薬が入ってたんです!!」
「……え?」
「だから、先輩が飲んだ紅茶に媚薬を入れたんです!私が!でも、いくら恋人同士だからといって無理矢理薬でというのはやっぱり、ダメだと思うんです。薬の効果が切れるまで我慢してください!私も協力しますから!」
詩音が捲し立てる。俺は小さく笑って体重を緩めた。
「じゃあ、ひとつ聞いていい?」
「先輩?」
不思議そうな顔をする詩音の耳元に右手を近づける。
「その媚薬、どこで買ったの?」
パチン
指パッチンの音で催眠が解けた詩音は、目を丸くした後顔を真っ赤にした。俺は笑いながら詩音を抱き起す。
「うんうん。感心な心がけだよ。やっぱりお互いの意思は尊重しないとね」
言いつつ詩音を抱き寄せる。いつもよりはっきりと体温が高い。
「…………先輩」
しばらく黙りこんでいた詩音が耳元で呼びかける。
「ん?」
「先輩は、媚薬も無しにあんなことをしてたんですか?」
その言葉に、今度は俺が赤くなる番だった。
「あ、あれは——」
「先輩のエッチ」
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