第5話 強制添い寝催眠

「先輩、先輩」


 甘い声が頭に響く。なんだっけ。そうだ、ここは後輩の部屋だ。後輩が、ベッドに入って顔だけ出しながら俺に呼びかけている。


「先輩、それで、今日はどんな催眠をかけてくれるんですか?」


 ベッドの中の後輩が、含み笑いをしながら訊ねる。催眠。そうだ。今日も後輩に催眠をかけるためにきたんだっけ。


 今日かけるのは、『添い寝催眠』。ベッドに横になって、かける相手と術者が同じ目線で、一番リラックスできる体勢で気持ちの良い催眠に落ちていくという催眠だ。


「それはとても良さそうな催眠ですね。さ、早く入ってきてください」


 そう言って後輩は、掛け布団をパタパタとはためかせる。裸の肩がちらりとのぞく。なぜか心臓が一回強く縮む。俺はゆっくりと腰を上げてベッドに向かった。なぜか身体がひどく重いし、ベッドがとても魅力的に思えた。


「あ、待ってください先輩。ベッドに入る前に、やることがありましたよね?」


 そうだったそうだった。何をしてるんだろう俺は。男女で同じベッドに入るなら、裸にならなきゃいけないのに。


 俺は重い手を持ち上げて、制服のズボンのベルトを外す。ズボンを脱いだ後は、シャツを第4ボタンまで開けて、引き抜くようにして脱ぐ。下着も脱いで脱いだ服に重ねると、俺はベッドに身体を沈めるようにして入った。


 ベッドの中は、先に入っていた後輩の体温で適度に温められていて、不思議といい匂いがした。俺は知らず知らずのうちに大きく息を吸う。まだ催眠にかけてもいないのに、こちらの方が気持ちよくなってしまいそうだ。


「……じゃあ、催眠をかけるよ」

「その前に」


 俺の言葉を受けて、後輩は腕を俺の背中に回した。布団越しに感じていた後輩の体温が直接押し付けられる。俺の髪に後輩の手がふれた。


「……私の催眠を解きますね?」


 俺の耳元で後輩の指パッチンが響く。意識が鮮明になる。そして、一秒遅れで今の状況を理解した。


「っーーーー!?!?」


 吹き出しそうになるのを全力で堪えて、後輩の顔面が俺のツバでベタベタになるという第二のカタストロフを防ぐ。俺はとにかく脱出しようとベッドの中でもがく。そんな俺を後輩は手足を使って全力で抑え込む。必然的に、胴体同士がさらに強く押し付けられる。


「先輩!あんまり暴れないでください。くすぐったいです。それに」


 後輩は一度言葉を切り、顔をこちらに近づけながら続けた。


「今ベッドから出たら、全部見えちゃいますよ?素面の私にフル勃起のおちんちんを見られるの、恥ずかしいですよね?」

「!?!?」


 その言葉に心臓を握り潰され、俺は動きを止めた。もうこれ以上赤くなることはないと思っていた顔が更に赤くなるのを感じる。どうやら俺は、このベッドに閉じ込められたみたいだ。


「おま、なんで」

「なんでこんなことができたかですか?そりゃ、先輩とこれだけ長い付き合いですから。私だって少しくらい催眠術が使えるようになりますよ」


 さも当たり前といった様子で後輩は言う。いや、少しではないだろう。こっちは裸にされてるんだぞ。ではなくて


「なんのつもりでこんなことしてるんだって聞いてるんだよ」


 その言葉に、後輩は少し頬を膨らませて、顔を俺の胸板にうずめた。


「先輩、私、けっこう怒ってるんですよ」


 怒っている。吐息が肌をくすぐるのに耐えながら、心当たりを探す。というか、決定的なやつがひとつあった。


「俺が催眠でお前の裸を見たから?」

「違います」


 食い気味に否定されて俺は目を丸くする。これが違うとなると


「催眠で俺が裸を見せつけたから?」

「違います」


 これも違う。となると


「あ!ニャンニャン催眠の時に頭を撫でまくったから!」

「待ってください全然知らない催眠が出てきました」


 これも違ったらしい。後輩はため息をひとつ吐いて言った。


「その催眠の話は後で聞くとして。……別にいいんですよ。エッチな催眠がエッチな結果になることは。問題なのは、そのあとに先輩が回れ右して逃げてることですよ!」

「つっ!」


 背中をつねられて思わず声を漏らす。俺にしがみつく後輩の力がさらに強くなる。


「いいですか先輩。年頃の女の子が裸を見られるとか、裸を見せられるとかいうことは、お嫁にいけなくなるくらいの一大事なんですからね。ちゃんと責任を取ってもらわないと困るんです。私があの晩、何度一人ですることになったことか」


 説教するようにそういうと後輩は手を離して、布団の中でごろんと仰向けになった。何か聞き捨てならない情報があった気がするけれど、脳がうまく咀嚼しない。


「今なら許してあげますから、きちんとあの時の『続き』をしてください」


 その言葉を聞いて、俺は大きく息を吸った。


 心拍数に対して呼吸の量が足りていない。全身が焼けるように熱い。俺は、後輩の上に覆い被さるようになって、後輩を見つめた。期待と興奮、あと諸々の色々な感情が混ざりあって目が潤んでいるように見えた。


「もしかして、初めからこれが狙いだった?」


 そう聞くと後輩はぷいっと顔を背けた。


「いじわるな先輩には教えてあげません」


 俺は、小さく苦笑する。沈黙が解答になる質問もある。


「詩音」


 俺は後輩の名前を呼んだ。


「はい」

「好きだよ」

「…知ってます」

「生意気」


 そして俺は後輩の頬に手を添えて、キスをした。体重を少し後輩に預けて、右手で後輩の身体をまさぐる。そして、脇腹と鼠蹊部を経由して一番の秘所にたどり着いた。


「先輩のえっち」


 身体をビクッと震わせて後輩は言った。言葉とは裏腹に、たどり着いたそこは『いつでもウェルカムです』と言っていた。


「挿れるよ」

「んっ……」


 その短い肯定の返事に、俺のブレーキは2時間以上壊れた。


 ここから先はノクターンノベルの領分だ。

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