第60話 バックハグ催眠
パァン
手を叩く音が聞こえて、私は小さな違和感を抱いた。
「……先輩?」
トランス状態から目覚めた私は目を開けた。けれど、目の前には先輩の姿はない。おかしい。だって、こんなに体温や息遣いまで感じられるのに。と、そのとき後ろからにゅっと2本の腕が伸びてきて、私の身体を抱きしめた。
「うわぁっ!」
思わず飛び上がりかけたが、腰が浮かないことに気づく。一度大きく息をしてから、身体に回った腕に手を添える。なんのことはない、先輩は初めから後ろにいたのだ。というか、私が先輩の膝の上にぺたんと座っている形である。ついでに今日の催眠がどんなものかも分かった。
「先輩、こうして先輩の膝から逃げられない後輩に、背後から思う様セクハラを加えようという魂胆ですね?まったく、先輩の変態」
「ふふっ」
先輩は小さく笑って、特に何も答えずに腕に込める力を強くした。先輩の頭の重みが頭に乗っかる。私はきゅっと肩に力を入れて縮こまる。
「……詩音」
先輩の細い声が頭越しに聞こえた。
「なんですか?」
「ん、呼んでみただけ」
それだけ言って、先輩は黙り込む。静寂。息遣いだけが聞こえる時間が過ぎる。
「……あの、先輩」
「何?」
「もしかして……吸ってません?」
「……ちょっと」
「やっぱり先輩の変態!!匂いフェチ催眠はちゃんと解いたはずですよ!!」
「まあ、それでなくても詩音はいい匂いだしね」
腕をばたつかせて抵抗する私を意に介した様子もなく先輩は抱きしめ続ける。私は頬を膨らませて俯いた。
「……先輩、胸を揉んだりとかはしないんですか?」
「何それ。おねだり?」
「ちがっ!そんなわけ無いじゃないですか!警戒してるんですよ!」
反論する私に先輩は小さく笑いを漏らして、耳元で囁いた。
「耳、真っ赤になってるよ。照れてるの?裸エプロンはあんなに平然としてたのに」
「うう〜〜!もう離してください!これはれっきとしたセクハラですよ!」
「いいけど、ほんとに離して欲しいの?」
「っ〜〜〜!!」
先輩の言葉に、私は真っ赤になって言葉に詰まる。本当にこの男は。
「分かりました!私が満足するまで離れてあげません!先輩が泣いたって下りてあげないんですからね!」
ぷんすこ怒りながら私は深呼吸して先輩にもたれかかった。先輩の腕、先輩の匂い、先輩の体温。身体が身動きが取れないのと対照的に、心が緩んでくる。心が落ち着いてくると、感覚が敏感になってきて、今まで感じられなかったものが感じられるようになる。私は少し目を丸くして、それから小さく笑いを漏らした。
「先輩。先輩の心音、伝わってますよ?すごいドキドキしてる。なんだかんだ言って、先輩も恥ずかしがってたんですね?」
「!?」
私の言葉に先輩の腕がひるんだように離れかける。私は両手で先輩の腕を捕まえた。
「だめですよ。離れてあげないって言ったじゃないですか。ぎゅってしててください」
そう言って私は、先輩の腕にキスをした。
その後、催眠を解いて私が膝の上から降りた後も、脚が痺れた先輩は1時間立ち上がることが出来なかった。
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